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2008年3月 6日 (木)

カラスの想い出

 去年の春のことなんですけどね、甲州街道を愛車で快適に走っていたんですよ。春の陽光の下、ああ、いい天気だなあなんてのんきな気分でね。
 ちょうど、烏山のあたりだったと思うんだけど、信号でブレーキを踏むと、いきなり空から真っ黒なものが舞い降りてきた。一瞬ぎょっとしたんだけど、よく見るとそれはカラス。

 前に止まったトラックがどこかの精肉工場のもので、荷台に雑然と大きなたらいのようなものが積んであって、その中に山盛りの牛か豚の脂身が詰まっている。そのピンク色の脂身めがけて、カラスの野郎はまっすぐ舞い降りてきてついばみ始めたんですよ。嘴でつんつんとついてほぐし、引っ張って左右に振ってから嚥下。それを繰り返す。

 ふーん、カラスって脂身が好きなんだ、と思って気持ちの悪い光景を見てたんですけどね。まあ、考えてみれば生ゴミの袋を食いちぎって食べているのを見ると草食動物ではないことはすぐ分かりますわね。
遭遇した場所が烏山ってのも、すごいなあと思って。昔は、このへんにカラスがいっぱい棲む山があったんでしょうかね。

 で、それから数ヵ月後。初夏の早朝。
埼玉の嵐山CCで友人とゴルフをするために、車で関越に乗って、東松山ICで降りて都幾川沿いの下の道を走ってたんですよ。早朝だから、自分の目の前に車はいない。前のほうが見晴らしよく見えるんだけど、道路のずーと先のほうに何だか黒いものが見える。よく見ると対向車線上に黒いゆらぎが見える。いったい、あの黒い塊は何なんだろう。ゆらゆらと動いているようにも見えるし。

 近づいていくにつれてそれが何か分かってきました。カラスです。しかも1匹や2匹じゃない。何十羽も蝟集している。なんで、道路にカラスがかたまってるんだ? それも近づいていくにつれて分かりました。

 やつらは、猫を食っていました。車に轢かれたばかりの、まだ生温かそうな猫の内臓やら肉を、よってたかって、むさぼり食っているんです。私の車がその横を通り過ぎるときも一顧だにしない。ブーっとすぐそばを走り抜けていくのに、まったく気にしないで無心についばみ続けている。とんでもない鳥だなあ、カラスってのは、と思いました。

 と、そのとき、前方から、でっかいダンプがやってきた。当然ダンプの運転手は自分の行く手に黒い塊がみえたはずです。そして近づくにつれてそれがカラスだということにも気づいたはずです。なぜ、カラスが群れてるのかも視認したはずです。うわあ、どうすんのかなあ、と見ていると、ダンプは減速するどころか、アクセル全開、速度を増して、その黒い塊の中に突っ込んでいく! その恐ろしい光景がサイドミラー越しに見えました。

 ぐしゃぐしゃぐしゃ。ひえーーー、と思いました。
 何本かの黒い羽がふわんふわんと、道路に舞い降りる。ダンプは轟音を響かせて遠ざかっていく。
 酸鼻、という言葉がなぜか、突然頭に去来しました。

 ダンプの運転手は、両輪の間にカラスの黒山を通過させようとしたのでしょう。しかし、自分の頭上に覆いかぶさる黒い鉄の塊に、さすがのカラスどもも驚愕し、えらいこっちゃと逃げようとしたために、後輪に蹂躙されてしまったわけです。

 ゴルフのラウンドを終えて風呂にゆっくり入ってからの帰途。夕刻です。「現場」に近づいてきたので、いやだなあ、という気持ちと、そのあと、どうなってるのかこの眼でしかと見てみたい、という気持ちがせめぎあいました。しかし、「現場」にはなんのあとかたも残ってなかったんですよ。
 ひょっとして、あの目撃は白昼夢だったのだろうかと思うほどに、きれいさっぱり片付けてありました。

 実は、この話には、嘘が含まれている。
なんてことを書くと、せっかく生まれた緊迫感が烏有に帰してしまうが、嘘というのは本当である。
 カラスたちが群れて、轢かれた猫を食べているところを車の中から通りすがりに「目撃」したことは実際の体験である。
 そのカラスの群れにダンプが突入して行った、というのは、一緒にラウンドした友人が昼食時に教えてくれた話である(飯時に開陳するにふさわしい話ではないと思うが)。彼は、私のすぐ後ろを走っていて、目撃したダンプ突入の様子をリアルに物語ってくれたのである。私はそれを目撃してはいない。
 その模様を、話を聴くことによって、自分が目撃した出来事に付加するように、リアルに頭の中で再現していたのである。

 そのせいだと思うが、ダンプ突入のシーンを想起する自分の視座は、反対車線の、ダンプの後方にあって、しかも固定されている。自分の目撃は走る車の中からされたのだから動的なものなのに、この「記憶の再編」では、反対車線の路肩に固定されたカメラからの眼差しを、私は送っているのである。だから、踏み潰されたカラスの羽が、アニメのようにふわんふわんと舞い落ちるのを、私は観ている。
 だいたい、走り去っている車のサイドミラーを通して、羽が舞い落ちるところなんか見えるわけがないのである。

 にもかかわらず、私はすべて自分で目撃したつもりでこの話を書き綴り、なんの抵抗もなかった。書いている最中に、ひょっとして、自分は事のすべてを目撃したのではなかったか、という気にさえなったのである。

 過去の記憶とは、多かれ少なかれ、そのようなものである。意識的にか無意識的にか、断片的な記憶がスムースに甦るように、頭の中で巧妙に「記憶の再編」は行われているように思う。

 カラスくんのおかげで、そんなことに気がついた。

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