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2008年3月31日 (月)

春の夜の神宮前で

  週末に、神宮前にある京料理の店に出かけた。
 ご主人は、滋賀にある招福楼で修業を積まれた方で、品のいい日本の食事を供してくださる。神宮前の路地裏のこんな場所になんでこの店が、というサプライズもあって、初めて訪れる客は必ず驚く。うまくいえないけど、そこだけ「プチ京都」な雰囲気なのである。

  その雰囲気だけではなく、もちろんお料理も「一切の妥協がない」と思わせるもので、感服させられることが多いけれど(そういえば、ミシュランの一つ星を獲得らしい。だからどうしたということはないけれども)、この時期の一番のお楽しみはデザートに出てくる「桜の葉のアイスクリーム」。絶品である。大島桜の葉を塩漬けしたものを、こまかく刻み、自家製のアイスクリームと混交する。要するに、桜餅の葉っぱのあのいい香りが、アイスクリームに溶け込み、適度な塩味がそれに加わって、たまらぬ甘味となって現れる。
 こんなこと、いくら文章で説明しても分かってもらえないだろうから、是非、一回、だまされたと思って食べに行ってみていただきたい。

「これは、美味! 桜の季節だけじゃなくて、年がら年中出して欲しい」とご主人にお願いしたところ、困った顔をされて、言葉少なに、「季節のものですから・・・・」。
  高倉健のように、謙虚な姿勢がまた、たまらない。私ならば、
「そう思う? そんじゃあ、ばかばか作るんで、コンビニで販売してもらえるように、手はず整えてもらえんかなあ」
  と応えるだろうに。

  食事を終えて、外に出ると、ご主人と奥様も表まで見送りに出てくる。いわゆる「角送り」というやつである。客が路地の角を曲がるまで、じっとお送りするという、風情溢れる京都の「美風」である。

  その折に、奥さんが、お店の名前の看板を換えたんです、と赤い看板を指差した。以前そこには「赤芳亭」とあったのに、「赤寶亭」に替わっている。
「赤宝亭」ではなく「赤寶亭」である。うーむ、と唸った。
「宝」は、そもそもは「寶」であって、イエの中にギョクだけでなくカイまであるのがタカラなのか、と思ったのである。

  紀元前1100年ころ、殷王朝時代に生まれた漢字が、それから3000年経って、桜が満開の春の夜の青山でなお、昔のままの形を示しているということがなんだか、奇跡のような気がしたのである。

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