« 白馬に乗った王子様はどこにいる? | トップページ | 「井上雄彦 最後のマンガ展」を観に行く »

2008年6月 3日 (火)

結婚とは何か?

  先日の日曜日に、一緒の職場で働く若い女性の結婚式があった。そのしばらく前に別の結婚式があり、主賓の挨拶で、あまりに「本当のこと」を私が語ったせいで、会場が静まりかえった、という話はすでに書いた(5月30日の項)。今回は、前回の反省から、内田先生の本を朗読することはやめて、自分自身の声で語ることにつとめた。何を語ったか。思い出せる限りをここに採録しておきたい。

  <さて、披露宴の席でご挨拶をする際に、必ず喋っていることがらがあります。今回も、そのことについて申し述べたいと思います。
  まず、始めに申し述べたいのは、結婚式にのぞむ
若い二人は、「結婚」と「幸せ」あるいは「幸福」を同じものだと思い込んでしまっている、ということです。結婚する若い二人ですから、当然気持ちは舞い上がっているでしょうから、そのように思い込むことは仕方のないことなのですが、結婚生活31年を過ごした一人の先輩から言わせもらえば、それは全く別の概念なのです。「結婚」と「幸福」は、似ているかもしれないけれど、全く違う。トマトと柿ぐらい違うものなのです。


 にも関わらず、若い二人は、「結婚」さえすれば、もれなく「幸せ」がついてくると思い込んでしまっている。それは、トマトを買っても柿がついてこないように、ついてこないものなのです。「結婚」という儀式はいわば、通過儀礼です。たとえ話をするならば、こんな話になります。甲子園で活躍した高校球児がドラフト会議の後にプロ野球球団に入団することになったとします。「プロ入団」というのは通過儀礼です。その儀礼さえ済ませたら、どんな球児も全員、スター選手になって、一軍で活躍できるというわけではない、ということはどなたにもお分かりいただけると思います。
 
 その世界で輝き、注目される選手になるためには、人一倍の苦労と、努力と才能と運が必要になります。そのことはすんなりとご理解いただけるかと思います。結婚も同様なのです。なんの努力もせずに、ただ結婚式をすませた、というだけでは人は幸福になれたりしないのです。そこで必要になるのは、努力であったり忍耐であったり、理解であったりします。二人の血のにじむような協力があって、初めて二人に「幸福」は訪れるのです。

 そのことを理解しないままに、結婚すると、すぐに「どうして私は他の人のように幸せになれないんだろう。結婚相手を間違えたかもしれない」という不安や不満がつのるようになります。それが高じれば、離婚や別居という不幸な結末が訪れるようになります。現に、こうして披露宴会場をざっと見渡せば、不幸な結末を迎えた方々が散見されます。前輪の覆るは後輪のいましめなり。いうまでもなく賢明なおふたりであろうから、こんなアドバイスは無用であろうかと思いますが、念のために力説申し上げる次第なのです。

  結婚というのはいうなればマラソンです。短距離走ではありません。日照りの日もあれば暴風雨の日もある。道がぬかるんでいることもあれば、乾燥しきっていることもある。ロング・ワインディング・アンド・ハード・ロードなのです。「途中下車」したくなることは数限りなくあります。そんな衝動を押しとどめるのが「結婚式」という儀式、あるいは制度である、ということにお気づきでしょうか?

 さきほど、教会でご親族の方々や友人知人が一堂に会して結婚式がとりおこなわれました。何も気がつかない若いふたりは、仲のいい人たちが集って自分たちを祝ってくれている、と勘違いしているかもしれませんが、結婚式の意味はそこにのみあるのではありません。ちょっと考えてみてください。なぜ、せっかくの日曜日に、みなさんお忙しいだろうに正装までさせて、ひとところに呼び集めて、賛美歌まで歌わせるのか。なぜ、牧師まで担ぎ出して、あまつさえ、イエスキリストまで借り出して、「夫婦の誓い」を強いるのか。

 もう、おわかりでしょう。そうです。結婚とは、そうまでして拘束しないとすぐにもろくも崩れ去るものなのです。「あれだけ遠くから親戚縁者かき集めて、神様の前で、健やかなときも病めるときも一生愛し続けますと誓ったんだから、もーやーめた、というのはちょっと言い出しにくいよなあ」といった抑止力として、結婚式は機能しているのです。そうでなければ、「式」は必要ありません。愛し合うふたりがそのまま、勝手に一緒に暮らせばいいことなのです。数年たってどうも気が合わないよねと気づいたときには、話し合ってそのまま分かれればいいのです。そのようなわがままを決して許さない、というのが「結婚」という制度そのものなのです。

  さて、いったい私は何を言いたいのか。そう、「結婚式」を通過したあなたがた二人は、これからの長い長い人生の道のりを、ふたり手を取り合って努力し、ときに涙を流し、ときに笑い声に包まれながら、歩み続けるしか術はない、ということを申し述べたかったのです。安直に幸福はもたらされはしません。二人で協力して、ふたりの力で、幸福をもぎ取るしかないのだ、ということを力説しつつ、ご挨拶とさせていただきます。

 ご静聴、ありがとうございました。アーメン。>

|

« 白馬に乗った王子様はどこにいる? | トップページ | 「井上雄彦 最後のマンガ展」を観に行く »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 結婚とは何か?:

« 白馬に乗った王子様はどこにいる? | トップページ | 「井上雄彦 最後のマンガ展」を観に行く »