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2008年6月19日 (木)

エルメス主催「眩惑のインド」の夕べ

 このところ妙に上野づいていて、昨夜は、上野にある旧東京音楽学校・奏楽堂でおこなわれた「眩惑のインド」なるイベントにお招きいただいた。ご招待下さったのは、あのエルメスさんである。エルメスは毎年、その年のテーマ(星だとか川だとか)を設定するのだが、今年のテーマは「眩惑のインド」。そういえば、今年はカルティエもインドがテーマだから、ラグジュアリー・ブランドはこのところ、妙にインドづいている、といっていいかもしれない。

 その背景には、おそらく成長目覚しいインドの経済力があるに違いない。ビンボー日本は見切って、もっとお金を持っている国を相手にしようということである。多分、今後はブラジル、ロシア、中国、そして中東の産油国がテーマに浮上すると予言しておいてもいい。

 さて、イベントであるが、これがすごかった。イベント自体は2部に分かれていて、まず第一部は、先に書いたが旧東京音楽学校の奏楽堂で行われた。この奏楽堂というのが、明治23年に、日本で最初に建てられた木造の西洋式音楽ホールで、レトロもレトロ、国の重要文化財に指定されている。なのだが、今も日常的にコンサートが行われているのだから、驚くべき話である。震災と空襲からよくぞ生き延びたもんだと思う。

 上野の地は明治維新後、日本の芸術教育の中心地と定められ、明治9年には東京美術学校、明治12年には東京音楽学校が設立された。戦後の昭和24年、この二校が合体して東京藝術大学に。だからこの奏楽堂も本来は現在の東京藝術大学の敷地の中にあったのだが、老朽化激しいため、解体され、現在の上野公園内に移設されたという。

 奏楽堂の天井は、多分音響効果を考えてのことだろうがかまぼこ状にくぼんでいる。資料によると、壁や床下に藁やおがくずを詰め込んで遮音を図っているという。
 そのホールで昨夜演奏されたのは、「オペラ 隅田川」!
「隅田川」とは、今から600年ほど前に、世阿弥の息子、観世十郎元雅が戯曲化したもの。話の大筋は、人買いにさらわれた愛児の行方をもとめて京から下ってきた母親が、武蔵の国の隅田川のたもとで、はからずもそこで我が子の最期を知るという、救いのない話である。

 この能楽を、現代語風歌詞に書き下ろしたのが、伝説のロックバンド「ハッピーエンド」の松本隆氏。作曲が千住明氏。舞台中央に千住氏がタクトを持って立ち、オーケストラをバックに3人のソリストが歌う。演奏時間は約1時間。オペラ風に作曲された西欧風メロディにのせて日本語の歌詞を歌うのだが、はっきりいって、残念ながら、何を言っているのかさっぱり分からない。どうやら日本語らしい、ということしかわからず、先に書いたあらすじも、パンフレットを見ながらでないと皆目分からない。

 日本語は、オペラのメロディに乗りにくい。まして、「ここはこの世の果ての川 竜の涙もきらきらと 武蔵の国と下総分けて 大地をうねる隅田川 墨絵色の隅田川」などというすぐには咀嚼しがたい言葉が並ぶと、聞き取り不能になってもしかたない。日本語のイントネーションとオペラの楽曲とは相性が悪いのではないか、という風なことを、隣に座ったコンデナスト・ジャパン社長の斎藤和弘氏に述べると、彼は「しかも、メロディの一音に日本語の一音をのせようとするから、間延びしてなお分かりにくい」という感想を述べる。

 なぜ、「隅田川」がインドと関係あるのか? と問うと、斎藤氏答えていわく、「川でしょう。現世と彼岸を分かつものが川、という観念がインドにつながる。しかし、残念ながら、京の都から武蔵の国に下ってきた人が隅田川にぶつかって、川の向こう岸にわが子の墓を見つけるとなると、墓は川の東側になる。西方浄土の逆だから、ここが残念なところ」
 
  なるほどね。
 
  このコンサートの後、場所を奏楽堂の向かいの、法隆寺宝物館に移す。この宝物館というのが、これまた凄いのである。明治11年に奈良の法隆寺から皇室に献納され、戦後に国に移管された7、8世紀の宝物を300点ばかり収納・収蔵している建物なのである。平成11年には谷口吉生氏設計の新宝物館が建てられたが、今回は、エルメスさんがこの建物を借り切って、一夜限りのタージ・マハル廟風のしつらえを作り上げてしまったのである。
 

  古風な日本の屋敷の門をくぐると、そこで靴を脱ぐ。はだしになって、広大に敷き詰められたカーペット、絨毯の上を歩く。宝物館の前庭に大きく広がる池には蓮かと見まがう造花が浮かべられ、宝物館のエントランスには立派な絨毯が敷かれ、大きくて立派なインド風クッションがいくつも置かれている。5人がけほどのシートがいくつも用意されていて、おのおのそのクッションに座り込んでインド料理をいただく仕掛けである。
 シートの中央には赤ワイン、白ワイン、ビールなど、各種飲み物が用意されている。そんなのをちびちびやりながらカレー風の食べ物をいただく。いつも食べてるインド料理となんだか感じが違うなあと思っていたら、なんでもこの夕べのためにアラン・デュカスが作ったという。さすがに、エルメスさんはやることが違う。気分はほとんどマハラジャである。 
 
  斎藤氏と、よしなしことをぐだぐだ喋っているうちに、夜はどんどんふけていくのだった。                  

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