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2008年6月 9日 (月)

「井上雄彦 最後のマンガ展」を観に行く

  上野の森美術館でやっている「井上雄彦 最後のマンガ展」に行ってきた。というのも、10日間ほどかけて「バガボンド」28巻(今のところの全冊)を夢中になって読破。その27巻目か28巻目に、この催し物の案内があって、妙に気になったからである。
 まず、美術館で「バガボンド」の展示会をやる、というのがいったいどういうことなのか興味がわいたのと、それと同時に、どなたかのブログを読んでいたら、「井上雄彦の展覧会を見た帰りに、上野駅に続く橋の上で落涙した」という記述があって、美術館の展示物を見て思わず泣いてしまった、という人物がいることに驚いたからである。これは、観に行くしかあるまい、と思い立ち、平日の早朝、ひとり上野に出かけたのだった。

 開館直後というのに結構な観客でにぎわっていた。20代のファンと思しき若者たちが、原画を食い入るようにみつめている。上野の森美術館そのものが1冊の本のように見立てられ、そこで、「武蔵の死」をテーマに一話の物語が展開されている。この展示会場のために書き下ろされた、濃密な物語である。マンガ誌を読むように、展示は右から左に流れるように工夫されている。

 入場するとすぐに、弁当箱くらいの大きさの絵が掲げてある。多分、赤ん坊のころの武蔵の絵である。以降は、生まれ育った故郷の風景や、武蔵の人生に関わった多くの人々(その多くは切り殺された人たちであるが)の肖像が登場する。なかには、大きな日本画のアートとして十分に通用するであろう、筆で描かれた「武蔵立像」もある。その筆遣いは、もはや漫画のレベルではないようにも思える。

 その展示された絵を見続けているうちに、自分の心に思わぬことが起きた。

  今まさに死に行かんとする武蔵に対して、冥界の父親が問う。まだ、この世の未練を断ち切れぬお前に必要なものはなんなのだ。「あと、何が、欲しいのだ?」 そして、次の展示コーナーにさしかかると、そこには「赤ん坊を抱きしめて立つ母親」の巨大な絵が何枚か掲げられていた。その場所はひときわ照明が明るく(感じられた)、なんとなく幸せな雰囲気が漂っている。赤ん坊の武蔵。幼児期の武蔵。子どもの頃の武蔵。どの武蔵も、母親に抱きしめられて、幸せそうに見える。とても穏やかに見える。この絵を見た途端に、この穏やかな空気に包まれているうちに、胸が熱くなり、涙がこぼれおちてきてしまったのである。

 聖母像、なのだろうか。
 血で血を洗う、凄惨な人生を辿ってきた武蔵の最後の最後の一瞬に、頭をよぎったのはこんな母親の記憶だったのかもしれない、と思うと、濁りきったおっさんの心にも一種のカタルシスが訪れたのである。美術館の要所要所に配置された監視員に悟られぬようにあわてて涙をぬぐいながら、「歳をとって涙もろくなっちゃったのかなあ」と思いつつ、背中をまるめて外に転び出たのだった。いったい、なんで涙が出てくるんだろうと不思議に思いつつ。

 が、次に驚いたのは、自分のすぐ後ろから出てきた、どこの誰だか知らない若い女性の観客も同様に泣いていたのである。目頭を赤くはらしていたのである。井上雄彦の絵には、人を泣かせる何らかの力があることをその時にしっかりと理解させられたように思う。

 売店で、展覧会のカタログやDVDや単行本などを大人買いして、じっくり読んでいるうちに、井上雄彦の絵がなぜ、人を感動させるのか少しだけ分かった気がした。そのことについて書き始めると長くなるので、一言だけ書いておくと、井上は、いつも「本気である」からなのだと思う。仕事に手抜きがない。全身全霊をこめて一つのことに打ち込む。たぶん、漫画家にならなくても、彫刻家だろうがサラリーマンだろうが、何になっていたとしても、彼は一家を成していたことだろうと思う。真摯に物事に対処する、その「生きる姿勢」に感動してしまうのである。

「SLAM DUNK」の連載が終了した後、04年12月に、神奈川にあるすでに廃校となってしまった高校の教室を利用して、その後の「SLAM DUNK」について、3日間だけのイベントを行っている。二十数枚の黒板にその後の彼らについての漫画を描いたのである。その模様を、手に入れたDVDで知ったのだが、井上は何日もかけて黒板に向かう。立って描くわけだから手がしびれてくる。時に腕を振りながら、数日間かけて描ききる。開催日当日、井上は陰に隠れて、ファンたちの反応をこっそり見つめている。ほほえましい光景である。

  私が感動したのは、実はイベント終了時の井上のふるまいだった。
  イベントが終わり、夜が訪れ、人っ子一人いなくなった教室をひとつひとつ巡りながら、彼は、苦心して黒板に描いた漫画を消し始めたのである。「こうすることでしか、自分の気持ちを納得させられないから」と。そのままにしておけば、自然に消え去っていくであろう、その絵を、一点一点、いとおしむように消して回る彼の姿を見ているうちに、やはり私は胸をつかれたのである。

  そして、この漫画家はただものではない、と強く思ったのである。

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