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2008年8月11日 (月)

北京オリンピック「頑張れ日本!」

    不愉快である。
  
    たまたま日本に生まれたから、ついつい、がんばれ日本! と応援してしまうのだが、往々にしてこの声援は空しいものに終わる。そう、もちろん北京オリンピックの話である。

  どうして日本を応援してしまうのか。どうしてこんなに弱いのに、一生懸命応援してしまうのか、自分でもよく分からないが、応援してしまう自分が悲しい。なので、極力TVは観ないことにしている。観れば、失望することが分かっているからである。何かの拍子にうっかり観ちゃったときには、瞬時にどちらが勝ちそうかを判断し、勝ちそうな方を応援することにしている。W杯のときもそうして堪えてきた。

  次に思うことはこんなことである。どうしてこんなに弱いのに、日本はいろんな種目に選手を送り込むのであろうか。むなしく、予選の藻屑と消え去ることが分かりきっているのに、なんでわざわざ負けるために北京くんだりまで出かけるのか。まさか、国民の税金で行ってるわけじゃないだろうな、ということである。種目の参加は、メダルの可能性のあるものだけにしてもらえないだろうか。ひょっとすると、日本人という民族は、スポーツに向いていないのではないか。体型的にも民族心性的にも全く向いていないように思う。

  あきらかに向いていないことに地道をあげるほど空しいことはない。サラブレッドに立ち混じって、ロバが天皇杯に出場するくらい空しい所業である。即刻、ロバ君にはに山道での荷物運びに精出してもらうべきではないのか。だいたい、日本人に向いているのは、田植えとか囲碁将棋とか盆栽とか、そういうことではないのか。なんで、外国まで行って飛んだり跳ねたりしなくてはならないのか。

  ついでにいうと、TVのアナウンサーは、頼むから「がんばれ日本!」という何の内容もない、絶叫型の文言を解説者と一緒にがなりたてることをやめてもらえないだろうか。「まだ、一縷の可能性が残っています」とか「まだ大丈夫」とか「相手が失敗すれば入賞の可能性もある」とか、あまりに楽観的、希望的観測を公共の電波に乗せることを即刻中止してもらいたいのである。

  昭和20年、敗戦必至、もう絶対負けるに決まってる戦争なのに「そのうちに神風が吹く」だの「一発大逆転の新兵器が開発される」だの「一億火の玉になってことに当たれば大丈夫」だの、テキトーなことをアナウンスしていたのとなんらかわるところがない。

  そんなテキトーなことを視聴者は聞きたいのではない。少なくとも私は聞きたくない。放送に携わる人々はもっと、ジャーナリストとしての自覚を持って欲しい。その種目で日本が勝てないならば、何故勝てないのか、どうすれば世界レベルの選手を輩出できるようになるのか、世界のトップレベルの選手とはどのような人々なのか、何故彼らはそこに到達できたのか、彼我の差は何に起因するのか、どのような点に着目して観戦すれば、より豊かな知見を得られるのか、そういうことを冷静に報道して欲しいのである。

  たとえば、世界の巨大銀行の格付け報道があって、日本のある銀行が15位だったとすると、「がんばれ日本!」「まだ6位以内に入る可能性はある!」「サブプライム問題がもっと拡大すれば、日本にもいくばくかの可能性はある」なんてことを言いますか? 言わないでしょ? もっと冷静に、世界の中で日本の銀行はどのような位置にあるのかを報じるでしょ? そういうことなんです。 頼むよ。

    がんばれ、ニッポン!!!!

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