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2008年8月 6日 (水)

不肖・宮嶋の「私の異常な愛情」

  

    不肖・宮嶋こと、カメラマンの宮嶋茂樹氏から最新刊の文庫が送られてきた。「私の異常な愛情」(光文社文庫)。不肖・宮嶋らしい異常なタイトルである。「博士の異常な愛情」をもじったタイトルなのであろうが、まあ、意味はよく分からない。分からないが、別段問題はない。

  サブタイトルが「不肖・宮嶋流 戦争映画の正しい観方」。これで、内容がはっきりする。そう、「トラ・トラ・トラ!」から「硫黄島からの手紙」まで、宮嶋氏が愛してやまない戦争映画27本について、いかにも氏らしい薀蓄をこれでもか、これでもかとひたすら大展開してみせるのである。

  読んでいるうちに、二人で品川のイマジカへ「プライベート・ライアン」の試写会に出かけた日のことを思い出した。ちょうど10年前、1998年の今頃だったのではなかろうか。宮嶋氏の、ほとんど筋者としか思えぬ柄の悪いベンツ(ガラスは真っ黒で、しかも神戸ナンバー)に乗って、ドーンとイマジカに乗り付けたのだった。

  座席にふんぞり返って余裕をかましていたのは映画が始まるまでで、始まったとたんに二人はビビリまくり、座席で小さくなっていたのである。冒頭から始まるノルマンディ上陸作戦の戦闘シーンのあまりの迫力に声を失った。イマジカの音響設備は素晴らしいもので、四方八方から飛んでくる金属的で鋭利な銃弾音は、まるで自分がその戦闘の真っ只中に放り出されたような気にさせられた。見終わった二人はぐったり疲れ、言葉もない。

「あかんで、宮嶋。戦争取材には行ったらあかん・・・・。死ぬで」
「はあ、すごかったですなあ」
「この映画、もう一回観に行こ。映画館でもう一回ちゃんと観てみよ」
「はあ・・・」

  たぶん、二人でもう一度この映画を観に行ったように記憶する。私はそれでも足りず、DVDまで入手し、音量をできるだけ大きくして、これまで5,6回は観たはずである。かなり精緻に鑑賞したつもりでいた。

  しかし、不肖・宮嶋の観点は想像を絶するほど、人と変わっていた。極めてユニークであった。ほとんど話しについていけないほどコアであった。どれほどユニークであるか、同書から引用してみたい。

<武器のディテールだけでも、この映画は観る価値がある。わずかだが、動くタイガー戦車も出てきた。・・・映画でツィメリット・コーティング(対吸着性地雷装甲)された戦車を見たのも初めてである。ただ旧ソ連のT34をベースに改造したため、かなり小ぶりのタイガーであった。本物のタイガーは56トン。自動車のカローラが五十台分くらいの重戦車だったのである。>

<しかし、なんちゅうても影の主役はドイツのMG機関銃である。今に至るもNATO軍が改良に改良を重ね、愛用し続けている機関銃の中の傑作である。それが、あの七十年前にドイツではすでに完成されていたのである。まさにドイツのクラフツマンシップが生み出した、銃の中のメルセデスベンツなのである。シンプルな構造、振り回しやすいバランス性、MG34(1934年ドイツ軍制式採用)、MG42ともに現在に至るも口径7・62ミリ。あまりに速い連射性から(銃声が連続的に聞こえるため)、その銃声は牛の鳴き声とも、ヒトラーのひき肉機とも言われた。・・・・上陸用ハッチが降りた瞬間から、もう、いっきなしミラー中隊が洗礼を受けたのも、このMG機関銃である。鉄のヘルメットを紙のように弾頭を貫通させ、脳ミソ、肉片をそこら中に撒き散らす。>

  とまあ、こんな具合である。これほどディテールにこだわって映画を観ることができたらさぞかし楽しいだろうなあ、と感心する。

  それから4年後の2002年の初めに、やはり二人で「ブラックホーク・ダウン」を観に行ったが、ここでも二人はビビリまくった。

「あ、あかん、宮嶋。アフリカだけは行ったらあかんで。なぶり殺しにあうで・・・・」
「ごっついですなあ、これは。実話でっさかいな」
「おお、あかんでえ、行ったらあかん。もう戦争取材はやめとけ、やめとけ。高円寺で一緒にお好み焼き食べてたほうがええで・・・」

   映画を観た後しばらくは、不肖・宮嶋もビビッていたが、喉もと過ぎればなんとかで、その数年後、一番ホットな時期にイラクに潜入、九死に一生を得ることとなるが、その話はまた今度。
  

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