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2008年9月

2008年9月29日 (月)

博多の幸福

  

  この土日に、学生時代の友人を訪ねて博多に行ってきた。目的は、ゴルフ。年に1、2回一緒にラウンドしている仲だが、たまにはは福岡に来ないか、と誘われて、気がついたら飛行機に乗ってしまっていた。

  友あり、遠方までおしかける。また楽しからずや。

  いつもとは違う日常が、案内人つきで待っているのだから、楽しくないわけがない。今回の旅の特筆事項を記しておきたい。

① 博多には美人が多い! 街中を歩いていて、おっと思う美人に遭遇する確立が東京の5倍は高い、気がする。しかも、「韓国ドラマに出てくる美女」系美人なので、やはり、そのルーツは半島にあるのだろうと思う。500年前か1000年前か、あるいは国境という概念が誕生する前なのかは分からないが、半島からどんどこ人が流入していたのではないか。私の持論、「日本の美女は、ルーツをたどれば、すべて韓国系である」を立証する事象である、って勝手にそう思っているだけでなんにも立証してはいないけれど。あるいは、単に、自分が「韓国系美人」が好きなだけなのかもしれないが・・・・。
その手の美人は、西日本の日本海側に多いように思う。誰か、DNAを調べてくれないだろうか。

② 土曜日は、福岡県糸島郡の海沿いにある、志摩シーサイドカントリークラブヘ。天気は清明、爽やかな秋風が吹き、目前には玄界灘が広がる。もう、最高である。スコアも私にとっては上出来の89。はるか洋上には、壱岐島の薄い輪郭が望める。志摩といえば、伊勢志摩をすぐに思い浮かべるが、福岡にも志摩があり、しかも両者とも半島のように海に突き出している土地であることを考えると、古代の人々は、このような土地の状態を「シマ」と呼んだのだなあ、と思う。単に、海上にある陸地だけを「シマ」と呼んだわけではないのだと思い知らされる。

翌日日曜日は古賀ゴルフ・クラブへ。こちらは志摩シーサイドカントリークラブとはうって変わって、凶悪な形相のゴルフ場である。10月に日本オープンゴルフ選手権がここで開催されるらしいのだが、恐るべき背丈のラフがぼうぼうに伸びていて、フェアウェーをひとたびはずすともう、ボールのありかが分からなくなる。プレー時間の三分の一はボール探しに費やされ、しかもすべて砲台グリーン。おまけにグリーンの形状は馬の背のようで、ボールが乗った、と思ってもあっというまに、ころころと外に転がり出る。うんにゃろー、金返せ! と呪いたくなるようなゴルフ場である。
テレビでプロの試合を見ていたら、ときどき解説者が、「ラフに入れるよりバンカーに入れたほうがいい」とか「必ず花道に置かなくてはいけない」といっているのを聞いて、バンカーよりもラフの方がずっといいのに、この人は何を言っているのか、と思ったけれど、やっと意味が分かった。ラフに入れるより、バンカーの方が何倍か楽であることを。
石川遼くんも日本オープンに出場するらしいので、いったいどう攻略するのか楽しみである。

③ 博多は食い物が安くて、かつ旨い! 天神にある割烹料理屋 「よし田」というところに出かけたが、「呼子のイカの刺身」は驚くべきシロモノである。絶品である。呼子という漁港で揚がるイカを丸ごと1匹というのか一杯というのか知らないが、まるまる刺身にしてくれる。お皿の上にでれんと横たわるイカ君は脚と目の玉(?)の部分はまだうにょうにょと蠢いていて、ちょうど胴の部分に、3ミリ幅くらいにスライスされた刺身がきれいに並べられている。驚いたのは透明なことである。ところてんのように透き通っているのである。これをわさび+しょうが醤油でいただく。うまいぞお。

もぞもぞ蠢く頭の部分を、目を近づけてじーっと観ていると、イカ君が呼吸(?)するたびにその表面にえび茶色の斑点が浮かんだり消えたりするのである。イカ君は敵から身を守るために身体の色を保護色で変えるのだが、お皿の上で断末魔に直面しつつ、必死で身を守ろうとしているのである。

哀れである。

苦しんでいる。

かわいそうなので、さっさと塩焼きにしていただいて、醤油をつけて食べる。これも美味である。黒霧島の水割りによーくマッチしている。博多に行ったら、是非、「よし田」へ。

   地方に出かけると、いろんな発見があって、実に楽しい。

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2008年9月25日 (木)

「神様が降りてきた」数学者たち

   たぬきの話を書いて以来、仕事に遊びに忙しくて、まったく更新することができない。まだ更新してないのかよ、さっさと更新しろよ、とときどきのぞきにきて下さっている方が罵詈雑言を浴びせかけていることを知っているので、まことに落ち着かない。とても申し訳ない。

  ふたたびたぬきの話で申し訳ないが、直前の項で書いた、ウスイさんちのたぬきだが、なーーーーんと、9月25日号の週刊文春の表紙を飾っている。といっても、ウスイさんが撮影した写真ではなく、その写真を見て、イラストレーターの和田誠氏が描いたものである。高円寺のたぬきが週刊誌の表紙を飾るなんてなんだかとても愉快である。

  で、忙しい忙しいとしきりにエクスキューズを繰り返しているが、何に忙しかったかというと、ゴルフなのであった。9月13日は大学時代の同級生とアメリカ人の弁護士2人と一緒に、兵庫県の芦屋カンツリー倶楽部で。昭和27年に開業された名門コースであるらしいが、アップダウンが激しくて、なかなか厳しい。

  ゴルフ英語について、かねがね気になっていることがあったので、昼食時にネイティブに聞いてみた。

「日本人はいい当たりをしたときに、ナイスショットと声をかけるが、それはいささか猥褻な意味合いを含んでいるので、できることならグッドショットと言ったほうがいいと言われたんだけど、ほんと?」
「いいや、どちらも使うよ、ほとんど同じ」
「ふーん。では、打った球がグリーンに乗ってコロコロ転がって外に出そうになったときに、テレビでPGAの試合などを見ていると、ステイ、ステイと叫んでいる。何で、ストップって言わないの? 日本人の感覚だと、留まれ! というより止まれ! と言うほうが適切に思うんだけど」
「それは、慣用的にステイ・オン・ザ・グリーンという言葉があるからだと思うよ」
「ふーん。じゃ、プロに試合で観客に対して、お静かにという札を出しているけど、あれはクワイエットと書いある。なんでカームじゃだめなの?」
「カームだと、幼稚園児が騒ぎまわっているときに、静にしなさい!という感じ。クワイエットはご静粛にって感じかな」

  さすがに弁護士は説明がうまい。

    帰りの新幹線に乗車する前に、新大阪駅の地下にあるHORAIで餃子と生ビールで乾杯する。今度は東京で一番うまい餃子を食べに行こう、と約束する。

   9月20、21日は長野県の三井の森蓼科ゴルフ倶楽部で連荘でラウンド。台風のせいで2日目は雨にたたられる。一緒に回ったのはエイベックスのHさんやスポーツ紙のSさんたち。エイベックスのHさんの車に乗せてもらったら、車内TVではずーっと80年代の歌謡番組が流れている。もちろんDVDで。あれこれ録画して自身で編集したらしいのだが、ピンクレディ、キャンデーズ、松田聖子、山口百恵、郷ひろみらの全盛期の歌と映像が次々と映し出される。

   その歌番組を見ていると、いまどきの楽曲がいかにつまらないか、いかに貧血しているかがよーく分かる。70年代、80年代の日本の音楽シーンは最高である、とつくづく思う。フォークがあり、歌謡曲があり、演歌があり、ポップスがあり、なによりもクリエイティビティがある。売れるか売れないか、金になるか否かといったビジネス的基準ではなく、なにかいいもの、新しいものを作り出そうという熱気が音楽界に渦巻いていたように見える。

   現代はそうではない。すべてマーケッティング至上主義であり、なによりもまず、売れることが大事なのである。投資した金を回収できなければ次にのぞめないという世知辛い世の中である。リスクは冒したくない。となると、今売れている楽曲に似たもの以上のものを危険を冒して作る気概は、なかなか持てるものではない。よって、なんだか聞いたことのある曲がいつも流れていることとなる。

   事情は、音楽界だけではなく、映画業界も、TV業界も、雑誌業界も自動車業界も家電業界もすべて同じである。いまほどコンテンツ、コンテンツとその重要性が声高に語られているくせに、コンテンツ自体に金太郎飴的退屈さが充満しているのは実に不思議なことである。本当に困った世の中である。政治だって同様かもしれぬ。

   で、今週末だが、今度は九州は福岡である。27日は志摩シーサイドカンツリークラブ、28日は古賀ゴルフクラブ。やはり大学時代の同級生と回る。古賀GCは今年の日本OPENが開催される名門なので非常に愉しみなのであるが、そんなことを友人に話すと、君はいったい何をやっているのかね、優雅だねえ、とあきれられる。そうである、優雅である。優雅であることはいけないことであろうか?

   などと言っている間に、リーマン・ブラザーズは破綻し、まるで腹話術の人形のような麻生太郎が総理大臣になってしまっている。有為転変は、まことに世のならいである。皆さん、覚えておいでだろうか。ホリエモンの会社、ライブドアがあったビルは六本木ヒルズであるが、実はリーマン・ブラザーズが入っていたのも六本木ヒルズなのである。しかも多分、複数のフロアーを一括して借りていたはずである。

   六本木ヒルズはよくよく運の悪いビルだな、と思うのは話の順序が逆で、実際は、多くのライブドアやリーマン・ブラザーズのような会社が六本木ヒルズのようなものを必要とし、産み落としただけのことなのである。


  ライブドアとリーマンの両社に共通しているのは、「できるだけ努力しないで、手持ちのお金を増やすことはよいことである」という信念である。そのためにありとあらゆる手立てを尽くし、策を弄し、知恵を巡らせたわけである。しかし、ちょっと考えればすぐに分かることであるが、この地球上にただ今現在存在する富は一定なのだから、どこかの誰かが「できるだけ努力しないで、手持ちのお金を増や」せば、どこかの誰かが「あっというまに、手持ちのお金を失う」ことになるのである。そんなこたあ、あったりまえなのである。

  その当たり前のことに気がつかず、全員が汗水たらしてお金を稼ぐことを放棄し、「できるだけ努力しないで、手持ちのお金を増や」そうとすれば、世の中、立ちいかなくなるのが当然なのである。世界のヘッジファンドや投資銀行が行っていることの内実を世界中の人がつぶさに知れば、絶対に仰天するようなことを彼らはしているはずである(確たる証拠があるわけではないが、絶対にそうであると確信している)。

  何年かして、あるいは何十年かして現在の金融界を振り返ったときに、なんであんなことが当時は許されていたんだろうか、という日が必ず来るような気がする。

  どうでもいいことをグダグダ書きすぎてしまった。今日書こうと思ったことはこんなことではなかった。

  8月28日の項で、ソフトボールの上野由岐子投手や、水木しげる氏の話を引用しながら、「神様が降りてきた」人たちの話を書いた。ある事柄を達成しようと、驚異的な集中力でのぞむ人々には、ごく稀に、「神様が舞い降りてきた」のではないかと錯覚するほどの、恐るべきパフォーマンスがもたらされるものだ、という内容である。

    そんな話を書いた直後に、面白い本を読んだ。「天才の栄光と挫折 数学者列伝」藤原正彦著 文春文庫)。

    そうなのである。「ある事柄を達成しようと、驚異的な集中力を発揮する人々」の最たるものが「数学者」なのである。考えて考えて考え抜いた、ほんのひとにぎりの数学者たちの上に、ある日、ふっと神様は舞い降り、奇跡的な発想や思考を賦与してくれる。その瞬間に、その数学者は歴史に名を残すことになる。

    この本は、その奇跡が舞い降りた地に筆者である藤原氏自身が足を運び、ごく少数の天才的な数学者たちに訪れた、一生に一度の奇跡の瞬間を再現して見せようという、とてもスリリングで興味深い列伝となっている。しかも、数式など一切使用することなく(されてもちんぷんかんぷんなんだけど)、一般人にも理解できるような言葉で綴られているところが、素晴らしいと思う。

    登場する天才数学者は、アイザック・ニュートン、関孝和、エヴァリスト・ガロワ、ウィリアム・ハミルトン、ソーニャ・コワレフスカヤ、シュリニヴァーサ・ラマヌジャン、アラン・チューリング、ヘルマン・ワイル、アンドリュー・ワイルズの9名。

   その中でも驚倒したのはインドが生み出した天才数学者ラマヌジャンである。1887年に生まれた彼は一冊のノートブックを残した。これがもの凄いしろものなのである。

<「ノートブック」を埋めつくす計3254個もの公式を一つずつ証明する試みは、その後、・・・・幾多の学者によりなされてきた。その一人であるイリノイ大学のバーント教授は、ここ20年間その集大成に心血を注ぎ、1997年になってやっと5巻本を完成した。ただしそれは証明が完了したというだけで、これら公式の持つ意義、数学における位置付け、応用等についてはほとんど手がついていない。>(P190)

  そして、ここからが筆者・藤原氏の筆が冴えるところなのである。

<ラマヌジャンは「我々の百倍も頭がよい」という天才ではない。「なぜそんな公式を思い付いたのか見当がつかない」という天才なのである。アインシュタインの特殊相対性理論は、アインシュタインがいなくとも、2年以内に誰かが発見しただろうと言われる。数学や自然科学における発見のほとんどすべてには、ある種の論理的必然、歴史的必然がある。だから「十年か二十年もすれば誰かが発見する」のである。
  ラマヌジャンの公式を見て私が感ずるのは、まず文句なしの感嘆であり、しばらくしてからの苛立ちである。なぜそのような真理に想到したかが理解できないと、その真理自体を理解した気に少なくとも私はなれないのである。それは誰かが、我が家の柿の木の根元に金塊が埋まっていると予言し、それが事実だったときの気分である。事実は認めても、予言の必然性や脈絡をたどれぬ限り苛立つ。>(P192)

  うまいなあ、書きっぷりが。柿の木の下の金塊なんていう比喩はなかなか思いつくものではない。数学に全く造詣のない私をこんなに夢中にさせるというのは、全く持って筆者の筆力のおかげである。ラマヌジャンという人は、神様が降りてきた、というよりは神様そのものだったのかもしれない。

  もうひとつだけ、印象的な一文を引用しておきたい。アンドリュー・ワイルズの話である。ワイルズ氏は「フェルマー予想」が正しいということをついに証明してみせた数学者である。「フェルマー予想」とは、

<Nを3以上の整数とするとき、
XのN乗+YのN乗=ZのN乗 を満たす正の整数X、Y、Zは存在しない。>

  というもので、17世紀の前半にフランス人のフェルマーはそう書き記し、ついでにノート端っこに「余はこの命題の真に驚くべき証明を発見したが、この余白はそれを書くには狭すぎる」と書き残して死んでいったのである。以来、3世紀半、その命題を証明しようと幾人もの数学者が挑戦し、そして敗退してきたのである。ものすごい話である。350年間、誰も解決できなかったのであるから。

  だが、ワイルズ氏がついに証明に成功したのである。
  1994年9月19日、月曜日の朝、ワイルズ氏についに神が舞い降りた。彼はこう語っている。

<「突然、まったく不意に信じがたい閃きに打たれました。コリヴァギン=フラッハ法だけでは駄目だが、岩澤理論と合わせるとうまくいくことに気づいたのです」>(P279)

  そのときのことを後に、BBCテレビの特別番組でワイルズ氏は項語っている。

<「形容できない、美しい瞬間でした。とても単純でとても優雅で、なぜそれまでに気づかなかったのか自分でもわからず、20分間ほどじっと見つめていました。それから数学教室を歩き回っては机に戻るということを繰り返し、アイデアがそこにまだあることを確かめていました。とても興奮していました」
  そしてしばらく何かを思い出すように沈黙してから、
「あれほどのことはもう二度とないでしょう、私の生涯に」
  こう言うとワイルズは突然絶句し横を向くと、カメラをさえぎるように右手を振った。>(P280)

  この部分を読むたびに私は感動する。
   
   これほどの天啓はもう二度と再び自分には舞い降りないだろうという諦念と、しかし確かに一度は舞い降りたという幸運の狭間で涙ぐむワイルズ氏の姿を想像すると、私まで涙ぐみそうになる。

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2008年9月10日 (水)

杉並区高円寺にそんなものが住んでるの!?

Tanusaishin   昨日、昔の同僚であるウスイさんと、青山のスタバでアイスラテを飲んでいるときに、ウスイさんが突然、
「うちの庭に子ダヌキが出るんです~」
   と、言い出した。

「タヌキー!? でっかいネズミか汚いネコを見間違えてんじゃないの? 家はどこなの?」
「あ、引っ越したんです~。中野から高円寺に~」
「高円寺!? あの杉並区高円寺?」
「そうです~」
  そう言って、携帯で撮影した子ダヌキの写真を見せてくれた。
  な、なーーんと、本当に子ダヌキである。庭先に2匹がちょこんと座って携帯のカメラにむかって無邪気に笑っている(ような顔をしている)。全然恐れないんだそうである。
「うちの周りはずーっとお墓ばかりですから、この家なかなか借り手がなかったんですけど、条件がとてもいいんで借りてみたら、庭先に子ダヌキが毎晩、遊びにくるんですよ~」
「えさなんか、やってないだろうね」
「え、え! ほんとはあげたらいけないんだけど、あんまりかわいいんで、こっそりあげちゃいました・・・・」
「気をつけないと、そのうちに化かされちゃうよ」
「はい~。前に住んでた家はすごく黴臭かったけど、今度の家は庭がすごくケモノ臭いんですよ。庭にうんちなんか落ちてるし・・・」
  
    そう言いながら、ウスイさん、わが子を見るように子ダヌキの写真を見てニコニコしている。
  それにしても驚いた。
  東京都杉並区高円寺には野生のタヌキが棲息している。

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2008年9月 9日 (火)

「ラインが見える」って?

  北京オリンピックで見事金メダルを獲得した、日本の女子ソフトボールのエース、上野由岐子投手の話を8月28日の項で書いた。印象的な上野投手の話というのは、概略、こんな内容である。

「最初の方の回で、すでに勝利を確信していました。というのも、これまで経験がないほどに自分は冷静で、ここに投げれば絶対に打たれない、という球筋が、まるで線でも引いてあるように、ラインで見えていたんです。だからそのライン通りにボールを投げればよかった。まるで、神様が降りてきたようでした」
  
   そんな話に続けて、タイガー・ウッズが絶好調の時には、よくテレビの解説者が「ゾーンに入っている」という解説をしていることを書き加えた。「ゾーンに入った」ウッズの強さは尋常ではない。やることなすことすべてがうまく噛み合っていて、とても人間業とは思えない活躍をしてみせる、と。
  
   そのことを書いた翌日、我がゴルフの師匠、ゲンちゃんと近所のそば屋へ行った。もりそばをすするゲンちゃんに、「ゾーン」について聞いてみた。

「よく、テレビのゴルフ中継で、解説者が、<ゾーンに入っている>って言うでしょ。あれは、どういう意味なのかしらね。やることなすこと何もかも善循環的にうまくいく、という意味なんだろうか? ゾーンに入ったことが一度もないからわかんないんだよね」

「うーん、なにもかもうまく行く、ということもあるけどね、めちゃめちゃ調子がいいとラインが見えるんだよね」

「えっ、ラインが見える?」

「そう、ドライバーもアプローチもパットも、このラインへこんな感じのボールを打ち出せばいいっていうラインが見えるのよ。で、その通りの球が打てるのよ、不思議なことに。グリーン左バンカー方向へ球を打ち出して、落ち際にカットされてフェードしつつ落ちて、グリーンに落ちてから5ヤードほど右に転がる、っていうイメージが描けちゃうわけ。打つ前に。で、その通りの球が打てちゃうのよ、そんなときは。パットのラインもきれいに見える」

   このとき、「ライン」という言葉がゲンちゃんの口から出てきたので大いに驚いたのである。上野投手も同じように、「ラインが見えた」と語っているからである。もちろん、ゲンちゃんには上野投手の話は一切していないのである。

「でね、そんなときは、実に不思議なんだけど、自分でプレーしてるのに、まるで自分ではないみたいな感じになるの。誰かにそうさせられているような感じに襲われるのよ・・・・」
  
   ここでも驚かされたのである。8月28日の項で私はこう書いていたからである。

<ある企画を練らねばならず、何日も何日も、目覚めて意識がある間中考え続けていると、1週間ほどたった深夜、眠っているのに、まるで「空からそのアイデアが降りてきたように」、天啓のようにしてプランがするするっとまとまることがある。あ、メモしておかないと忘れる、と思い立って起きだし、枕もとのメモにあわてて書き留めるのである。その時、なぜ、自分はそんなことを思いつけたのかが分からない。
  
  メモを書いているのは自分なのだが、自分ではない誰かに書かされているような気にさせられることもある。上野さん、水木さんのような強烈な体験でないけれど、なんだか、妙な体験である。>
  
    実に不思議である。上野投手とゲンちゃんがなぜ似たような体験を語るのか? そのスケールは天と地ほどの開きがあるのに、語る内容は、妙にオーバラップしているのである。

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「グスタフ」を巡って

  
    アメリカの南部に上陸したハリケーン「グスタフ」は、「カトリーナ」ほどの勢力には育たず、さしたる被害も与えなかったようである。まずはめでたし、めでたしである。
  
    ニュースで、そのハリケーンの名前が「グスタフ」と聞いて、おお、今度は男名前なのか、と思った。「グスタフ」のファースト・ネイムで思い出すのは、マーラーかクリムトぐらいで、なんだか東欧の暗い情念を感じさせる不気味な男名前である。
  
    その昔、アメリカでは、ハリケーンはすべて女性の名前を授けられていた。日本でも、敗戦後しばらくは、台風の名前に女性名を当てていたことがある。「キティ台風」だとか「ジェーン台風」「ルース台風」なんて呼んでいたのである。日本を襲う台風の名前が、である。占領下というのは、時にとんでもないことが起こるものだと思う。
  
    台風の女性名の話になると思い出すことがある。
  
    高校時代の英語の授業のときだった。担当の米谷正典先生が、あるとき、生徒にこう尋ねたことがあった。

「どうして、アメリカ人はハリケーンに女性の名前をつけたのだと思う?」
  
    そう言って、米谷先生は生徒たちの顔をうかがった。私は、ごく自然に、はいっと手を挙げて、

「来襲するハリケーンが、できることなら女性のように従順で穏やかで温和なものであるように、という祈りをこめてのことだと思います」
  
    そのとき、16歳の私は素直にそう思い、そう答えたのだった。それを聞いて、米谷先生は苦笑しながら、「おまえは、えらいフェミニストやなあ・・・」と小さく呟いた。それから苦虫を噛み潰したような顔になって、

「そら違う。予想外に荒れ狂い、手が付けられんからやで・・・・」
  
    米谷先生が、田舎の高校生を前にしてそう語ってから、もう、何十年も経つ。米谷先生には3人の小さな娘さんがおられたが、今頃は、みんなもう立派な中年になっていることだろう。当時、先生は家に帰ると4人の女性に囲まれて暮らしておられたのであるなあと、今になって思う。
  
    台風を女性名で呼ぶ風習は、日本では昭和20年代後半には廃れ、アメリカでも1979年には「性差別的である」という理由で、男女の名前を交互につけるようになった。つまり、ほとんどの方々は、台風の荒れ狂いぶりを見て、無意識のうちにごく当然のようにして女性の名前を冠してしまっていたわけである。
  
    しかし、と思う。                               
    人生の最終コーナーにさしかかった今でもなお、私は台風に女性名を冠したのは、「女性のように心優しい、寛容で穏やかな台風でありますように」という人々の祈りをそこにこめてのことだったのだと信じたい。女性というのは、そのようなものであるのだと信じ続けたい気がする。

    そんな話を仲間に披露すると、みんな、馬鹿じゃないの、という顔をして私の顔を覗き込む。特に当の女性たちは鼻でせせら笑う。つられて私もヘラヘラ笑いをして見せるけれど、そんな風にふるまいながらも、心のどこかで、「まだ出会ってはいないけれど、従順で温和な、心温まる女性がこの世のどこかにきっといる。絶対にいるはずである」と信じきっている自分がいる。

    笑いたければ笑えばよろしい。

    内田樹氏の新著「こんな日本でよかったね」を読んでいたら、こんな一説に出くわした。

<端的に言えばレヴィナスのいうところの「女性的なもの」、柔和さ、ぬくもり、癒し、受け容れ、寛容、慈愛、ふれあい、はじらい、慎み深さ・・・・といった「贈与的ふるまい」の重要性からおそらく目をそらすことができないのである。それがどれほど近代家族イデオロギーの中で手あかのついてしまった概念であったとしても、やはり親しみの場は、そのような「女性的ふるまい」抜きには成り立ち得ないであろう。(略)     
「女性的なもの」の本質は「無償の贈与」である。見返りを求めない贈り物のことである。>(P224-225)
  
    もう一度、笑いたければ笑えばよろしい。 世のフェミニズムに厳しい視線を送る内田氏だが、ご自身は、なかなかのフェミニストなのだろうと思う。     
  
    先週末、江東区森下の居酒屋「山利喜」で飲み会を決行した。居酒屋なんてのは大嫌いなのだが、なぜかこの店はOKなのである。メンバーは私一人が男性。他の5人は全員仕事の付き合いのある女性たちである。年のころは30代~40代。ビールを飲み、もつ煮込みをすすり、ワインを傾け、ガツをかじりながら大声で馬鹿話を交わしていると、なんとも言えない、安らかな気持ちに包まれている自分を発見する。 なぜだかは分からない。
  
    もしメンバーが3、40代の男性だったならば、私は絶対に、こうはならなかったに違いない。

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2008年9月 2日 (火)

SONAさんのご指摘

  このブログをお読みになったSONAさんという方から、8月29日付けの「キム・テヒですよ!」の記述について、誤りがあるというご指摘を受けました。一瞬驚きましたが、よーく調べてみるとSONAさんのおっしゃるとおりに違いないという気がしてきたので、そのことをここに記します。

  8月29日に私はこのように書きました。

<美人女優、キム・テヒさんはソウル大学在学中に、地下鉄でスカウトされて芸能界入りした才媛なのだが、その一方で、2005年に親善文化大使として招かれたスイスで、竹島(韓国では独島)は韓国固有の領土であると、「独島愛キャンペーン」を堂々と展開した愛国者でも知られているのである。>

  この一文についてSONAさんは、

<テヒさんは竹島キャンペーンはしていないんですよ!
すると言うニュースは流れましたが、彼女が拒絶して事務所側が急遽「スケジュールの関係」という理由で行わなかったようです。
キャンペーンした様子が一度もニュースになっていないのが証拠です。テヒさんと事務所の方にファンクラブの方が確認したので間違いないです。
日本の皆さんは韓国メディアにだまされてますよ^^>

  驚いて調べてみると、確かに、「する予定である」という記事は検索できますが「行った」という過去形で記された記事には出くわしません。SONAさんのおっしゃる通りです。過去形の記事が存在しない、ということは「そのような行為は行われなかた」と考えるべきなのでしょう。もし本当に行われたのであれば、なかなか派手なデモンストレーションですから、日本のメディアも報じたことでしょうから。
 
  それに、冷静に考えれば、ソウル大に通う大学生のテヒさんが、スイスで自国領土の領有権を声高に主張することの有効性について一顧だにしなかったとは考えにくい話ではあります。

  確かにキム・テヒさんはそこまで直情径行な愛国者であるようには、見えませんでした。その美貌に私が冷静な観察眼を失っていたのかもしれませんが、もっと理知的な方のようにお見受けしました。というわけで、テヒさん、失礼しました。SONAさん、ご指摘ありがとうございました。クボちゃん、ばちこーんと言わなくてよかったです・・・・・。

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