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2008年10月 2日 (木)

うまくいえないけど、最後は動物的カンだろう

   先日、ラジオを聴いていたら、安岡正篤のお孫さんにあたるという女性が登場し、子供たちに論語の素読を教えている、という話をしていた。お孫さんの名前は溝本定子さん。東京の伝通院で月に1回ほど、小学生たちに、「子曰く」と声に出して論語を教えているという話だった。

   安岡正篤(まさひろ)というのは1898年生まれ。陽明学や東洋古典思想の研究家として著名で、大川周明や北一輝とも東京帝国大学在学中に親交があり、戦中は軍部にも影響力を持ち、戦後は公職追放されたものの、歴代政治家に隠然たる影響を及ぼし続けた人物として知られている。
  歴代の首相、麻生太郎の祖父・吉田茂、池田勇人、佐藤栄作、福田赳夫、大平正芳らが師として仰いだというから、大変な人物であったに違いない。我々の生活に引き付けて語ると、元号「平成」を考案した人物としても知られている。

  その日本を代表するような東洋思想家であるおじいさんがまだご健在な頃、溝本さんは一緒に暮らしていた。大学生だった彼女は、学校で習ってきたことで、よく分からないことが出てきたときには、夕食時、食卓でくつろぐおじいさんによく質問を投げかけたという。

  すると、安岡氏はその質問にただちに答えるのではなく、彼女を書庫に連れて行って、薄暗い書棚の中から数冊の本を抜き出し、「ほら、そのことはここに書いてあるよ」と教えてくれたという。そして、「大事なのは、そのことを暗記していることではない。どうすればそのことを知ることができるかを知っていることが大事なんだよ」と諭したという話を、溝本さんは静かに語っていた。

「知るための方途を知っていることが大事なのだ」と。

  ふーむ、なるほど、と思い、そして次に、なんだか同じような話を最近どこかで読んだような気持ちになったので調べてみたら、ほとんど同様の話を内田樹氏が自身のブログで書いていた。9月24日の項で、こう書いている。

<かつての教養主義の時代に知識が尊ばれたのは、「知識を得るための知識」という「メタ知識」がそこに付随しており、この知識を会得することがなかなかにむずかしかったからである。
メタ知識というのは、どこに行って、どういうボタンを押すと、どういう資料が出てきて「探している知識」を探し当てることができるかについての知識である。
例えば私が大学院生のころ、ゼミで読んでいた18世紀の文献には聖書からの大量に引用が含まれていた。
教師はそのすべてについてすらすらと出典を告げた。
   大学院の先生というのは聖書全文を掌を指すように諳んじているのか、あな恐ろしやと私は感服したのであるが、その後に、院の先輩からこの世には「コンコルダンス」というものがあって、キーワードで検索すれば、聖書からの引用典拠は簡単に探せるんだよということを教えてもらった。
「知識のありかについての知識」というものがあるということを私はそのときに学んだ。
そして、学者は「知識についての知識」へのアクセスの仕方を知っているという点において、「街の物知りおじさん」と差別化されているということも学んだ。>

  そして、現在のネット社会ではいかなる知識にもGoogleの検索一発でたどり着けるので「メタ知識」はもはや不要になったような風潮があるが、それはそうではないのではないか、と続く。確かに全くそうではないと、私も思う。逆に今ほど「知識のありかについての知識」が重要な時代はないのではないかとさえ思う。

  たとえば、どんな片言隻句でもいい、Googleで検索してみればいい、瞬時にその言葉を含む情報が驚くほどずらりと並ぶはずである。しかし、困惑するのはその先なのだ。いったい、どこに求める「真の知識」があるのかは皆目分からない。ネットの世界は、いうなれば広大な海にミソと糞、真と贋、プレミアとジャンクがぐちゃぐちゃになって浮かんでいるようなものなのである。

  いったいどこに「真でありミソであり、プレミア」な知識が存在するのか、未踏の密林の中で小径を探すような困難が待ち受けている。もっというと、メタ「メタ知識」が必要で、もう頭の中はメタメタになってしまうのである。ネット環境が人々を覆いつくす以前には、手間取りはするけれど、もっと確実に「知識」にアクセスできたものが、ネットの出現によって、多岐亡羊の疲労の渦の中に我々は投げ込まれてしまうのである。

   大和証券のTVCMだったろうか、「あまりに選択肢が多いと、人は選択するという行為を避けようとする」という興味深い指摘があったが、ネットでの検索による知識習得の行為には常にそんな困難がつきまとう。

  しかし、にもかかわらず、我々は真の知識に何とかしてたどり着こうとする。しかし、それはどのようにして可能なのだろうか。そもそもミソと糞の境目はどこにあるのだろうか。「真」なるものが本当にこの世に存在するのだろうか、存在するとして、それはどのようにしてそれと知ることができるのだろうか。

   うまく説明できないけれど、それはもはや動物的カンであるような気がする。

   山中で遭難し、食糧は尽き、餓死寸前のとき、ふと見つけた茸が毒キノコか否か。それを嗅ぎ取るのが最後には己の動物的カンであるように、「今ここにあるこれが、将に求めているものであるかどうか」を察知するのはカンであるような気がする。

   ところで、ところで。
  話は晩年の安岡氏に戻る。 
   80年代の初め、日本を代表する東洋思想家・安岡正篤氏は、当時銀座のクラブのマダムであった細木和子と再婚の約束を交わす。当時85歳だった氏が、クラブのソファで細木さんと仲良くくつろぐ写真が今はなき「FOCUS」の誌面に掲載されたことをうっすらと覚えている。

   当時の安岡氏には、「今ここにいるこの女こそが、将に自分が求めている女であるかどうか」を察知するカンがはなはだ鈍っていたのだろうと思う。

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