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2008年12月17日 (水)

ギックリ腰!

  もろもろ仕事が立て込んでしまって、「昭和の感傷」なんてそっちのけ。身体がもう一つほしいほどになってきた。13日の土曜日には嵐山CCで「ゴルフ馬鹿の会」の忘年ラウンド。ラウンド後、馬鹿の会会長に選出され、馬鹿の馬鹿たるゆえんを会員諸氏にご披露し、かつ会名を、このままでは嵐山の2階の個室に看板も出せないので、「馬と鹿 プレーイング・ゴルフ アホ会な」と改変する。略してUSPGAである。

  それはいいけれど、スタート前にドライビングレンジで練習したときに腰を痛め、まっすぐに立てなくなってしまった。痛いのである。かがめもしないしねじりもできない。痛みに顔をゆがめながら18ホールを回ったのがいけなかったに違いない。帰りには車の乗り降りに難渋するほどに。翌14日もコンペである。しかも幹事である。これは大変なことになった、とシップを貼って早く寝る。

  眼が覚めたら全快してたらいいなあ、と思って眠ったのだが、14日5時半、目が醒めたけれど腰が痛い! ベッドから起き上がるのも難儀である。風呂に入って身体を温め、いたたたたと呻きながら車に乗り込み五日市CCへ。東海林さだおさんを中心とした「多ン摩会」なる年に一度のコンペである。冷たい雨が降っている。困ったなあ、幹事だし、自分の性格からして、はってでもラウンドしちゃうだろうし、そうなったらしばらく寝込むことになるだろうなあ、と腰をさすりながら泣きそうになっていたら、東海林さんから「今日は中止しよう」の一声。みなさんには悪いが、良かったー、と思う。
  メンバーの一人でもある社長に「すいません、私の日ごろの行いが悪くてこんな雨になってしまいました」と頭をさげると、「そうだ、お前が悪い!」と一喝される。そ、そんな・・・・・。

  また泣きそうになりながら車に乗り込み、ニューオータニホテルまで車を飛ばして、朝飯を食う。まだ9時である。テーブルに座ってトーストをかじっていると、ウェイトレスがやってきて、コーヒーをもう一杯いかが? と英語で尋ねてくる。いったい、おいらは何人に見られているんだろうか? 以前、夏にサングラスをかけていたときには「香港のエロ按摩師」と言われたことがる。そういえば、79年に初めてニューヨークに行ってタクシーに乗ったときに、運転手から「スパニッシュ?」と聞かれたことがあった。おいらのどこがスパニッシュやねん?

   15日月曜日。まだ腰は痛いがまっすぐ歩けるようにはなってきた。夜は中村奈央子さんと、桜新町の「しんとみ」で会食。中村さんもぎっくり腰から癒えたばかりで、いかに大変だったかを聞かせてくれる。海外旅行から帰って家でガラゴロとうがいをしていたところにガツンと来てしまって、あとは激痛。歩くこともできず、いざることしかできなかったとか。ベッドに寝るために妹さんに抱きかかえられたとたんに激痛で失神。気を失ってしまったという。「あんまり痛いと気を失っちゃうんだよねー。おかしくて笑っちゃったけど」。

   16日火曜日は、すこし和らいだので、なんとかしのぐ。

   で、本日水曜日、西荻北のカイロプラテッィクでバキボキしてもらい、キネシロテープを背中にべたべた貼ってもらう。ずいぶんと楽になる。先生はぐいぐいと私の身体を捻りながら、バキボキいわせて「うん、これで入った・・・」と一人ごちる。ほんとにそんなことで入るのかあ? と疑っていたが、帰り道は軽快である。西荻窪駅南口側にあるラーメン屋「はつね」でラーメンを食べる。20代の頃から食べている。先代はもう亡くなったのか、今は若い主人が一人で作っている。昔はちくわが入っていたが、今日はかまぼこだった。

  この間に、池田清彦氏と養老孟司氏の共著「正義で地球は救えない」(新潮社)を読んでいたのだが、常々思っていたことが明瞭な言葉になって書かれていたので、膝を打つ。「生物の多様性を保全しよう」という運動がある。絶滅しそうな種を保護しようというのもその運動の一環である。しかし、つねづね、私は浜口庫之助が歌うように「命に限りがある、恋にも終わりがある」と信じているので、「絶滅するものは絶滅する」のであって、それを先延ばしにしてもしょうがないだろう、と思っている。人類だって早晩絶滅する。鯨だって絶滅する。犬だって絶滅する。あなたが大好きな猫だって絶滅する。泣いても叫んでも絶滅するものは絶滅する。

  それが耐えられない、というのは単なるセンチメンタリズムではないのか、と思っていたのでだが、学者の言葉で異議を呈してくれているので溜飲が下がった。

  また、この本の中で養老氏がこんな発言をしている。

<いいかげんに、無意味な欧米スタンダードを踏襲するのはやめてほしい。僕は、生まれた時代が古いせいか、そういうのは植民地主義だというふうに、どうしても思ってしまうんですよ。自分たちのライフスタイルや価値のスタンダードをよその国の文化に押しつけるという傾向が、反捕鯨にせよ禁煙にせよ環境問題にせよ、とくにアングロサクソンがやることの根底には強くあるよね>(同書 P120)

  とりわけ、アメリカのあの押し付けがましさはいったいどこからやってくるんだろう、と思っていたのだが、誰しも思うことは同じなのだなあと思う。「アメリカの押し付けがましさ」の核とも言えるのがアメリカの「ランド」という研究所なのだということを、「ランド 世界を支配した研究所」(アレックス・アベラ著 文藝春秋)を読んで知った。そんな研究所があることさえ知らなかったが、原書は「SOLDIERS  OF  REASON  the  RAND CORPORATION and the rise of the American empire」。「合理性の兵士たち  ランド研究所とアメリカ帝国の勃興」という感じかな。とにかくこの研究所には、全米から選りすぐりの頭のいい連中が佃煮にできるほど集まっている研究所で、ノーベル賞受賞者を輩出しまくっている。

  いったいどんな研究所なのか、一言で説明するのはかなり難しいが、同書から引用するとこんなことになる。

<1950年代と1960年代、さらに1980年代にも、アメリカは国家安全保障法に裏付けされた国防体制を確立した。そこで大きな役割を果たした組織は多数あるが、その中でもランドは抜きん出た存在だ。17世紀のイエズス会のように、ランダイト(ランドの研究者や出身者の総称)はある種の信仰を信じる兵士となったのだ。もちろん、その信仰はキリスト教会のものではなく、いわば「合理性教会(チャーチ・オブ・リーズン)」のものだ。ランダイトとその支持者は権力の廊下を渡り歩き、宣教師のようにワシントンをはじめ世界主要国の首都で「ランド信仰」の布教に努めたのである。
  ランド信仰では、人間は物質的利益という意味での合理性に基づいて行動する合理的な存在だ。自己の利益に結びつかないものはなんでも非合理であり、それが宗教であり、愛国心であれ、どんな種類の利他主義であれ、避けなければならない。また、ランド信仰には、どのような歴史の教訓があろうが、人間の行うことはすべて分類できて、計測できて、配分できるという信念がある。この物質主義は、特定の政治家や企業の利益になるような政策を打ち出す際の道具として使うことができる。
  要するに、マルクス主義者が歴史から決定論を見いだしたように、ランド信者は数値至上の世界観に決定論を見いだしているのだ。このようにして、客観的な合理性といわれるランド信仰を発展させ、国家安全保障政策を決定する支配階級にとっての武器へと変貌させたのだ。>(P13-14)

  そのような方々が押し付けがましくないわけがない。しかし、この研究所のスタッフは数々の社会理論を構築してきてもいる。いわく「ゼロサムゲーム」「囚人のジレンマ」「システム分析」「終末兵器」「フェイルセーフ」・・・・・。

  あ、もう行かなきゃ。またしても「昭和の感傷」はお預けだ。早く書かないと忘れちゃう。気持ちが悪い・・・・。

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