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2009年1月25日 (日)

ビリケン

   会社勤めを始めてかれこれ30年以上になる。20歳のころから最寄り駅は四ツ谷で、界隈の飲食店や喫茶店や駐車場にはずいぶんとお世話になってきた。

  中には顔見知りになって親しく口をきくようになった人もいた。 しかし、30年も時が経つと、いつの間にか顔が見えなくなる人がいる。

  新宿通りを渡ったビルの地下には割烹料理店がある。20年ほど前、毎晩、会社でそば屋の出前ばかりを食べていた。それがつくづくいやになり、まっとうな晩御飯を食べたくなった私は考えた。その割烹料理屋は抜群にうまい。しかし、値段も抜群に高い。昼のランチはリーズナブルで旨い。なんとか、夜もランチが食えぬものか。

    104で料理屋の電話番号を調べて、ある日の夕方、電話をかけた。主人らしき人がでた。 「近所の会社に勤めるものだけど、毎晩そば屋の出前ばかりを食べていて、そんな食生活がつくづくいやになった。なんとかまともな晩御飯が食べたい。ご飯と味噌汁、漬物、お魚。それだけでいい。会社の先輩に聞いたところお宅のお魚はとてもおいしいと言う。そこでお願いなのだが、全然お酒は呑まない、ご飯を食べるだけだけど、お宅の店に行っていいだろうか?」「ああ、いいよ」

「もひとつお願いがあるんだが・・・。実は、お宅の食事をどうしても食べたい。おいしい魚をなんとか食べたい。しかし、私には十分な金がない。誠に申し訳ないのだが、お昼のランチの値段で食べさせてもらえないだろうか?」   

  私が常々口にしているモットーは「頼むのはタダ」というものである。ダメでもともと、頼むだけ頼んでみるという、なかばやけっぱちなモットーだが、いつでも誰に対してもこれだけは平気でできる。相手はなんと言って断ってくるんだろうか、という興味がむくむくとわいてくる。  

 この時は、店の主人は一瞬黙った。数秒、時間があった。怒鳴るかな、と受話器をきつく握りしめたが、 「わかった、来な」   主人は短くそう応えた。

  以来、その店には通いつめた。私だけ特別料金なので、大きな声で金額の話はできない。カウンターの端のレジのところで人に見られぬように急いで金を払う。で、いつの間にか、そのレジの横が私の常席となった。

   ある日主人の顔が見えなくなった。聞くと、脳溢血で倒れたと言う。それから数年して店は別の人が継ぐことになった。会えなくなる前に、一言お礼を言いたかったなと今になって思う。  

 会社の近所にある駐車場の管理人にも世話ないなった。が、すでに2人が亡くなった。今でも二人の顔や交わした話を思い出すことができる。  

 先日、髪が伸びたので、いつも行く半蔵門の床屋に予約の電話を入れた。電話に出た若い男の子の様子が変だった。「いないんですよ」「いないって?」「入院したんです」「入院?」「どこが悪いの?」「肺がんが見つかったんです・・・・」。  

 あわてて店に行き、経緯を聞いた。昨年末から主人の咳が変だったという。いつまでも治らないから病院に検査に行ったところ、5センチの肺がんが見つかったという。有明にあるがんセンターに即入院。今は手術に耐える心臓かどうかを都内の別の病院で検査中だということだった。  

 翌日の夕方、電話をすると、「今ちょうど病院から帰っているところなんです。一人くらいならカットできると言ってるんで、今からどうですか」という。大丈夫なんだろうかとためらったが、電話の相手が強く勧めるので出かけた。髪を切ってもらおうと思った。

  夕暮れで雨が降っていた。傘をたたんで傘たてに入れ、ドアを押して明るい店内に入るといつもの主人の顔があった。普段と変わらぬ笑顔だが、こけたように見えた。黙ってシートにすわり、いつものようにカットしてもらう。月に1度、もう20年も続いている段取りである。陽気に語りかける言葉が見つからないので、黙って目を閉じる。主人も黙々とはさみを動かす。丁寧に、いつもよりずっと真剣にエッジをにらみつけながらカットしている。

「肺がんになっちゃってさあ。悪いところがあるんなら、すっぱり切り取ってくれって医者に頼んだんだけど、簡単なことじゃないらしい・・・・」「そう・・・」。会話を軽快に続けたいのに、それができない。

  会話が途切れて、主人はかみそりを持ち、襟足を剃る。肩をマッサージし、背中をもむ。前かがみになって背中をもまれるままに任せていたら、主人が「あれ?」という。「これ何?」「これって?」「お尻のポケットから出てる携帯のストラップ」

「ああ、それね、それはビリケンっていうんだよ」

「ビリケンって商売の神様だったけ?」

「さあ、どうだろう。大阪の通天閣の展望台に備え付けてあるらしいよ」

「頭をなでると幸せになるんだろ」

「頭じゃないよ。足の裏をなでるといいらしいよ」

「俺も足の裏をなでたいなあ」

「ははは」  

 散髪が終わり、主人は、立ち上がった私の体についた髪の毛をブラシではらう。いつものように、いつものしぐさで。金を払うと、にっこりしながら受け取る。いつもの笑顔を浮かべて。

「どうもありがと」。そのあと、どう言っていいか分らなかった。「うん、あした有明に戻るんだ」「そうか、ありがとうね」。そう言って私は私より10歳は年長の主人の手を強く握り締めた。

「早く帰ってきてくれよ。早く帰ってきて、また俺の髪を切ってくれよ」。主人は頷いたように見えた。   

  外に出るとあたりはすっかり暮れて暗くなり、小雨が降っていた。傘を差しながらゆっくりと道を歩いた。すっきりした髪のせいで、頭がすーすーした。歩きながら、ああ、ビリケンのストラップ、あげればよかったな、と思うと、胸が詰まった。

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