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2009年1月 2日 (金)

見たこともない人々の顔

  毎日毎日「不要物償却作業」の報告で申し訳ないけれど、それしかしてないからしょうがない。許してたもれ。

  祖父の書き物が山のように出てきた話はすでに書いたが、まだまだ出てきました。驚くべき量の書き物が。ノート、手帳、原稿用紙、和紙などに、論文、エッセイ、講義ののための準備稿、日記、思いつきなどが小さな文字でみっちり書き込まれている。明治から昭和にいたるまで、3元号をまたぎ、全部積み上げれば3メートルくらいの高さにはなるのではないか。寝る時間と食事の時間以外はずーっと何かを書いていたのではないかと思われる。そういえば、汽車のなかでも乗車中ずっと手帳に書き物をしていたという近所の人の証言を聞いたことがある。頭が下がる。おそるべき努力家だったに違いない。

  そのほかに大量に出てきたのが写真。明治末年に師範学校を卒業した人たちは別れの際に記念の品として、自身の写真を贈る習慣があったらしい。それも写真館できちんと撮影したポートレートで立派な厚紙に貼り付けられていて、裏に送る相手の名前、自身の名前、年月日、ちょっとした言葉などが、達筆な毛筆で記されている。しかも漢文の素養に満ちた人たちであったらしく、今時の学生には書くことも読むこともできぬようなものが書かれている。当時のインテリたちの自負というものはなかなかのものであったように思える。

  翻って、今、大学卒業時に、自らをインテリの一員であると自覚している学生はどのくらいいるのだろうか。

  その若きインテリたちの利発そうな写真(その全員がすでにこの世の人ではない)に混じって、親族と思しき人たちの写真も次々と出てきた。中には、これから取り壊そうとしている離れの縁側に座って撮った記念写真もある。背景の建物は建てたばかりらしくて新しくて立派だが、目を凝らせば、確かにこれは今まさに取り壊そうとしている離れであることが分かる。しかし、そこでカメラに収まっている人たちの顔を見ても、一向に面識はない、見ず知らずの人であり、したがって彼らのことを私は何も知らない。しかも、全員、すでにこの世の人々ではない。ほんの5,60年前に、ここで元気な顔をして写真におさまっていた人たちはあっという間にこの世の人ではなくなってしまっている。

  今現に生活しているこの住まいにかつては、自分が知らない親族たちが寝起きし、生活していた事実を目の当たりにすると、不思議な感慨が沸き起こる。その見知らぬ顔の中に、どこか自分に似た顔を見つけると、連綿と続く血縁の流れのようなものを思い浮かべる。その大きな血の流れの中の、自分はひとつのあぶくでしかないということもよく分かる。

  自分につながる多くの人々が生活していたこの地に建つ離れをこんなに簡単に取り壊してしまっていいものだろうか、彼らの魂がまだこの地の上をさまよっているかもしれないのだから、きちんと事情を説明しご理解をいただいたほうがいいのではないか。そんな気持ちにさせられるのである。

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