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2009年1月14日 (水)

「チェ 28歳の革命」を観る

  昨日、お台場のメディアージュでスティーブン・ソダーバーグ監督の新作、「チェ 28歳の革命」を観る。ラーメン国技館で徳島のこってりしたラーメンをかきこみ、生ビールをあおってからシートについたので、自分がにんにくくさいことが分かる。周りの人にはさぞ迷惑だったと思う。

  半分酔っ払っていたのでぼーっとして観ていたのだが、相変わらずデルトロの演技は渋い。ゲバラになりきりぶりが、凄いと思う。デルトロは最近ぶくぶくに太って、たんなるデブのおやじだったのに、ゲバラを演じるために25キロ(!)ダイエットしたというからさすがである。見上げた役者根性である。

  この映画で一番驚かされたのがカメラワーク。巻頭のモノクロ映像は、粗い画像処理をほどこして、当時のニュース・フィルムを想起させる。しかも手持ちに長い玉をつけて、ドアップで被写体に迫る。自然光で撮影しているため(多分)、絞りは開放に近く、被写界深度が浅いため、ピントは甘い。それが手持ちでぶれるために、かなり見にくいのだが、それがある種の臨場感をかもし出してなかなかのできばえである。

  プロダクション・ノートによると、この効果をもたらしたのは、REDという革新的なカメラのおかげだと言う。「35ミリフィルムの質とデジタルカメラの使い勝手を備えている」というのだが、いったい何を言いたいのか分からない。ノーツを書いている本人もよく分かっていないのではなかろうか。ただ、重量が9キロというから従来の映画撮影用機材の常識から考えるとかなり軽いものなんだろうと思われる。だからこそ、執拗な手持ち撮影が可能になったのだろう。
  
    戦闘シーンはほとんどが手持ちで、緊張感が高まる。この映画もなるほど「プライベート・ライアン」以降の映画で、戦闘シーンには「プライベート・ライアン」で確立された手法が駆使される。特に特徴的だったのは、銃弾が飛び交うときの金属的な音。肉を引きちぎるような、重い鉛の玉が飛び交っていると思わせ、恐怖感をあおる。

  キューバ革命の山場となったサンタ・クララでの、オリエント州軍への増援部隊と物資を載せた列車を脱線させて進行を阻止する戦いのシーンでも手持ちカメラはその威力を示す。列車脱線の直前に手持ちカメラはわずかに列車に迫る。列車の轟音で野良犬が尻尾を巻いて飛び逃げる様子を隅に映しこみながら、激しく脱線する列車の様子をリアルに捉えている。

  とまあ、そんな瑣末なことをいつまでも書いていないで、ゲバラについて書いておこう。こんなことを書くと叱られそうだが、彼は一種の「革命中毒者」だったのではなかろうか。アルゼンチンの中産階級に生まれ、大学では医学を学ぶインテリである。バイクに乗って中南米を旅するうちに各国の虐げられた民衆と、圧政的な独裁を目の当たりして、「どげんかせんといかん」という思いにかられる。彼をそのように突き動かしたのは、本人の言うようにある種の「愛」であったのかもしれないが、ひょんなことからキューバ革命に参画することになったというのは、言ってみれば、北朝鮮を旅行していた日本人旅行者が、ひょんなことから金日成とともに戦うことになったようなもので、極めてその心情を理解しにくいものではあるのだ。
  
    キューバ革命を成就した後、ゲバラは来日している。ウィキペディアによると、1959年7月15日にキューバの使節団を引き連れて来日。主要メディアはその動向を報じることがなかったというが、7月23日には午前中に愛知県のトヨタ自動車工場のトラックやジープの製造ラインを見学、午後には新三菱重工の飛行機製作現場を訪れた。24日には久保田鉄工堺工場で農業機械の製作を見学し実際に農業機械を動かして試した後、丸紅、鐘紡と回って夕方に大阪商工会議所主催のパーティーに出席。この他にもゲバラは通商のために帝国ホテルで池田勇人通産相に15分間の会談を行い、ソニーのトランジスタ研究所や映画撮影所、肥料工場などを回ったという。精力的な施設団長である。
  
    普通の人間ならば、その延長線上の職務に従事し、革命後のキューバの発展に尽くしただろうけれど、ゲバラはそうではなかった。彼が望んだのは「南米各国の革命」だったのである。結局、日本を去ってから8年後にボリビアでの革命運動の最中に射殺されて命を失う。尋常な話ではない。自分の故国のために命を投げ出したのではない。よその国の、その未来のために命を投げ出したのである。
  
    まともな神経ではできることではない。そうまでして「革命家」であり続けたかったのは、政治的な信条や思想の問題ではなくて、「革命運動」という渦中に身を投じることによって生まれる恐怖と陶酔の罠から逃れられなかったからではないのか、という思いを捨て切れないのである。ひょっとして、パチンコ中毒と同様の、革命中毒だったのではないかと。
  
    しかし、それは映画を観終わった後の単なる妄想である。
  
     夜遅く、豊洲の紀伊国屋書店(驚くべき広さである)に出かけてゲバラの本を何冊か買う。彼はどのような人生を送りたかったのだろうか、という思いが心を去らないので、とりあえずは彼が書き残したものを読んでみようと思ったのである。

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