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2009年1月15日 (木)

村上春樹氏がフライパンをふるっていた頃

    
   やることが無限にあって、やってもやっても終らない。要領が悪いせいもあるが、ひとつひとつじっくり片付けないと気がすまないという性分のせいもあって、毎日夜遅くまで机に向かっている。会社からはほとんどの社員が消えて、しーんとしている。窓際の席に座っているので背中が冷える。でも集中してなすべきことをなす。こういう状況が嫌いではない。というか、子供の頃から、かなり好きである。なぜかはわからないけれど。
  
 11時近くまで作業を続け、晩ごはんを食べ損ねたので、タクシーに乗って、代々木の明治通り沿いにある立ち喰いそば屋「吉そば」に向かう。運転手さんが「このそば屋も古いですねえ」と話しかけてくる。確かに古い。もう30年以上はここで商売をしているはずである。かきあげそばに生卵を落としたものを食す。体がすっかり冷えていたのでうまい。ついでにお稲荷さんもひとつもらう。おそばに一味をたっぷりかけて食べたので体が温まる。
   
    マフラーを首にしっかり巻いて代々木駅に向かう。20代の頃、代々木に住んでいた。その頃にあった店はもうほとんどない。この街は当時、日本共産党のカルティエで、なんとなく猥雑で灰色のイメージがあったが、それももうない。随分と時間が経っちゃったなあ、と思う。その頃、代々木には作家の山川健一君が住んでいて、ときたまルノワールでタバコをふかしながら小説の話などをしたもんだった。山川君と同じマンションには、現在、幻冬舎の社長である見城徹氏も住んでいて、3人でお茶を飲んだこともあった。その頃は、多分みんな20代だった。
   
    代々木のはずれにはマガジンライター(当時、今は作家である)の伴田良輔君のアパートがあってときどき転がり込んだりしていた。伴田君の盟友、美術評論家の伊藤俊治君は今でこそ大学教授だが、当時は千駄ヶ谷のボロマンションに住んでいて、黒尽くめの格好をした、陰気な東大の大学院生だった。みんなで遅くまで映画や写真の話をしたりしたものだった。そういえば、伊藤君はギャラリーワタリのえっちゃんがまだ大学生だったときに、バイトで代わりに卒論を書いてあげていたなあ。
  
    伊藤君のマンションの近所に「ピーターキャット」という店があってカウンターの中では村上春樹さんがフライパンを持ってソーセージを炒めたりしていた。今からは想像もつかないけれど、村上さんはヘビースモーカーですぱすぱタバコを吸っていたように思う。WINSTONかなんかのアメリカ煙草だったのではないかな。店には大きなスピーカー据えられていて、音が大きすぎてスムースに会話ができないほどだった。
  
    というようなことを思いだしながら、寒さに首をすくめながら代々木駅まで歩いた。冷えた夜空の向こうにまん丸な月が輝いていた。
   

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