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2009年2月26日 (木)

人生に負けるな! 玉置浩二

  
    はなはだしく遅ればせながら、YOU TUBEというものの威力、というのかやりたい放題といえばいいのか、そんなものをつくづく思い知らされることがあった。
  
    ある日の夜、突然、パティ・ペイジの「テネシー・ワルツ」が聴きたくなって、どこかでダウンロードできるかなとWEBを調べ始めたのだが、「その前に、一応YOU TUBEでも検索してみよう」と探ってみると、あっという間に、歌と映像が画面に映り出したので驚いた。
  
    そんなに簡単に見聞きできるならと、豊島たづみや園まりや伊東ゆかりの名前を片っ端から検索にかけてみると出てくる出てくる・・・・。そりゃ、CD売れなくなるわけだわ。
  
    で、すごく好きな歌である玉置浩二の「メロディ」を調べてみると、これまたいっぱい映像が出てきた。初期の玉置から最近の白髪頭の玉置まで広範にアーカイブされているので次々と聞いてみたのだが、驚かされたことがあった。
  
    時代によって、玉置の顔つきが違う。
  
    もちろん人間誰だって、若い頃と年老いたときとでは顔つきが違うのは当たり前なのだが、そういう容貌の変化ではない。「面構え」が違うのである。うまく説明できないのだが、是非一度YOU TUBEで玉置浩二を検索して、各時代の顔を見比べてみて欲しい。
  
    はなはだしく変わってしまっている。穏やかな明るい顔、狼のように鋭く険しい顔、ふっくらと穏やかに老いた顔。本当に同一人物なのだろうか、とその尋常ならざる変化に奇妙な感じをいだきつつ、彼のライブの記録映像なのだろう、「MR.LONLEY」という曲をア・カペラで熱唱する映像と歌声に接することになった。
  
    それを聞いているうちに涙が次から次へと溢れて出て止まらなくなってしまったのである。
    
http://www.youtube.com/watch?v=tdI0OTRYwIo&feature=related
  
    その時の玉置は、短く刈り上げた髪で、鍛えた身体をTシャツに包み、文字通り身をよじり、心の内奥から振り絞るように「言葉にならない悲しみ」を叫びに乗せて吐き出して見せている。
  
    それにじっと聞き入っているうちに、そこに「男の、死にそうなほどの孤絶の叫び」を聴き取ってしまったのである。「孤独な男の叫び」ではない。そうではなくて、「男が男として生きていかねばならないときに避けがたくまとわりついてくる孤独」についての絶望的な表白を玉置がステージの上で必死に行っているように思えたのである。
  
    なんなのだろう、この耐え難いほどの孤絶感は。いったい、何があったんだろう、と思わずいぶかしみ、その謎を解き明かしたくて、GOOGLEで玉置浩二と検索してみた。すると、今、彼は病気と闘っているという話に出くわした。それによると膵臓をいためて活動を休止しているとのことだった。
  
    なるほど、病気なのか、と思いつつさらにスクロールしているうちに、「ある時期に玉置は心を病み、精神科に入院。しかし、過剰な投薬に恐怖を覚えて退院、故郷に帰って自然の中で療養につとめた」という記事に出くわした。
  
    またしても、なるほど、と思った。玉置浩二は苦しんでいるのだ、と思ったのだ。

    そう思ったときに、なぜ自分が彼の歌が好きなのか、なぜ彼が作った歌にえもいわれぬ感銘を受けるのかが分かった気がした。その「面構え」の激変ぶりも腑に落ちた。そしてまた、彼は、持続的に安定した人間関係を維持することが決して上手ではなく、そのために3回もの離婚を繰り返したに違いない、という勝手な想像をしたりもした。
 
    一刻も早く病から立ち直り、もう一度元気な姿で、あの感動的な歌を聞かせて欲しいものだと思いつつ、その夜、PCの電源を落とした。
 
    翌朝、スポーツ紙の一面に、玉置が石原真理子とニトリで一緒に仲良くお買い物をしている写真が掲載された。そこには、長い紆余曲折の後、二人は最近よりを戻した、という話が書かれていた。もの凄いシクロニシティというものはあるもんだな、と不思議な気がした。
 
    記事を読みつつ、そうすることで玉置が幸せになれるなら、それにこしたことはない。はやく再びステージに立ち、またあの「孤絶の叫び」を聞かせて欲しいものだと思った。たとえ石原のおかげで「孤絶」の度合いがいくばくか和らぐことがあったとしても、それはそれでしょうがないな、とも思いつつ。

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コメント

私も玉置さんの顔つきの変化に戸惑った一人です。
有名になってからの彼が生きてきた人生って、私たちなら到底耐えられないほどの重圧としがらみがついて回る苦しいものだったのかな、と想像できます。彼の切ないまでのまさに”心のさけび”とも言える曲にたびたび出会い、彼の繊細さや恐れずに表現出来る強さに触れ、魂を揺さぶられる思いです。
心を病んでいるとの報道ですが、彼のマスコミに対する不手際な言動を笑いものにしている人やmediaには失望しました。本当なら鬱というのは日常生活も出来ないほど辛いものと聞きます。何を笑われようと、堂々と芸能界復帰を遂げて、公の場に風貌すらすっかり変わってしまったその姿をさらけ出す勇気は評価されないのでしょうか。 ひどい記事や書き込みばかりの中であなたのような応援記事に私は少し救われた気がしました。

投稿: | 2010年8月27日 (金) 15時11分

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