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2009年2月24日 (火)

「おくりびと」のアカデミー賞受賞を祝う

「おくりびと」がアカデミー賞外国語映画賞を受賞した。大変な偉業だと思う。

昨年の秋に、松竹の試写室でこの映画を見た後、感動するところがあって、このブログでこんなことを書いた。

<悲しむ遺族の前で、床に横たわる遺体をきれいに整え、死後の世界へ送り出す葬儀社の青年の話である。本木雅弘がその青年の役を演じている。
   
    映画の性質上、次々と遺体がスクリーンに現れる。多分、布団の上に横たわる遺体がこんなに数多く登場する映画はこれまで洋の東西を問わず、存在しなかったと思う。だいたい、「おくりびと」を主人公にした映画を作ろうと思い立ち(まあ、思い立つことはあるだろうけれど)、それを完成させた製作者たちの腕力には、脱帽するしかない。
   
    その次々に登場する遺体の一人が峰岸徹さんだった。ただ、せんべい布団の上に無精髭を生やして「死んでいる」役である。回想シーンで数秒間ほど生きているシーンがなくはないが、登場シーンはほぼ「死んでいる」役なのである。しかも、本木が愛憎を抱く実父の役であり、実の父親の死に装束を調えるもっくんが静かに涙を流すシーンは圧巻である。
   
    峰岸さんが肺ガンで亡くなったという報に接したときすぐに思い出したのはこの映画のことだった。撮影は昨年の春ごろだというから、まだ病はそれほど重篤ではなかっただろう。が、ご本人も周囲の人たちも、峰岸さんが肺ガンに冒されていることは知っていたに違いない。
   
    そんな、「死にとても近づいている」俳優に、「死んでいる」役を依頼しに行った人もすごいけれど、その要請をしっかと受けとめて、自身にひたひたと近づきつつある「死んでいる人」の役をみごとに演じきった峰岸という役者もすごい人だとしみじみ思う。
 
    役者の持つ、すさまじいまでの業というものを感ぜざるをえない。>
  
    今回の受賞を峰岸さんもどこかで喜んでいることだろうと思う。
  
    この映画の凄さにはいくつかのレベルがあると思う。まず、①納棺師に着目しその映画を作りたいと思いたち、その実現化に努めた映画人がいた、ということ。自分が映画人だったら、と想像してみればいい。まず、思いつかないし、思いついたとしてもすぐに自分で否定してしまっているはずである。

    その次に、②どうみても興行的には大成功をおさめるとは思いがたいテーマの映画を作ることにGOサインを出した松竹の雅量の大きさ。制作陣は最初に東宝に話を持って行ったらしいが、合意に至らなかったらしい。東宝が失ったものは大きい。

    ③は、公開時には小規模でスタートしたにもかかわらず、じわじわとクチコミでその評判が広がり、最終的には多くの観客を感動させたと言う事実である。誰がどう考えたって、爽快な話ではない。見終わって自身の人生が前向きな明るいものに思えるようになる、というものでもない。

    にもかかわらず、観客が押し寄せたという事実に、なんだか「凄い」ものを感じる。

    納棺師は、人間が死んだ際に、その人を厳かに、傷つけることなく、誠意を持って死者のサイドへ送り出す役目を負っている。生者が死者へ移行し、この世ではないどこかへ旅立つ儀式を、死者の尊厳をそこなうことなく、執り行なう者のことである。

    内田樹氏はその著書「街場の教育論」(ミシマ社)の中で、孔子の六芸、礼、楽、射、御、書、数の筆頭である「礼」というのは「祖霊を祀る儀礼のこと」であると書いている。

<どうやって正しく死者を弔うか。これが人間が第一に学ぶべきことである。(・・・・)葬礼というのは「正しく祀れば死者は災いをなさない。祀り方を誤ると死者は災いをなす」という信憑の上に基礎づけられています。生きているもののふるまい次第で死者のふるまいが変わるというのは、要するに死者とのコミュニケーションが成立しているということです。「存在しないもの」とも人間はコミュニケーションできる。これを人間が学ぶべきことの筆頭に置いたというのは、人間の洞察として深いと私は思います。>(P84)
   
    つまり、もっくんは「死者とのコミュニケータ」なのである。
  
    この映画の「凄さ」の④は、先に書いた映画人の発意や、映画会社の雅量や、この映画が持つテーマの真摯さもさることながら、「そんな映画を観ようと足を運ぶ日本人がまだ数多くいる」という日本の社会事況そのものが、おそらくはアカデミー賞選考委員の心を揺さぶったに違いない、という点にある。
  
    多くの欧米人にしてみれば、日本にいる、この「死者とのコミュニケータ」は見たことも聞いたこともない、驚くべき存在だったに違いない。日本には、自分たちとは全く違う死生観を持ち、全く違う方法で死者と接する人がおり、その人をテーマにした映画を観るためにわざわざ足を運ぶ多くの日本人がいるという事実に、「なんだか分からないもの」を感じてしみじみ畏怖したのではなかろうか。
  
     彼らがこの映画をどう観たのか、早く知りたいと思う。

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