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2009年3月 9日 (月)

埴谷雄高さんて、どんな人でしたか?

   たとえば、象を前にして、その印象を10人の人に聞けば、あるひとは鼻が長いといい、またある人は皮膚が厚いだの、目が小さいだの、脚が太いだの、耳が団扇のように大きいだの、背中にしょぼしょぼと情けない毛が生えているだのと、各自各様の所見を述べるだろう。
 
   そんな様々な所見の総合が象という動物の輪郭を浮かび上がらせることになる。
  
    では、同様のことを埴谷雄高という、難解でなる小説家を対象にして行ったらどうなるか。「埴谷雄高ってどんな人でしたか?」という質問を、氏を知る27人の人びとに率直に訪ね歩くという面白いことを敢行した若き書き手がいる。
  
    その人、木村俊介氏は、東京大学教養学部で立花隆氏のゼミ「調べて書く、発信する」を受講し、それを契機に一人でこつこつと前述のインタビューを始めたのである。大学を卒業してすぐに開始したと言うから、20代前半の仕事ということになるが、それが、このたび文春文庫から「変人 埴谷雄高の肖像」という、大胆な書名の本となって世に出た(99年2月に平凡社より単行本としてすでに刊行されている)。
  
    立花先生の「人にインタビューする際にはその人が物書きならば、彼が書いた主なものは全部読んでから臨むのが礼儀である」という教えを守り、たとえば本多秋五氏のインタビューに際しては、なんと「本多秋五全集」全16巻を読んでから出かけたというから、ハンパな青年ではない。
  
    だから、この本に収められたインタビューはなかなかに面白い。どれほど面白いか、数人の「埴谷雄高像」に耳を傾けるだけでそのことはすぐに分かる。

● 埴谷家の向かいに住むFさんの話。<吉祥寺の駅ビル「ロンロン」の中の本屋にもよく行ってたけど、そのロンロンの前で上半身、裸になってる姿を見かけたことがあります(笑)。さすがに恥ずかしくて声をかけられなかったですね。夏はアロハみたいなシャツを着てるんですけど、前のボタンを留めないの(笑)。それであばら骨を見せながらどこにでも行くものですから、「やめたほうがいいんじゃな?」って止めました。でも「僕は台湾うまれですから」というの(笑)。>

● 埴谷家の向かいに住むCさんの話。<いくら何か思想があったとしても、奥さん三回も四回も子供を堕ろさせるのは、人間として許せなかった。>

● 本多秋五氏の話。<(・・・・・)伊豆旅行をして伊東に泊まった夜、埴谷君は雄弁だったなあ。埴谷君はそこでセックスの実践講義をやりはじめたんだ(笑)。(・・・・)身体の各部をラテン語に直して指さして、微に入り細を穿ち、みんなもう「闃として声なし」だった(笑)。>

● 島田雅彦氏の話。<作品読んだらきっとファンキーなじじいなんだろうなあと思っていました。実際会ってみたらやっぱりファンキーなじじいで。>

● 三田誠広氏の話。<(ご自宅に)伺った時にはご近所の人に、「ゴミのポリバケツの置き方が悪い」といわれてすごく謝っていました。>

● 中村真一郎氏の話。<母親に保護されていて、明日からどうやって食おうという日常の苦労がない。真面目に勤めたことがないし、家庭内でのもめごともない。埴谷にはもともと実生活やそれにまつわる苦労がないんだ。>

● 最晩年の埴谷氏の世話をした家政婦古澤和子さんの話。<夜中に目が覚めると「どなたかいますか? 来て下さい」とおっしゃられます。「どうしたんですか?」と応えると、「あなたですか。いるならいいんです。確認です」とおっしゃり、ベッドに戻られる。と思うと戻ってすぐにまた「誰かいるんですか? いませんか!」と叫ばれる。そんなことが一晩に何度もありました。>

● 黒井千次氏の話。<埴谷さんの碁は定石を殆ど無視します。ある元新聞記者がいうには「鳩に豆を撒くように」ポンポンポンポンすごい勢いで石を置く。大局的視点からパチリと打つわけではない。>

● 飯田善國氏の話。<埴谷さんは大ホラ吹きです。ホラ吹きの壮麗さがある(笑)。男はああでなくちゃいけない。>

● 島尾伸三氏の話。<私が小さい頃から考えていた、人に話しても理解してもらえず馬鹿にされるようなことを、あの方は一生懸命考えていたから、ちょっと嬉しかったですね。>

● 小島信夫氏の話。<埴谷さんの小説を一言でいうとお坊ちゃんの小説です。>

● 吉本隆明氏の話。<埴谷さんにとっては、「死霊」を書くことが生きるすべてだったのだと思います。もちろんそれ以外にも生活したり、ご飯を食べたり、お酒を飲んだり、生きてるのは楽しいなあと思ったり、女の人と楽しんだり、ということなどもあったでしょう。でもそれは埴谷さんにとっては小さい部分だったのではないでしょうか。>

     どうです? 本、読みたくなってきませんか?

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