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2009年3月15日 (日)

「チェンジリング」と左足の靴

   
    お台場のメディアージュに映画を観に行った。

    入場料が1000円均一のスペシャルデーだとかでえらい混みようである。チケットを買おうと窓口に行ったが、良い席はすでに埋まっているとのことで、前から2列目の中央のシートを手に入れる。

    劇場はこじんまりしていて、前から2列目というのはかなり前なのである(当たり前ですな)。しかし、1列目が2列目よりも50センチほど階段状に低くなっているので目の前を遮るものもなく、快適と言えば快適なのである。

    予告編が終って、さあ映画が始まるぞ、というときに私は靴を脱ぎ、足を組んでリラックスした体勢を整え、ストーリーに集中しようと画面を注視した。と、そのとき、コロリンと靴が一足、前席のほうに転がり落ちていってしまったのである。

「あっ」と思ったがもう遅い。前席には客が座り、しかも映画は始まったばかり。ガサゴソ動き回るわけにもいかぬ。じっとしたまま、脱いだ1足の靴を横向きに設置して、そこに両足先を乗せて映画鑑賞とあいなったわけであった。

  やってみればどなたもすぐに分るであろうが、この姿勢は辛い。身から出た錆(とい喩えはあまりふさわしくないけれど)としては、ガリガリに錆びた錆びである。あー、早く映画終らないかなあ、靴を拾い上げに行きたいなあ、と痺れた脚をさすりつつ、子どもみたいなことを考えながらスクリーンに見入る。

  やっと映画が終わり、エンディングのクレジットがだらだらといつまでも続く。大概の観客はそれがすべて終る前にがやがや帰っていくものだが、どうしたわけか、私の靴を落としたと思しき席の観客はなかなか席を立とうとしない。こんにゃろー、意地悪してやがんのかな、靴落としちゃったから・・・・。

  やっとその客が立ち上がりコートを着て出て行ったので、私は右足にだけ靴をはき、急いで1列目に降り、落とした靴を探し始める。え、えーー。ないよ。おいらの左足の靴がないよ。上からのぞいても、這いつくばって下から探しても、ない!

  あんにゃろー、意地悪しておいらの左足の靴、持ってっちゃったのかなあ・・・。困ったなあ。右足だけ靴を履いた私は呆然として場内に立ち尽くしていた。

    3階に靴屋があるからあそこで買うしかないか。しかし、あそこまでどうやって行けばいいのか。右足だけ履いていくべきか、それともそれはみっともないから、両足とも裸足で胸をはって堂々と通路を歩いていくべきか。

    そんな思案に暮れていると、一緒に行った友人が「ほらよっ」と探し当てた靴を投げてくれた。椅子の陰に隠れて見えなかったのだ。よかったー。嬉しい。靴が片一方だけ見つかることがこんなに嬉しいこととは知らなかった。友人に心から感謝する。

    ところで観た映画は「チェンジリング」。細かいことはもう書く時間がないので簡単に言うと、これほどまでに「役者の力技」を見せ付けられる映画はそうそうあるものではない。

    もちろんその功績の大部分は監督であるイーストウッドが担うものであろう。役者からこれほどのパフォーマンスを引き出すのだから底知れぬ力量である。とともに、監督に応えて、これほどの演技をしてみせる役者の力量もすさまじいものだと思わざるをえない。

    しかも、彼らに勝るとも劣らぬ役者がわんさかいるであろうアメリカ芸能界の厚みに思いを致さないわけにはいかない、というのがこの映画を観てのまず最初の感想である。

    とりわけ震撼させらたのは、へらへらした異様な連続誘拐殺人犯役を演じた役者(ジェイソン・バトラー・ハナー)と、その共犯の男の子を演じた子役のすさまじい演技力である。

    もし自分が役者で、この役が振られたら、と想像してみれば、彼らの演技力がいかに凄いかが分るはずである。われわれが台本を渡されて、この役はこう演じようと思案する、その遥か上を彼らは楽々と演じていくのである。

    とにかく、靴が見つかってよかった。

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