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2009年4月12日 (日)

桜の花の、その下で

  春爛漫である。和歌山の草深い田舎でぼよよーんとしていると、のんびーりした気持ちになる。こういう様子を、昔の人は「命の洗濯」とか「キンタマのしわのばし」などと呼んだ。実に適切な表現ではなかろうか。

  2月から建て始めた「離れ」が8分がた出来上がったので、そのチェックのために金曜日の夜に帰省。土曜日にはレンタカーに乗って御坊のホームセンター「コメリ」に出掛け、白いプラスチックの椅子を買ってくる。980円なり。

  これを庭に据えて、ぐでんと座って庭を眺める。コーヒーを淹れ、トーストを焼き、ゆで卵を作って、庭で食べる。春らしい陽光が胸や膝に降り注ぎ、乾いてなまぬるい風が首筋をなでていく。

  見たこともない小鳥があわただしく飛び回って、グリリリリと、これまた聞いたこともない鳴き方でさえずっている。蜂が、大きいのから小さいのまで各種、ぶんぶん飛び回っている。この時とばかり、花に頭を突っ込んでいる。特に庭の中央に大きく育った濃いピンクの小さな花がびっしり咲いている花蘇芳(はなすおう)の周りには、朝から蜂君たちがせわしない。

  庭の西南に大きな桜の木が立っている。私が中学校に入学したとき、その記念にと母親が植えたものが、すでに巨木と化している。18歳の年に郷里を離れたが、そのころには桜の木が植えられた理由も知らなければ、そもそも桜の木がそこにあることも知らなかった。だから当然、桜の花を愛でたことさえなかった。

  なのに、今は、散り急ぐ桜の花を、ぼーっと眺めながら、時の過ぎ行くさまを呆然と見送る愉しみを身に着けたように思う。なんといえばいいか、竹内マリアの「デニム」な感じと言えばいいか。

  満開の桜を眺めるのも、はらはらと散り急ぐのを見上げているのも嫌いではない。今年も、隅田川の墨堤で、四谷の土手で、千鳥ケ淵の公園でピンク色の光りを楽しんだ。

  今、自宅は三鷹の下連雀にある。朝家を出て、玉川上水沿いの通り(「風の通り道」と名づけられている)に出る。出た場所が、今から61年前に太宰治が入水自殺した現場で、そこには記念碑が立っている。そこから駅まで約5分。ずっと続く桜並木の下を歩いていく。

  上水側の歩道は、信号もなく、自転車も、自動車も通らず、ただただマイペースで、右手にせせらぎを感じつつ、頭上の桜を振り仰ぎ、土手に咲き乱れるかわいい白い花や、誰かが植えたチューリップを見ながら歩き続けることができる。言ってみれば、「毎朝がお花見」状態で、極めて愉快である。

  こんな快適な通勤路は、東京中探してもそうないだろうと思う。玉川上水の南側は三鷹市、北側は武蔵野市なのだが、明らかに三鷹市のほうがこの「風の通りに道」の環境整備に力を入れている。ということはつまり、お金をかけている。

  歩道を整備し、電線の地中化をすすめ、桜並木の手入れをし、満開のシーズンには街灯に特別に設置した電灯でライトアプしてみせる。三鷹市の住民としては、うん、確かにわしの住民税が有効に使われておるわい、と実感できて大変満足である。あまり誰も言わないけれど、三鷹市下連雀は極めて快適な土地だと思う。

  というわけで、本日は、まるでご隠居様のような、のんびーりした桜話に終始したが、この境涯がご隠居様ならご隠居様も悪くないな、と思わないわけでもない。数時間後には東京行きの飛行機に乗って、またあわただしい日常に帰るが、これからは御隠居様気分で行ってみよう。東京に戻ったら、のんびりと中目黒の目黒川沿いの桜でも観に行こう。

  そんなことを考えるのもこの頃、内田百閒にはまってしまい、あのなんともいえぬうねうねした文章の虜になってしまっているせいもあるかもしれない。これからは、百鬼園先生に倣って、「可憐で、おちゃめな、クソ爺」にGO! である。   

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