「沖縄の最後」と「雷撃機出動」
昭和42年に河出書房から刊行された「太平洋戦記シリーズ 雷撃機出動」(森拾三著)をアマゾンの古本リストの中から探し出して読む。42年前の本なので、定価も290円と安い。これまで戦記物などにまったく興味もなかったが、たまたま読んだ一冊がとても面白かったので、つい続けてシリーズを買ってしまったのだ。
和歌山の田舎の実家の離れを建て替える際に、徹底的に屋内を整理したのだが、そのとき、同シリーズで「沖縄の最後」という本が本棚の奥から出てきたのだ。著者の名前を見ると、古川成美とある。
あ、と思った。私は高校時代、古川氏の家に下宿していた。実家が山深く、通学にはなはだ不便なので、通っている高校の近くにある古川氏の家に居候することになったわけだが、古川成美氏はそのときどこかの高校の校長先生だったと思う。その古川先生がこんな本を書いていたとは、と驚いた。
読み出すと、巻を措くことあたわず。太平洋戦争に従軍した兵士たちの生々しい体験が、ドクドクと鳴る血流が聞こえてくるほど鮮やかにそこに記されているのである。高校時代、ときに一緒に夕食を食べていたあの古川先生は、戦中こんな驚くべき体験をしていたのか、と今になって驚いた。
本が刊行されたのは、昭和42年。終戦が昭和20年だから、戦後22年たっての出版である。原稿そのものが書かれたのはおそらくもっと前のことだろうから、人々の記憶や肉体の中に、戦争の傷痕がまだくっきりと残っていた時代に書き刻まれた文章なのである。文章の巧拙より前に、そこに書かれた事実そのものの迫力に気おされるのである。
ああ、あの時、古川先生に戦中の体験を聞いておけばよかったなあ、と思うが、残念ながら、当時の自分には、そんなことはあまり関心ある物事ではなかったのである。
「沖縄の最後」を読了後、次に読み始めたのが上記の「雷撃機出動」。真珠湾攻撃にも参加した、海軍の雷撃機のパイロットである。ガダルカナル島での戦闘で右手首を失って戦線離脱。この本にも、信じがたい体験が素直な文章で書かれている。「死ぬこと」がこんなにカジュアルな日常があったのかと驚愕する。
あとがきを読むと、筆者の森氏は、本が刊行されたころ、つまり昭和42年頃には、西荻窪の一角でささやかな酒場を営んでいる、と書かれている。私が上京したのが昭和46年。48,49年頃には西荻窪をうろうろしていたから、森氏と道ですれちがったり、あるいは店に迷い込んだりしたことがあったかもしれない。
しかし、あれからもう40年。もはや従軍体験者の話を直接聞くことはできなくなってしまった。だからこうして、かび臭い古本を1ページ1ページ、緊張しつつ、大事に繰るしかないのであるが。
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