映画「剱岳 点の記」と「キャデラック・レコード」
6月17日、有楽町の朝日ホールで映画の試写会があった。映画のタイトルは「剱岳 点の記」。監督はかの有名な映画撮影カメラマン、木村大作氏である。長年、著名な監督と組んでフィルムを回してきた木村氏が、満を持して取り組む大作である。原作は新田次郎。
試写会にはなんと、浩宮皇太子殿下もご臨席。開幕直前に数人のSPに伴われて来場。ど真ん中にお座りなったと思ったら、すぐに映画が始まった。
さて、その出来具合は? 申し訳ないが、前人未到の退屈さ、であった。あるいは、壮大なる駄作というべきか。こんな物を、わざわざ皇太子殿下をお呼びして、お見せしてよろしいものなのであろうか。殿下は確かに山好きだそうだが、だからといって・・・・。
このブログを始めるに当たって、悪口は書くまい。何がダメ、これがダメ、こいつが馬鹿、などということは決して書くまいと心に誓っていた。そんな否定的なことを書くぐらいならば、もっと肯定的なこと書くべきだと思っていたからである
その割には悪口が多いのではないか、と思われる方は、私の日常的悪口の嵐を知らないからそんなことが言えるのであって、じつはこれでも随分抑えているのである。
まあ、そんなことはどうでもいいか。今回は例外。書かずにいられないのだ。どこがどう駄作なのか。簡単に言えばドラマがないのである。ドラマが効果的に描かれていないのである。これはひとえに監督の責に帰すべき問題だと思う。剱岳をはじめとする山々は、四季の風景の中で、美しく捉えられている。貴重な映像、印象的なシーンはいくつもある。が、肝心のドラマがないためにちっとも心にひっかかってこないのである。
そんな中でも、香川照之の演技は光っているが、役者が一人輝いているだけではどうしようもない。それにしても、木村大作は長年にわたって有名監督のもとで映画製作に関わってきたはずなのに、いったい、そこから何を学んで来たのか、と思わざるを得ない。
数日後、アメリカ映画「キャデラック・レコード」を観た。傑作である。登場人物の一人ひとりが際立っている。そうなのだ、映画は人間が描かれていないとダメなのだ。喜び、苦しみ、怒り悲しむ人間の姿がくっきりと描かれていないと、映画は映画として成立しないのだと、つくづく思い知らされた。
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