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2009年9月 9日 (水)

友を送るということ

  
    テレビマンユニオンから定期的に「テレビマンユニオンニュース」という小冊子が送られてくる。巻頭には、社員の長い文章がもちまわりで掲載される。エッセイだったり、論文だったり、テレビ論だったり、その時々でさまざまだが、どの号にも力のこもった文章が綴られている。「テレビマン」なのにずいぶん文章を書くことが好きなんだなあ、と毎号思いつつ、なんとなく目を通してしまう。

  8月31日号、NO606の巻末に重延浩氏の短文があった。重延氏が演出する番組の多くを撮影してきた重本正氏への弔辞というスタイルをとった文章である。おそらく若い頃からふたりはコンビを組んで番組を作ってきたのだろう。時は流れて、ともに老い、戦友たちがひとりずつ舞台の袖に消えていく。この重延氏の文章は、袖に消えていった仲間への惜別の情に満ちている。

  ふたりで作った名作は数多い。「ルノワール・美しきものの肖像」「ベルリン美術館・もうひとつのドイツ統一」「ガラのダリ」「空気を描く画家 フェルメール」、そして「須賀敦子・静かなる魂の旅」・・・・・。最後の番組の撮影のために、ふたりでアッシッジを訪れたときの様子を重延氏はこう書いている。こころに染み入るような文章だったので、長くなるが、ここに引用しておきたい。

<アッシッジの丘の中ほどにある、聖フランチェスコがこもった質素なサン・ダミアーノ教会。そこに誘われるように私たちはやってきた。夕日が壁に赤い射光をあてていた。そのとき、一人の尼僧が、陽に背を向け、壁に向ってひたすらに祈る姿を見た。彼は黙って尼僧と壁の夕陽をカメラで捉えた。鳥の声だけが残る静謐。やがて陽が沈み、壁に映る赤い陽光も消えると、尼僧は祈りを終えた。なんと静かなる魂のひとときだったことか。そのひとときに、深い人間の魂がこめられていた。3分50秒のこの1カットを、私はそのまま手をつけることなく放送した。あれが彼の残したベストカットだったから。そしてラストカットだった。>

  

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