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2009年9月 2日 (水)

麻生太郎の曲がった口

   
   総選挙の騒ぎもひと段落。実はこれからが大変なのだが、まあ、それはさておき。

   選挙運動も真っ盛りのときに、家を出て玉川上水沿いを歩いて三鷹駅に向っていた。川沿いには候補者のポスターを貼ったボードが掲示されている。その中には、妙に色っぽい候補者のポスターが。ふーん、この政党は妙齢の女性を次々に候補者に送り込んでいるんだな、と思いつつ駅の階段を上りきると、そこにはついさっきポスターでみた美女が、クソ暑いのにスーツを着て必死になって挨拶している。

   おー、あの女性だ、と思って顔を見ると、向こうもこちらの顔を凝視している。と、一瞬の間があって、その女性がやおら、
「○○○○さんっ!」
  と私の名前を口にしたから、びっくり! こちらは向こうの名前を知らないのに向こうはこちらの名前を知っている、というのはすごく気持ちが悪い。
「えー! なんでオレの名前を知ってんだよ」
  と問うと、
「私、△△で仕事をしていました」
  という。前職は同業者だったのである。
「○○○○さん、よく中村さんと一緒にパーティなどにいらっしゃったでしょ。だから覚えているんです。私、中村さんと同級生なんです」
  世間は狭いものである。そんな世間話をしていると、通りがかりの人々が怪訝な顔して通り過ぎていくので、じゃあ頑張ってね、と激励して改札口に向った。

  選挙の結果を新聞で見ると、彼女は最下位であった。

  民主党が圧勝して唯一いいことは、あの口がひん曲がって思いっきり貧相な麻生の、他人を小馬鹿にしたような話しっぷりを、もう目にしたり耳にしたりしなくてもよくなったということである。漢字が読めるとか、読めない以前に、私は彼の、人とのコミュニケーションのとり方の下手さ加減にうんざりしていたのである。

  同じようなことは、ブッシュが大統領になって初めて行った演説を聞いたときにも感じた。もちろん英語がすらすら理解できていたわけではないが、それにもかかわらず、すぐさま「あ、こいつはアホや」と分かってしまったのである。

  人がある人に対峙して、何らかの判断をする際、その材料とするのは「その人が語った内容そのもの」ではなくて、「その人の語り口」や「語る際のまなざし」や「語る際のしぐさ」であるなあ、とその時、しみじみ思ったのだった。

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