« SEと教育者と「学び」と | トップページ | ミルフィーユじゃなくてミルフイユ! »

2009年10月12日 (月)

石川遼とチューイング・ガム

  18歳の石川遼が、49歳のケニー・ペリーを打ち負かした。

  10月8日より4日間、アメリカはカリフォルニア州のハーディングパークGCで行なわれたザ・プレジデンツカップ。石川遼は25名の世界のトップ・プレイヤーに立ち混じってプレーし、通算3勝2敗という好成績を残した。

  なにしろ、18歳である。1991年生まれである。1991年といったら、ついこの前ですよ。そんな頃に生まれた青年がすでに世界のトップ・プロに育ったのだから、驚異的な話である。私など、1997年から必死に練習しているけれど、100を切るのがやっとなのだから。

    まだ、成長途上で、体つきも華奢な石川遼が、自分の父親よりも年上の(たぶん)ケリー・ペリー相手に敢然と立ち向かい、力でねじ伏せるさまは、観ていて爽快なものがあった。勝利後のインタビューでも、拙いながらも一生懸命英語で答えている様子はとても好感が持てた。

    しかし、解せないことがひとつあった。この爽やかな青年が4日間、プレー中にずっとチューjング・ガムを噛み続けていたことである。なぜ、自分より遥かに格上の選手であるタイガーやペリー相手に、サングラスをし、ガムを噛み続けながらプレーするのだろうかと。すくなくとも、私が中継を観ていた限りでは、石川以外にガムを噛みながらプレーをしていた選手を皆無であった。

    アメリカの野球選手がよく噛みタバコやらガムをくちゃくちゃやっているのは知られたことだが、ゴルフは野球とは違う。ゴルフは、勝敗もさることながら、いかに「紳士的」であるか、いかに「人間として成熟しているか」が先行的に重要視されるゲームなのである。だから、impoliteな振る舞いをしたプレーヤーは出場停止になるのである。

    プレー中にガムを噛むのはimpoliteな行いである。葬式の挨拶をするときに、結婚式で神父の前で、演説をするときに、病院で診察を受ける際に、社長が訓示を垂れる際に、ガムを噛みますか?

    石川遼の周りの大人がどうしてそう指摘しなかったのか私には不思議で仕方がない。「タイガー・ウッズ相手にガムを噛みながらプレーするのは、相手に対して失礼にあたりますよ」と。

    本当のことを言うと、私はもっと絶望的な推測をしている。ゴルフ・ネットワークで放送されたザ・プレジデントツカップの中継中、頻繁に石川遼を起用したロッテのグリーン・ガムのCMが流されていたのである。爽やかな遼君が、試合中にガムを噛む、というCMである。

    なんの裏づけもないし、証拠があるわけでもない。しかし、こう思うのだ。それが、スポンサーなのか広告代理店なのかそれは分らない。だが「ザ・プレジデンツカップの試合でガムを噛んでプレーしてもらえないだろうか。噛んでもらえれば、1試合につき○○万円、CM契約料とは別にお支払いします」と頼み込んだ人物がいるのではないかと。あるいは、石川サイドから逆にそのような提案がなされたのかもしれない。その辺は部外者の私には全く分らない。

  だけれども、曇天の下でのプレーでもはずさなかったサングラスにも同様の疑念を私は感じている。ガムもサングラスも、いつもの石川遼らしくなく、とても不自然に見えたからだ。

  この不世出の、爽やかなゴルフ・プレーヤーが、「大人の思惑」に振り回されることなく、世界有数のトップ・プレーヤーに育つことを、また人間としても成熟した存在となることを心の底から祈る。ペリーを破った直後、グレッグ・ノーマンに「よく頑張ったね」と肩を抱かれてねぎらわれ、嬉しそうに満面の笑みを浮かべている18歳の石川遼の姿を見ていると、強く、そう願わずにはいられない。

|

« SEと教育者と「学び」と | トップページ | ミルフィーユじゃなくてミルフイユ! »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

このご意見は貴重だとおもいます。
私は態度以外の観点からサングラスをはずさずにプレー
することに反対です。同じ型の物を常時使用していなければ、目から入る情報を脳がフィードバックするときに何通りものデーターを使用しなければなりません。色々なデザイン、レンズごとに曲がりや屈折が違います。遼君の優勝のほとんどがサングラスをかけていません。
彼がメジャーな大会に出られる貴重な時間を、訳のわからないデーターの収集で無駄ずかいというか混乱させない為にも早期に気がついて欲しいと願います。藍ちゃんも同様です。スポンサーに振り回されてるかな?

投稿: jumbo | 2010年4月 8日 (木) 12時46分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 石川遼とチューイング・ガム:

« SEと教育者と「学び」と | トップページ | ミルフィーユじゃなくてミルフイユ! »