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2009年11月 5日 (木)

夏目漱石夫人と猫

  
    本を読む楽しみのひとつに、その人となりをよく知らない歴史上の人物についても、書中でその人の思いがけないエピソードに出くわすことによって、その人の輪郭が鮮やか浮かび上がったりする点がある。

  かの夏目漱石の奥方、鏡子夫人はなかなかに性格の厳しい女性としてこれまで多くの人々が描いてきたこともあって、我々は、鏡子夫人を、こういっては何だが、まあ、「悪妻」の部類に分類してきたように思う。

  さて、そんな折に、鏡子夫人のお孫さんにあたる半藤末利子さん(あの歴史探偵・半藤一利氏の夫人である)が書いた「漱石の長襦袢」(文藝春秋刊)を読んでいたら、面白いエピソードに出くわした。同書で末利子さんは、「祖母は決して、世間が言うような悪妻ではなかった」と繰り返し書き、そうではなかったエピソードを次々にご披露なさっているのだが、そのさ中に、「漱石夫人と猫」と題された短文が現われる。

  末利子さんが、ここでご披露なさる「鏡子夫人像」がとても興味深いので、皆さんにもご紹介しておきたい。

<朝寝坊のために鏡子は遅い朝食を摂るのだが、火鉢の脇に座ってパンとサラダと紅茶が運ばれてくるのを待つのが常であった(夏はどうだったかは覚えていない)。すると決まってノコノコとどこからか這い出してきて鏡子の膝の上にちゃっかりと陣取って待機する奴がいる。火鉢の五徳の上に置かれた餅あみの上で裏表こんがりと狐色に焼かれたパンに鏡子がバターを塗り始めると、そやつは身を起こし前脚を伸ばしてパンを取ろうとする。と、本当はバターの香りに誘われてパンを欲しいとせがむ猫の気持も察せずに、「今やるよ」と一喝して頭をパチンとぶっ叩いてから、鏡子はおもむろにバターのついていないパンの耳をちぎってそやつに与えるのである。>(P36)

  ぐははははは。こういったさりげないエピソードが、当の人物の人柄を一番表すのではないかと私は思う。果たして鏡子夫人が悪妻であったか否かはみなさんのご判断に委ねるが、ひょっとして、「我輩は猫である」というのは、漱石が、家庭での自身のありようを自嘲的に表現したものかもしれない、と思うのはうがち過ぎであろうか?

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コメント

お初です。
猫の立場から言わしていただければ、決して「うがち過ぎ」ではありません。猫への仕打ちはそのマンマ、その人物の人となりです。でも、パンの耳をやっているわけですから、猫としては「良い人」に分類したいニャ。

投稿: ユメ(猫) | 2009年11月10日 (火) 20時41分

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