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2010年1月17日 (日)

食中毒、その後

  

    1月6日夜に餃子を食って発症。7日は起き上がることができずに、一日病臥。8日は、どうしても欠かせない打ち合わせがあって、万一のためのパンツをカバンにしのばせて出かける。

  その日の昼は仕事仲間と代々木八幡のうどん屋へ。みんなは天麩羅などを食べているが、ぐっと我慢して、釜揚げうどんを。久しぶりの食事なので、うまい。なんだか食欲に火がついてしまったのか、無性に塩鮭の脂の乗ったのが食べたくなる。

  食べたくなったら食べるのが私の性分である。一切れパクッと食べてしまう。数時間後にまたおなかが痛くなる。

  反省して3日間自重。11日、12日と3食連続で煮込みうどんを食べる。食べたいとなったら、連続して食べるのも性分である。だいぶ回復してくる。

  13日夜、すっかりプータローになってしまった畏友・斎藤和弘氏と四谷の新道通りのおでん屋へ行く。おでんなら消化にいいだろうと思って入ったのだが、どうしても熱燗を呑みたくなる。呑みたくなったら呑むのも性分である。

  翌日、またおなかが痛くなる。14日、会社のそばのこはし医院に行く。院長先生にこの1週間の食生活を説明し、「もうすこしお薬をください」とお願いする。院長先生、やおら私の方に向き直って、「あのね、こんなこといいたかないけど、もうすこし自分の歳のこと考えたら・・・」と説教する。

  お薬をもらうために近所の薬局に行く。馬鹿女が子犬を連れてきていて、薬剤師のおばはんとうだうだうだうだ、どうでもいいことを話し続けている。院長に説教されて気分が悪くなっていたので、「さっさとしろ」と叱り付けて、薬を強奪する。

  15日は常識的に「すき焼きうどん」にする。肉が大盛りで食べきれない。すき焼きの肉を残すようでは、もう人間失格だな、と思う。

  16日土曜日、昼に三鷹の床屋へ行く。店主が「いやあ、今日は寒いね。風が強くて」と言う。「そんなこと、あんたに教えてもらわなくったって、知ってるよ。ここまで歩いてきたんだから」と言いそうになるが、我慢する。

  店主は、二人の共通の話題はそんなくだらない自明のことしかないことは重々承知の上で、それでもなお、そんな下らないことを口の端に乗せることで「あなたとコミュニケートしたいんですよ」ということを発信しているのだろうと、大人らしい解釈をする。

  しかし、とくにコミュニケートしたいこともないので、瞑目しぶっちょうずらで押し黙っている。すっきり丸坊主になる。

「眉毛と耳毛もちょっきんしてね」とお願いする。お願いするときだけ、口調が優しい。村山富市みたいな眉毛はじじくさい。耳の穴から無駄毛がぼうぼうしているのもじじくさい。じじくさいのは、いかん。

  食中毒でうんうん苦しんでいるさなかに、このブログの累計アクセス数が2万を超える。なんであれ、数字が増えていくのは嬉しい。これも性分なのだろうか。でも、カードローンの数字が増えるのはあまり嬉しくない。

  目下、大仏次郎の「天皇の世紀」を読み続けている。ベラボーに面白い。元祖・司馬遼太郎だなと思う。それにしても、日本人の性向というのは幕末の頃と何にも変わっていない。「小沢献金問題」も権力内の暗闘ととらえれば、幕末と全くおんなじである。

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コメント

じじくさいのは、いかん、って、書いてる内容がじじくさい。

投稿: ばばぁ | 2010年2月 1日 (月) 20時31分

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