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2010年1月 2日 (土)

新春妄言

    正月のスポーツ番組を見ていると、外国人の姿が多い。箱根駅伝などもアフリカ勢が圧倒的なパフォーマンスを見せている。

  だが、聞くところによると、外国人勢の進出には一定の制限(絶対数や走る区間など)があるらしく、全区間をケニア人学生が疾走するということは不可能らしい。

  たとえば和歌山県立ケニア大学というものを造って(体育学部マラソン学科しかないんだけど)、ケニアから有望な学生を100人くらい招き、徹底的に鍛え上げて箱根の山道をこれまで見たことも聞いたこともないようなスピードで駆け抜けさせたらさぞかし面白かろうと思うのだが、それは叶わぬ夢なのである。

  しかし、そんな制限を設けて、民族的保護主義を講じることにいかほどの意味があるのだろうか、と思う。いいじゃないの、全員ケニア人で。サッカーだって野球だってラグビーだって相撲だって日本人などひとりもいないけど、抜群に強い「日本のチーム」があったところで何の問題があるだろうか。

 
   大相撲もモンゴル人やロシア人だけではなく、アフリカ人や北欧人、南米のインディオなど入り混じって戦ったら、愉快だと思うよ。

  そうすることによって、わが日本民族がこと運動能力に関しては、いかに劣等民族であるかということを、我々はもう少し痛切に実感したほうがいいのではないか。Wカップなどもみんなでこぞって希望的観測をぶち上げているが、もっと冷静に我々の非力を悟ったほうが、長い眼で見れば我々のためになるような気がする。

  彼我の力の差を思い知るところからしか「世界レベル」の逸材は生まれないだろう。日本人による日本人のための日本人の大会で好成績をあげても、なんの意味もないということを、もっと「世界レベルの力量」を日常的に間近に目にすることで、理解するようになるだろうと思う。

  もっとも、そうすることによって、やっぱ日本人は、スポーツでは外国人にはかなわんな、と悲観的感懐を抱くようになったとしたら、それはそれでいいのではないか。そのときはそのとき、囲碁将棋とか田植えとか、そちらの方面に民族的プライドの拠りどころを求めればよろしいのではなかろうか。

  閑話休題。「トイレはガラパゴス島である」論(http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-e1f8.html)の続きの一話を。

  関西在住の政治ジャーナリストに「トイレ=ガラパゴス島」論を微に入り細をうがって説明していたところ、「そうなんだよ!」と強く相槌をうたれてビックリした。

「いやあ、別れた女房がね、便器の便座があるでしょ、あの枠のうえに足を乗せてまたがって用を足していることを、あるときに知って驚愕したんですわ」

「え? 便座って、あの丸い、お尻を乗せるところでしょ? そこに足を乗せるって、ようするに和式トイレの体勢を便座の上でとるということ?」

「そうなんですわ。大体結婚前に、女房にそんな奇癖があることなんか分るわけないやないですか。で、女房に、『おまえ、いくらなんでも、それ、おかしいやろ!』って指摘したら、『うるさいわね、お母さんからこうするように子供の頃に教えられたの! ずっとこうしてきたんだから、余計なことを言わないでよっ!』って逆切れされてしもてね。
 結局、いろいろあって離婚してしもたんですわ・・・」

  うーん、佳話である。

    私は1975年にナホトカからシベリア鉄道の2等車に乗って、1週間かけてモスクワ経由で東欧に行ったことがある(最終目的地はパリだった)。そのときのトイレの便座が木製でつねにべっとりと濡れている状態で、とてもそこにわが尻を乗せる気にはなれず、土足で便座に跨って用を足したことがあった。

    しかし、何しろ列車なので横揺れがある。便座を踏み外しそうになるので、必死で腕を左右の壁まで伸ばして身を支えていた覚えがある。ここで転落したら本当に「フン死だな」と思いながら。

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