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2010年1月 6日 (水)

母は小さくなりにしが

    お正月、ふるさとに帰ると、母が、一段と小さくなっていた。かさかさと乾いた音を立てそうなくらいに乾いた感じもする。しかも、少なくなった髪が伸びるだけ伸びている。

「なんだ、そりゃ。アンデスの干し首みたいに髪が伸び放題だよ。散髪に行かなきゃだめだよ」
「でも、寒いから、今は切らないほうがいいかと・・・・」
「だめだめ、短くしよう」

  というわけで、母を車に乗せて、御坊のオークワの中にある美容院に連れていった。ドアを開けて、「おばあちゃんをお願いします。もう、丸坊主にしちゃってください」と言いおいて時間つぶしに町へ出る。

  一時間ほどして戻ってみると、もう終わったのか、さっぱりした頭で雑誌など見ている。頭は丸坊主にはなっていない。普通の短髪である。

「よかったね、さっぱりして。頭は洗ってもらった?」
「洗ってもらってない」
「え、洗ってもらってないの?」

  でも、どう見ても洗ってもらった様子である。「洗ってもらったでしょ?」「ううん、洗ってもらわなかった」。どうやら、洗ってもらったことをすっかり忘れてしまったようなのである。

  夜、妹と母と3人で田辺の国道沿いにある料理店「銀ちろ」に行って、晩御飯を食べた。食事を終えて駐車場に向って歩いていると、母は細く暗い道を指差して、「この坂道の先に教職員住宅がある」と言い出した。

  こんな細い路地の先のことをどうして知っているんだろうといぶかしんで、「この先に教職員住宅なんかあるの?」と聞くと、母は、

「うん、坂下の教職員住宅がある」

  と言う。心から驚いた。

「ちょっと、待ってよ。坂下の教職員住宅って、僕が0歳から5歳まで暮らした家でしょ。あれがあったのは愛知県犬山市。ここは和歌山県田辺市だよ」
「ああ、そうね」
「坂道が似て見えたの?」
「ああ、そう」

  人はこんな風に老いていくのかと思った。映像記憶がうまく呼び出せずに混濁している。

  翌日の夜にもびっくりするようなことが起こった。

  自宅で、3人ですき焼の鍋をつついていた。テレビはつけっぱなしだった。突然テレビのスピーカーから赤ん坊の大きな泣き声が飛び出した。箸で鍋をつついていた母は、「あっ!」と言って、驚いた顔をテレビの画面に向けた。その泣き声がテレビから流れてきたものだということを知って、

「なんだ、よその子か」

  と、ひとりごちて、また鍋に顔を戻した。「よその子」だって? 鳥肌が立った。

「お母さん、うちの子はね、今あなたの目の前に座って一緒にすき焼を食べているよ。もうすぐ還暦だよ。もう赤ちゃんじゃないんだよ。ほら、妹ももう54歳だよ。よく見てごらんよ」
「はは、そうだね」

  そう言って、母は力なく笑った。そうか、3人で一緒にいると、その昔一緒に暮らしていたころのことが思い出されて、自分の心もそのころに立ち戻ってしまうのかな、と思った。今の母の心の中では、妹も私もヨチヨチ歩きの子供なのだ。

「お母さん、ちょっとボケちゃったね。場所も時間も」

「ああ・・・・、そうね。でもね、死ぬって、こういうことなんだよ」

  鍋の中から豆腐を取り出しながら、母は小さな声でそう言った。

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