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2010年3月24日 (水)

アップルもアマゾンも余計なことをしてくれる

   
    更新が滞った。それというのも仕事が忙しかったからである。

  何をしていたか? 電子書籍の未来について頭をめぐらせていたのである。ここにきて、新聞やビジネス誌でしきりとキンドルやiPadの話題が取り上げられ、「いよいよ本格的な電子書籍の波がやってくる」といった論調の記事が踊ったものだから、仕事として、そのあたりのことを調べて、レポートにまとめなくてならなくなったのである。

  まったく、アップルもアマゾンも余計なことをしてくれるもんである。

  仕方がないので、がんばってそれ関係の本を漁り、ネットでデータを確認し、一生懸命に考えを巡らせた。まるで受験勉強みたいなので、少しは楽しかったのだが、そもそもそんなに関心があるわけでもない世界の本を読むことは、いささか苦痛でもあった。

  しかも、私は本を読む際に黙読というのができない。口にこそ出さないが、頭の中で必ず音読しているのである。これは文章を書くときもそうで、必ず、頭の中で繰り返してその文章を音で反芻している。

  このとき、音の調子や呼吸がスムースでないと、書いていてとても気持が悪い。そんな性分だから、必読資料もすいすい読めないのだよ。

  しかし、レポートがとりあえず一段落したので、好きな本が読めるのが嬉しい。さあ、今晩から「天皇の世紀」第9巻を読むぞ。

  ところで電子書籍である。多分私は、どんなに素晴らしいデバイスがこの世に登場しても、それで本は読まないだろう。

  私にとって本は単に文字が並んでいるだけのものではない。もっと、生理的、感覚的なものなのである。その装丁や、紙の手触りやインクの臭い、活字のにじみ、重みなど、そのすべてが本なのである。それなくして、単に文字情報だけを読み取りたいわけではないのである。

  こんな比喩を語っていつも回りの人間からバカにされるが、私にとって紙の本を読む行為というのは、女性を優しく抱きしめるような行為と同じである。その体温や臭いがひっそりと、こちらに伝わってくる。

  翻って、電子書籍を読むというのは、液晶画面にその女性の写真が映し出され、身長・体重などのデータが数値で表示してあるようなものなのである。そこにぬくもりはないのである。

  大体、電気に頼っているところが気に食わない。

  いつまでもこの世に豊富に電気があると思うなよ。

  1万年もしないうちに、電気のない世界がやってくることだってあるのだ。そのとき、冷たくなったキンドルを抱きしめていてもしようがない。それなら、ボロボロになった文庫本を握りしめているほうがまだましではないか。

  などと、屁理屈を書き並べているが、私が電子書籍に適合できないのは、風呂に入りながら本を読むという習慣を絶対に捨てきれないからでもある。

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