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2010年3月12日 (金)

ビビロロの憂鬱

 
   1971年、青雲の志をもって故郷・和歌山を旅立ち、早稲田大学第一文学部に入学したものの、そこはどうしようもなく暗いキャンパスなのだった。学内は革マルに占拠され、授業はろくすっぽ行われず、教室にもヘルメットにタオル姿の「革命家」が乱入し、教師を放逐してしまうありさまだった。

  クラスメートは長髪に汚いジーパン、サンダル姿でハイライトをくわえ、授業中も「朝日ジャーナル」や「世界」や「展望」や「情況」を読みふけり、この世の憂いを一身に纏ったような風情で、うっとうしいたらありゃしない。そうこうするうちに、学生会館で学生が一人殺されるに至り、10代の青年には耐え難い陰惨な空気が充満しはじめた。

  あかん。こんなところにいたら殺されるかノイローゼになる! といち早く察知した私はさっさと遁走。翌年、上智大学外国語学部フランス語学科にもぐりこんだのだった。

  ここはいい! 美人学生が佃煮にできるくらいいる! むさくるしい男もいない! 

  しかし、明るい空気に包まれたのも束の間、授業が始まるとすぐに気持はどんよりしてくるのだった。授業が厳しい! フランス語学科だから当然ながら毎日その授業がある。しかも1限目に設定され、おまけに小学生みたいに宿題がわんさか出る! その中でも辟易とさせられたのは「ビビロロ」だった。

  だいたい、生意気な大学生である。フランス語学科である。やれ、実存主義だの構造主義だのサルトルだカミュだボーボワールだ、いやヌーボーロマンだなどとわめいていたのに、いざ、授業にでると、クロード・ロベルジュ先生(神父)が、いきなり生徒に向って、訳のわからない呪文のようなフランス語(らしきもの)を喋りだし、これを口移しに覚えろ、というのである。

「ビビロロ、ドゥサマロ、キテュサファム・・・」。いったい、それが何なのかはさっぱり分からない。ただ、覚えろというのである。覚えるだけではない、順番に前に出て、みんなのほうに向ってそれを暗誦しろというのである。そんなもん、すぐに覚えられるわけがないだろう! と思うのだが、クラスメートたちはすいすい覚える。で、前で「ビビロロ、ドゥサマロ、キテュサファム・・」とやるのである。

  仏門に入った小僧が般若心経を暗記させられるようなものである。

  この「ビビロロ」はクラスメート全員のプライドをへし折り、その後にいたるまで大きなトラウマを残した。卒業してもう30年以上経つのに、まだ覚えているくらいだから。私だけではない。フランス語学科の卒業生はみんな、このトラウマテッィクな体験を共有している。

  私より数十年遅く卒業し、現在はブシュロンで広報業務に従事するSさんも「ビビロロ」は言える。おそらくアナウンサーの三雲孝江さんも言える。同時通訳で活躍する鶴田知佳子さんも、パンの本で有名な堀井和子さんも、翻訳家の北代美和子さんも実川元子さんも「ELLE」の編集長の森明子さんも、「FIGARO」の元編集長の塚本香さんも住友商事の穴原利英くんも、みんな言える。ひょとすると作家の関川夏央さんも言えるかもしれない。APRICAの葛西康人くんは多分言えない、と思うが・・・・。

  みんなを悩ませたこの「ビビロロ」だが、これがいったいなんだったのか、つい最近知った。先日送られてきたフランス語学科同窓会・会報を見ていたら、「ビビロロ」のフランス語が載っていた。

  みなさん、私たちが悩まされた「ビビロロ」は以下のような内容でした。フランスの「わらべ歌」なんだそうです。

Bibi Lolo
De Saint-Malo
Qui tue sa femme
A coups de couteau
Qui la console
A coups de casserole,
Qui la guérit
A coups de fusil.

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

昨日も大学で同窓会の25周年記念パーティがあり、ロベルジュ先生と一緒にBibi Loloの大合唱がありました。

投稿: パリ時代の友人 | 2010年4月26日 (月) 12時44分

先輩に教えてもらいこのページにたどり着きました!
うれしい、ロベ先生の原稿私たちが書きました。
日曜日の同窓会もビビロロ合唱でもりあがりました。
脳だけでなく全身で記憶している感じです。

原稿を書いていて思ったのは、ロベ先生の話
のみならず、フラ語の話は
面白いほど検索サイトでひっかからないことです。
社会的に意義あることを色々しているというのに。
楽しみながら改善していければと思っています。
お邪魔しました!

投稿: フラ語92卒 | 2010年4月27日 (火) 06時02分

よくもまあ、このブログに偶然にもたどり着きましたね。そして、すぐに私だと分ったもんですね。恐縮です。お久しぶりです。お変わりありませんか? 今も卒業生を代表して様々な仕事をこなしてくださっているのを知って感服しています。今度メシでも食いましょう。

投稿: suda君へ  路傍より | 2010年4月27日 (火) 07時14分

わざわざ、メッセージをお寄せくださりありがとうございます。不肖の先輩で恐縮です。ロベさんにフランス語を習った人間はおそらく死ぬまでビビロロを忘れないでしょう。フラ語の卒業生は全員、心に不思議な刻印が押されたのですね。

投稿: フラ語92卒さんへ  路傍より | 2010年4月27日 (火) 07時18分

須田さんに教えてもらってきました。
ビビロロ懐かしいです!今頃になってやっと意味が分かってまたまた感無量です。
私も25日に上智に行きロベちゃんに会えてうれしかったです。
今度は5月27日オールソフィアンの日にまた懐かしい顔ぶれに会えるといいな

投稿: olive | 2010年4月27日 (火) 23時34分

そうだったんですか。私は逆に73年に、早稲田に合格するも、上智フランス語学科に入学、いろいろ思うところあって77年に中退。早稲田の社学に潜り込んで、その後、M新聞社に潜り込みました。名古屋で記者をしています。ちなみに生まれは新宮、育ちは尾鷲です。
25日のフランス語学科同窓会では、ものすごく久しぶりにロべ先生の主導で「ビビロロ」をやりました。ロべ先生は病気のせいか、年齢のせいか、何か透明感が出てきた感じでした。石沢先生も南館先生も泉先生も元気そうでした。

投稿: ミッキー@77年中退 | 2010年4月28日 (水) 11時01分

人生、いろいろですね。早稲田から遁走してフラ語に入るものあれば、その逆に、フラ語から早稲田に逃げ込むものあり。ちなみに私は和歌山の日高郡印南町育ち。高校は日高高校でした。

投稿: ミッキー様 路傍より | 2010年4月29日 (木) 22時34分

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