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2010年5月

2010年5月30日 (日)

結婚なんてのは勢いに任せてやるもの

   
    金曜日の夕食は、またしてもベージュ東京で。調理場で料理をつまみながら、CHATEAU CLIMENSのワインを試飲するという贅沢である。おまけに、シャトーの女当主による説明つき。

    飲んだのはバルザックの第1級格付け、シャトー・クリマンの1976年、04年、05年、06年。締めはシャトー・ドーザック マルゴーの05年。がははは。甘口貴腐ワインにすっかりいい気分になり、夜も更けているのに麻布十番の「チクワ」へ。

    さっさと帰ればいいのにここでシャンパンをダラダラいただく。電話で親友を呼びつけて、遅くまで無駄話を続ける。家に帰りついたのは1時45分。風呂に入る余裕もなく、顔だけ洗って2時就寝。

    その2時間半後の4時半に起床。ゴルフである。馬鹿じゃないかと思われる向きもあるかもしれないが、もちろん正真正銘の馬鹿である。眠くて朦朧としている。5時半に迎えに来たゲンちゃんの車に乗り込み、いざ、千葉へ。目指すはグレートアイランド!

    アクアラインで行くはずが、ゲンちゃんが道を間違えて延々、迂回路を行く羽目に。いつもならアホバカスカタンと罵倒をし倒す性格だが、なにしろ朦朧としているので黙って目を瞑っている。

    スコアはまあまあで、風呂に入り、生ビールを一気飲みして帰路へ。恵比寿で会社の同僚の披露宴があり、そこで乾杯の発声をせねばならないので、大急ぎで車を飛ばしてもらう(ゲンちゃんが運転)。酔っ払っているので当然車中ではバクスイ。

    夕刻、恵比寿のロビンズクラブに。乾杯の発声の番が回ってくるが、新郎新婦の魂胆は分っている。こいつに喋らせたらロクなことはない、「カンパーイ」とだけ言わせておこう、という陰謀である。

    確かに私のこれまでの、人の披露宴での乱暴狼藉(下記参照)を考えると新郎新婦がそう考えるのもむべなるかな、というものではあるが・・・・。

    http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_083a.html

    http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_3d20.html

    しかし、この日は朦朧&ヘベレケ、おまけに新郎46歳が若い新婦の放縦の耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んでいることがひしひしと痛いほど分ったので、できるだけ大人しくふるまう。

    分ったことは、結婚式なんてのは、無分別な若い頃に、勢いに任せてやるべきもので、いい歳して執り行うのは痛い、ということなのだった。

  

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2010年5月27日 (木)

昼間っから酔っぱらいだあ

    なんだかんだと身辺慌ただしくなって、なかなか思うように更新できなくなってしまっている。今日の出来事のみ、備忘として大急ぎで書いておきたい。

  お昼に、銀座のベージュ東京へ。もちろんお呼ばれで。このレストラン、もう10回くらい来ているがただの一回も自腹で来たことがない。まことに申し訳ないと思う。

  今回のご招待主は、金沢の中村酒造さんとアラン・デュカス・エンタープライズ。デュカスさんがご自分のお料理にふさわしい日本酒を探し求めて、ついに出会ったのがこの中村酒造さんのお酒。

  アラン・デュカスさん用に特別に仕上げた極旨の日本酒をいただきながら、この日本酒のためにあつらえたお料理をいただく。メニュは「グリーンアスパラガスのロワイヤル、旬野菜と共に」「冷製グリーンピースのヴルーテスープ、旬野菜のミジョテ」「真鯛のロースト、フヌイユのフォンダン、ハーブのピストゥー」「プティ・フール」「デコポンのティアン、キャラメリゼ」。

  野菜がまことにおいしく、日本酒にぴったり。しかも4人席で私以外はすべて女性。ぐふ、なんという心遣い。私の隣にはデュカスの広報をつとめる窪田純子さん、向かいには北陸朝日放送の塚本幸子さんと株式会社クロスワイズの代表取締役・岩佐文恵さん。美女三人を相手に酔っ払った勢いで言葉による狼藉をはたらく。これはいつものことなのだが。

  この日本酒のボトルをデザインした緒方慎一郎さんと、緒方さんの会社の広報の美女・熊井綾子さんにご挨拶してベージュをあとにする。

  ビルを出ようとすると、目の前をすらっとした美女が出て行く。「だ、誰、あの人?」と隣にいた窪田さんに聞くと、さる女性誌の編集長だと言う。「気になるんでしょ? さっきの食事中にも、彼女が横を通るとずっと目で追ってたもんね」「いえいえ、そんなこと、私、してませんから」「し・て・た!」

  日中から酔っ払って、千鳥足で銀座中央通りを歩いているとAPPLE STOREの前でTVカメラが撮影をしている。近日発売のiPadの取材なのだろう。しかし、電気製品にせよ車にせよ、初期製品をあわてて購入するやつが多いとは、世の中にはアホがおるもんだ、と思う。

  酔い覚ましにしばし歩いてギンザ・グラフィック・ギャラリーへ。井上嗣也さんの作品をじっくりと見て回る。その昔、25年ほど前のことだが、タクシーの中で、私は井上さんに、今思うととても失礼な質問をしたことがある。

「ねえ井上さん、今は人気があって、サントリーやパルコからいろんな仕事が次々に仕事がくるからいいけど、仕事が来なくなったらどうするの? 世の中は移ろい易いから、デザイナーもどんどん消費されるだろうし。仕事の依頼がなくなるよ」
「そんときは、写植の貼込でもなんでもやるよ。自信あるから」

  ちょっと宮崎なまりで井上さんは、答えていた。もう、写植屋さんなど、世の中から消えてしまったが、作品を眺めながら、あのときの私の問いかけに対する回答が、この作品群なのだなあ、としみじみ感じた。

  写真が好き、印刷が好き、文字が好き、いたずらが好き。井上嗣也は死ぬまで井上嗣也なんだなあと嬉しくなった。

  タクシーで会社に戻り、上司に呼ばれてうにゃうにゃ話をしたあと、神宮前へ。東京ソワールの展示会へ。フォーマル・スーツばかりだが、その中に私が関係する製品があるので顔を出す。

  そのあと、とことこ歩いて渋谷へ。鈴木奈々子さんが勤める「ブランド ニュース」というアパレルのPRを生業とする会社へ行って、展示品を見る。生きの良い、新しいデザイナーの新作が並んでいて楽しい。世の中は不景気だけど、それにもかかわらず新しい才能が次々に開花していると思う。

  その後、会社に戻って仕事。晩飯は赤坂の「マサラチャイ」から出前をとってカレーを食う。なぜ、赤坂のカレー屋なのか? 実は昨夜赤坂の「ミンミン」で餃子などを吐くほど食って外に出ると、一緒に行った部下(男性)のひとりに向かって、向かいのカレー屋の入り口に立つ妙齢の美女がにっこり微笑んでくれたらしいのである。

  私は微笑んでもらっていないのだが。部下はそのカレー屋の出前メニューをしっかり握りしめて帰ってきていて、「今夜はここのカレー屋に決定」ということになったのである。

  まあ、実にささやかだけれど、彼の生活のハリアイになればよろしいかな、と。

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2010年5月17日 (月)

命短し 恋せよ乙女

 
    日曜日の夕方、吉祥寺・東急の地下へサンジェルマンのエクセルブランを買いに出かけた。1斤つかんでレジの列に並んでいると、数人先に驚くべき美女が並んでいるのが目に入った。

  美女というのは正確ではない。なんというか、生命の謳歌といえばいいのか、身体の中からエネルギーを発しながら、光り輝いているのである。年の頃は20歳くらい。すっとした立ち姿。艶やかな髪。透き通るように美しい皮膚の下を豊穣な血液がたっぷり脈打っている。

  体の周りにオーラが立ち昇っているのである。生物としての人間のメスの最も輝かしい人生のひと時の中に彼女はいる、ということが確信できるような有様である。思わず、惚れ惚れとして見とれてしまう。

  ふと、何気なくその彼女の隣を見ると、母親らしき女性が立っている。顔立ちや背格好がなんとなく似ているので母親と知れる。母親は、その輝かしい自分の娘にまぶしそうな視線を向けながら何事かをにこやかに話しかけている。

  しかし、母親にはオーラも輝きもなんにもない。くたびれた、その辺のおばちゃんなのである。

  うーむ、と唸った。この輝かしい娘さんも、いずれこのお母さんのようになるのか、とある種の無常の念に囚われたのである。まるで女のビフォア・アフターの見本のようではないか、と。

  使用前、使用後のサンプルのようでもある。

  人生は無常であるなあ、と思わずひとりごちた。「花の命は短くて」という林芙美子の言葉を思い出した。それに続けて、林は「苦しきことのみ多かりき」と綴ったのだが、苦しいことが多いと、こんなお母さんのようになってしまうのか、と暗澹たる気持ちになった。

  新車のショウルームに展示されているフェラーリと、雨ざらしの中古車専門店の軒先に置かれたカローラのような落差である。

「命短し、恋せよ乙女」という吉井勇の歌詞も思い出した。歌詞はそのあとこう続く。

「紅き唇 あせぬ間に 
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日の月日は ないものを」

  吉井勇という人も、女の一生の無常を、痛切に感知した人なのに違いない、と思った。

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2010年5月13日 (木)

「お疲れさまです」 その後

 
    今日の朝、アホ面下げて三鷹駅まで歩いていたら、プラットホームの方向から名前を呼ぶ声がある。

  目をやると、コウダテくんである。いつも「ハイファミリア」で、お茶一杯でねばりにねばり、ふたりで数時間くだらないことを延々話しこむ奇特な相手である。

  プラットホームにたどり着き、「どうしたの、こんな朝に」と聞くと、「今日、ある女性シンガーの取材があるので、取材前に彼女の最新アルバムを吉祥寺で買って聞いておこうと思って」と殊勝な返事。

「ふーん、そりゃ真面目なことで」といいつつ、滑り込んできた総武線に乗り込み隣あって座って、よしなしことを話しあう。

  そうこうするうちに、電車は隣駅の吉祥寺に。立ち上がるコウダテ君。

「どうも、お疲れさまです」と降りながらコウダテ君は口にして、すぐに、「あ、いけね。お疲れさまですって言っちゃいけなかったんですよね」と苦笑い。

「失礼します!」と言って遠ざかっていった。

  コウダテ君も僕のブログ読んでたんだな、と分かった。<「お疲れさまです」禁止>というのは、なにかと不自由なんだな、とその時に思った。

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2010年5月 6日 (木)

メガロス三鷹でヘロヘロになる

    三鷹駅北口の建ったツイン・タワーの高層マンションの3階にスポーツジムができた。その名も「メガロス三鷹」。

    あ、忘れないうちに書いておくと、「このマンションの地上げには法外の費用がかかり、販売会社は全室完売してもほとんど儲けが出ないらしい」というアンダーグラウンドな情報が飛び交っているが、とりあえず、本題はそのことには関係ないので、話を先に進める。

    スポーツジムである。なぜそんなものに入会しようと思ったのか。理由ははっきりしている。

    足腰がはなはだ弱ってきたように思うからだ。ゴルフのラウンドの後の疲れ具合が甚だしくなてってきたばかりか、飛距離もどんどん落ちてきたような気がする。

    そればかりか、最近は「歩行力」が弱ってきたようで、道を歩いていてもおじいいさんおばあさんにすいすい抜かれてしまうのだ。ごく普通に歩いているのに抜かれてしまう。

    歩行そのものも、なんとなくぎこちない感じが常につきまとっていて、股関節がうまく作動していないような気がしてならない。

    そう思っていた矢さき、会社の若いもんに「歩き方がじじくさい」という、冷然たる事実をガツンと指摘されて、ナロー!と言いやがったな、といきなり奮起してしまったのである。

    そんなわけで、GWのさなか、「メガロス三鷹」に出かけ、肉まんみたいな体型のくせに妙におしゃれなウェアを着たおばはんをかき分けかき分けしながら、入会手続きをすませ、おもむろにマシンに向かったのだった。

    約2時間、腹筋、背筋、などなどを効果的に鍛えるマシンを次々にこなし、すっかりへろへろになってロッカーに戻って着替をすませるころには、頭がぼわーんとしてしまっていた。

    さあ、また肉まんを押し分けかき分けしておうちに帰ろう、とボストンバッグを抱えてぼーっと出口に向かって歩いていると、すれ違う女性たちが何やら叫んでいる。

    うるさいなあ、ジムでは静かにしろよ、いった何事が起きたんだ、と思いながらふらふらになって歩いていると、またしてもすれ違いざまに女性が大声を出している。

    またかあ、うるさいなあ、と思ってその人の顔を見ると、その女性は私に向かって叫んでいるのだった。

「そ、そっちは女性用の更衣室ですよっ!」

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2010年5月 3日 (月)

最近の新聞はこんなことになっちゃたの?

    今朝(5月3日)の朝日新聞の一面を読んでいて驚いた。

    一面トップは「ギリシャに14兆円融資へ  EUとIMF ユーロ圏へ初」との大きな見出しで、国家的倒産の危機に陥ったギリシャの崩壊を押しとどめるために、EUやIMFが支援融資をすることになった、というごく普通の国際記事である。

    この記事自体には何の違和感もない。驚いたのはその本記事に接して、「もっとわかる」という小見出しのもとに書かれた解説記事である。

    その解説記事の見出しは「世界経済に波及懸念」。「ロンドン=有田哲文」とクレジットされているから、ロンドンの支局員が書いたものだろう。読み進んでいるうちに、えーっと驚いたのだ。引用する。

<(・・・・・)ギリシャは、経済規模がユーロ圏の2~3%を占めるに過ぎない小さな国だ。しかし、ギリシャが発行している国際のうち約7割は外国の投資家が買って持っている。その中心は欧州の銀行で、もしギリシャが国家破綻し国債による借金を返せなくなれば、たくさん損をする恐れがある。>

  なんだか子供新聞みたいな記事だな、と思って読んでいて、いきなり<たくさん損をする>という言葉に出くわして、なんじゃこりゃ、と思ったのである。「子供新聞みたい」ではなくて、これでは「子供新聞」そのものである。

  引用を続ける。

<欧州の銀行はギリシャの民間企業にも多くのお金を貸している。これも焦げ付き、損がふくらむ可能性がある。銀行は損を多く出すと、企業や個人への貸し出しを減らさなければならなくなる。そうなると景気後退を招き、場合によっては他国の銀行の経営の足まで引っ張る。(・・・・・・)
  ギリシャ一国の処理につまずくようでは、他のこうしたユーロ圏の国債を持っている投資家が、ひょっとしてお金を返してもらえないのでは、と心配になる。借金を返してもらえないかもしれないと思われた国の国債利回りは高くなる。すると、その国の利払い額は増え、財政はますます悪化する。>

  ざっと、こんな具合である。できるだけ分かりやすく、簡単な言葉を使って書こう、という苦心のあとが随所に見られる。「たくさん損をする」「お金を貸している」「ひょっとしてお金を返してもらえない」「心配になる」などなど、因果関係の説明部分にことのほか身近な言葉を使用し、行数も費やしている。

  有田記者も、朝日新聞に入社して、まさかこんな風に記事を書かねばならなくなる日がやってくるとは思っていなかったに違いない。

    若い人の新聞離れ、というのが背景にはあるのだろう。「どうして新聞読まないの?」と問われた当の若い人たちは「だって、ぱって読んだだけじゃ、何が書いてあるかちっとも分かんないんだもん」と答えただろう。

 そうか、彼らにも分かるように記事を書かねばならないんだな。実売部数も広告収入も激減してるわけだから、もっとやさしい語り口の記事にしよう。そう、経営者は考えたに違いない。

  かくして「子供新聞」もどきの記事が一面を飾ることになったのだが、しかし、と私は思う。新聞記事には物理的に総行数という制限がある。短い文章で的確に多くのことを伝えなくてはならないという宿命がある。

  それに逆らうようにして、こんな冗長な記事を書いていていいもんなんだろうか。記事の冗長化によって記載できなかった事実が増加するのではなかろうかと、人事ながら心配になる。

  とまれ、この記事を読むことによって、どれだけ我々がバカになったかがよーく分かる。

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2010年5月 2日 (日)

「お疲れさまです」

  最近、「お疲れさまです」という言葉をよく耳にする。

  たとえば、出先から職場に電話をしたとき、こちらが名乗ると、電話を受けた若い女性が「あ、お疲れさまです」とすぐさま、応じる。

  たとえば、夕方、道で職場の女性とすれ違うとき、「お疲れさまです」と彼女はにこやかに会釈してくれる。

  たとえば、職場に部下を残したまま、自分が先に帰宅するとき、「お先に」とみんなに声をかけると、すかさず「お疲れさまでした」という声がかかる。

  この風習はここ10年ほどのことだと思う。私が会社に入った頃には、もちろんこんな使用法はなかった。

「お疲れさまでした」の声をかけられる度ごとに、なんだか妙な違和感を感じるのである。

  なぜだろう、と考えていたのだが、たぶん、こういう次第で違和感は生じてくるのだと思う。

  そもそも、「お疲れさま」というのは、目上の者が目下の者を慮って吐く言葉なのである。雇用者が被雇用者に対して、社長が部下に対して、ラーメン屋の店長がアルバイトの学生に対して、監督が選手に対して、「よく頑張ってくれたね。ご苦労さま」というねぎらいの意味を込めて「お疲れさま」という声をかけるのが本筋なのである。

  だからなのだと思う。若い男女から「お疲れさまでした」と声をかけられると、「あなたにそう言われる立場にはない」と偏屈な感情が湧いてくるのである。素直じゃないね。

  その言葉をカジュアルに使っている当の若い人たちも、うすうすそのことは感じているのではなかろうか。だから、目上の人に対しては「お疲れさま」と言い放つだけではなく、そのあとに丁寧語の「です」を付けて、気持ち悪さを解消しようとしているのではないか。

  そう愚考するものの、本当のところはよく分からない。

  言葉はヴァイタルな生き物だから、私が感じる、この「気持ち悪さ」など全く無視しつつ、したたかに、繁殖していくのだろう。そしてそのうちに、誰も違和感など感じなくなる日がやって来る。

  

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