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2010年6月

2010年6月25日 (金)

同窓会へ

      先週の土曜日は、和歌山へ。高校時代の同窓会が、白浜の「Aコース」という不思議な名前の民宿で開かれるというので、羽田から飛行機に乗って南紀白浜へ。

   悪天候のため、着陸が1時間半ほど遅れ、同窓会会場にたどり着くと、参加者約60名ほどはもういい気分ではしゃいでいる。民宿に泊り込みの同窓会というワイルドな試みで、なかにはすでに温泉に入って浴衣姿でヘベレケになっているものもいる。

   わいわい盛り上がっている集団の中へ、遅れてシラフで入り込むというのは、どうにも居心地が悪いので、急いでビールをあおる。

      座敷にあぐらをかいて、あらためて周りを眺め回すと、全員が60歳手前のおじいちゃん、おばあちゃんのはずなのに、なまじ高校時代の面影を記憶しているものだから、それがオーバーラップして正確な年齢を看取できない。

      しかも、畳の上で、高校時代のような体育座りをし、当時の口調でがなりあっている(和歌山県の人は声が大きいのだ)のを見ると、「妙に老けた高校生」のように思えなくもないから不思議である。

      6月という名な季節に、同窓会を行うことになったのにはワケがあった。それまでひとりで幹事を勤めてくれていたS君が昨年のこの時期に急逝してしまったのである。S君を偲び、一夕、盃を傾けようという趣旨なのである。

      ひとりづつ、近況を喋らされる。みんなの話を聞きながら、「ああ、遠くまで来ちゃったんだなあ」としみじみする。

「今回の同窓会を逃すと、もうでられないかも知れないので、万難を排してやってきました」
「冥土の土産にと思ってやってきました」
「夫はもう年金生活です。細々とした暮らしをしてます。お金を工面してやってきました」
「おばあちゃんの介護を夫に任せて来ました。今は3人の子供、7人の孫がいます」

   それぞれの話を聞きながら、いてもたってもいられないような複雑な気持ちになった。うまく説明できないのだが「もう、取り返しのつかないことをしてしまった」というような感慨なのである。

     美しかったマドンナはいまでも美しいがおばあちゃんである。運動神経が抜群だった剣道部のK君はふつうのおっさんである。「資本論」が座右の書だったM君はすっかりはげちゃって、県の要職にいる。

     ヘベレケで談笑するわれわれの頭の上には、大きな雲のように「死」が覆いかぶさっていた。

     同じ時期にこの世に誕生し、10代のある時期を紀南の太陽を浴びながら共に過ごした仲間は、その後、それぞれの場所で別々の人生を送り、40年たって今、また紀南の民宿の畳の上で笑いながら一緒の時間を過ごしている。

     でもまた、すぐに別々の場所に戻っていき、それぞれがそれぞれの場所で老い、土に帰っていくのだ。そのことを考えると、いてもたってもいられない、切なく痛ましい気持ちになった。

     夜、タクシーを呼び、一足先に帰路につくことにした。玄関を出て夜空を見上げると、曇っているのか、星はひとつも見えなかった。

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2010年6月 8日 (火)

鳩山由紀夫元総理の「国民の皆さま」主義

  
    鳩山由紀夫という人の喋りはどうにも気色が悪いなあ、と思ってテレビを眺めていた。案の定、先ごろ、首相の座を投げ出すことになってしまった。

  何が気色悪かったのか、新聞記事を読んでいて分かった。記事は6月2日の朝日新聞夕刊。4版の3面に鳩山首相の議員総会での発言要旨が320行という長さで掲載されているのだが、これをつらつら眺めるうちに、ああ、これが気色悪かったのだと納得した。

  それは、言ってみれば「国民の皆さま」主義とでもいうべき、過度のへりくだり的言辞の多用で、慇懃が過ぎて無礼になるが如く、へりくだりが過ぎて「上から目線過ぎんだよ」に成り果ててしまっていたのである。

  まあ、その生育環境を勘案すれば、「皆の衆よ」と語りだしたくなるのも分からないではない。その臭さを打ち消すためにご本人は必死だったに違いないが、必死になればなるほど、気色悪さが募るばかりであったのだ。

  では、記事の320行中、「国民の皆さま」主義がどのようにはびこっているかをお目にかけよう。「皆さま」「皆さん」等が登場するフレーズのみを拾ってみると、こんなことになるのである。

<お集まりの皆さん、ありがとうございます。そして国民のみなさん、本当にありがとうございました。国民の皆さんの、昨年の熱い夏の戦い、その結果、日本の政治の歴史は大きく変わった。国民の皆さんの判断は決して間違っていなかった。>

<・・・・それも国民の皆さんのおかげだ。
  政権交代によって、国民の皆さんの暮らしが必ずよくなる。その確信のもとで、皆さん方がお選びいただき、私は・・・・その職を行ってきた。皆さん方と協力して、日本の歴史を変えよう。・・・・国民の皆さんが主役になる政治を作ろう。>

<国会議員の皆さんと一緒に、国民のための予算を成立させることができたことを誇りに思っている。>

<・・・医療費をわずかだが増やすことができたのも国民の皆さんの意思だと思っている。>

<・・・しっかりした仕事が、必ずしも国民の皆さんの心に映っていない。国民のみなさんが徐々に聞く耳を持たなくなってきてしまった。>

<沖縄のみなさんにも、徳之島のみなさんにもご迷惑をおかけしている。>

<・・・沖縄にご負担をお願いせざるをえなくなった。そのことで沖縄の皆様方にもご迷惑をおかけしている。>

<いまここは日米の信頼関係を何としても維持させていかなきゃならない・・・・、ぜひ皆さんにもご理解を願いたい。>

<・・・・もっとお金にクリーンな政権を作らなければ、国民の皆さんは政権に対して決して好意を持ってくれない。>

<・・・議員の皆さん方に大変なご迷惑をおかけしてしまったことを本当に申し訳なく、・・・・皆さまがたもさぞご苦労され、お怒りになったことだと思う。>

<皆さん、いかがでしょうか。>

<とことんクリーンな民主党に戻そうじゃありませんか、みなさん。>

<必ずそうなれば、国民の皆さんが新たな民主党に対して聞く耳を持って頂くようになる。・・・私たちの声も国民の皆さんに届くだろうし、国民の皆さんの声も、私たちにストンと通る新しい政権に生まれ変わると確信している。>

<何を言っているかわからんよと、そのように国民の皆さんにあるいは映っているのではないか。>

<地域の皆さんが思い通りの地域をつくることができる。>

<皆さん方が主役になって、本当に国民が主役になる。>

<議員の皆さん、・・・・官僚の独占した社会ではなく、できるだけ民が、国民の皆さんができることをやりおおせるような社会に変えていく。>

<必ず皆さんの連携の中で、よしわかった、と理解していただける国民の皆さんの気持ちになっていけると、私はそう確信している。>

<・・・国民の皆さんの未来というものをしっかり見つめ合いながら、・・・・皆さん耐えながら、そして国民との対話の中で新しい時代をつかみとっていこうではありませんか。
大変ふつつかな私だったが、・・・・皆さんとともに・・・歩ませていただいたことに、心から感謝を申し上げながら、私から国民の皆さん、特にお集まりの皆様方へのメッセージといたします。>


  どうです、なかなかのもんでしょ。書き写していると、言葉の空疎さが身に染みるのである。心に届かない言葉の連続に身悶えしそうになるのである。

  途方もない混迷を続ける政治の季節の中で、誰がその任を負うても、容易に運営することなどはなはだ困難に違いないとは思うものの、次の総理は、せめて訴えかける言葉だけでも明晰で聴者の心に届くものであって欲しいと切実に思う。

  その主張するところの当否はその次。まずは、重みのある言葉を投げかけてほしいと願う。

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2010年6月 7日 (月)

Sさんの墓参りに

    よく晴れた初夏の日曜日、Sさんの墓参りに小田原へ行く。

  会社の同僚2人と、お昼すぎの新幹線に乗って小田原へ。駅前からタクシーを拾って陽雲寺へ。車中で、故人の思い出話に花を咲かす。タクシーの運転手は女性だったのだが、我々の話を聞きながら、声をあげて笑う。

「その方は、よっぽど豪快な方だったんですねえ」と感心しきり。

  そうね、簡単に言えば、とても豪快な人だった。

  小さなお寺のお墓場の最上段の右端にSさんのお墓があった。驚いたのは、その墓場の約半分がS姓のお墓だったこと。小田原にはS家がわんさかあるのである。

  お墓に立つと、遠くがよく見はらせた。海からの風が、まわりの雑草たちを気持ちよくなでていく。空は6月の青。「Sさん、ついにここに入っちゃったんだな」と思う。お墓に供えられた古い花を抜き、墓を洗って新しい花を供える。

  風の中で、一生懸命線香に火をつけて供える。数珠を手に、3人でしばし瞑目。

「Sさん、その後、いろいろあって、俺たちは今、大変なことに向き合ってるんだよ。何かと俺たちのことを心配して、世話を焼いてくれたけれど、これからは、俺たちだけでやっていくしかなくなっちゃったね。とにかく、頑張るよ。頑張れるところまで頑張るよ。Sさんの分まで頑張るから、草葉の陰で応援していて頂戴ね」

  待たせてあったタクシーに乗り込んで、「小田原で一番旨い魚が食べられる所へ連れて行って」とお願い。

  海辺の屋外ベーベキュー広場、みたいなところに陣取って、魚介類や野菜を焼きながら生ビールをガンガン飲む。1時間半飲み続けたのち、また先程のタクシーを呼んで小田原駅へ。

  新幹線に乗り込んだ途端、意識がなくなる。新横浜に着いたのも、品川に着いたのも知らずバクスイ。同僚二人はそれぞれ各駅で降りてひとり東京駅に向かったのだが、東京駅に着いたことも分からず。

「もしもし、もしもし、もう着きましたよ」

  見知らぬおじさんに肩をゆすられてはっと気がつく。夕方の東京駅。こちとら、べろんべろんである。

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