« 後退戦を戦う | トップページ | 「食べて、祈って、恋をして」と「紙兎ロペ」 »

2010年9月 9日 (木)

浅田次郎、泣かせのテクニック

    浅田次郎氏の「壬生義士伝」を先週読了した。

  大変、面白かった。そのことを周りの友人に言うと、何を今さら、もう十年ほど前に出た本ですよ、とたしなめられる。そんなことは知っている。知ってはいるが、浅田次郎の小説を読むと切なくなって泣けてくるのでずっと忌避し続けてきたのである。

  なにしろ、7,8篇の短編が収められた短編集を読んだときには、すべての短編で次々と涙を流しちゃったのだから・・・・。もう涙腺決壊である。

  しかし先日、たまたま、ながやす巧氏の筆による漫画版「壬生義士伝」を読んで、おお、これはおもろい、小説も読んでみようと分厚い文庫本2冊を入手。しこしこ読み始めたのだが、案じた通り、泣きじゃくりという無様なありさまになり至った。

    なんで、こんなに切ないのかなあ、と考えて分かったことは、登場人物の「真率さ」が激しく自分を揺さぶる、ということだった。

「真率さ」。まっすぐひたむきで、飾り気がなく、痛々しいほど真っ正直な心のありよう。

    浅田次郎の小説に出てくる人物はそんな人ばかりである。妻や子のことを心の底から思っている人。他郷の人々の悲しみを我が事としてとらえてともに涙する人。友人のことを自分のこと以上に大切に思う人。父親のことを心底敬愛し、その愛に報いようとする人。母親のことをひたむきに愛し、どんなことがあっても悲しませまいと苦しむ人・・・・。

    出てくる人、出てくる人、心の美しい,まっすぐな人ばかりである。

    そんな人は自分の身の回りには一人もいない。見たことも聞いたこともない。見たことも聞いたこともないけれど、でも、そんな人が、この世にいればいいのになあ、とは思う。

    小説の世界の中のことではあるけれど、そのような人物の息遣いを間近に突きつけられて、思わずたじろぎ、その次に嗚咽してしまうのである。

    これが「浅田次郎泣かせのテクニック」の核心であると、私は思っている。そこのところは分かっているのだが、新作「終わらざる夏」を読み始めてしまったので、またしても、そのテクニックに・・・。

 

|

« 後退戦を戦う | トップページ | 「食べて、祈って、恋をして」と「紙兎ロペ」 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

あなたがその「真率」な人を目指して、周りを感化してください。感受性が人一倍豊かなあなたならばできるはずです。期待しています。

投稿: | 2010年9月30日 (木) 11時18分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 浅田次郎、泣かせのテクニック:

« 後退戦を戦う | トップページ | 「食べて、祈って、恋をして」と「紙兎ロペ」 »