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2011年1月

2011年1月24日 (月)

浅田次郎著「一刀斎夢録」読了

 
    昨日の夜、赤坂にある麺通団できつねうどんの大盛りを食べてから、めちゃくちゃ腹部が気持ちが悪い。吐き気も下痢もないから、単なる食べすぎか、あるいは風邪か。

  食欲はゼロ。何も食べたくないばかりか、昨日のうどんのことを思い浮かべると、うっと胸がつかえる。

  病院に行ってきたが、「多分、食べすぎでは」としか診断してくれない。本当か? 消化剤をもらって白湯で服むが、特に変化はない。

  問題は今夜の会食である。市ヶ谷の中国飯店である。全く食欲がないばかりか、完全に脱力・病気状態なのに、中華が食えるのだろうか? 分からない。

  昨日の夕方、背中が寒いのにシコシコとブログを更新していたのが悪かったのか。

  浅田次郎著「一刀斎夢録」(文藝春秋刊)を読み終える。大正の頭まで生き延びた新撰組隊士の「昔語り」という形で物語りは展開する。

  読み終えて、結局、浅田次郎という作家は、「君を千里送るとも、終には須く別すべし」という人生の宿業について、そのことについてのみ書き続けている作家なのではないか、という気がした。

  ああ、腹が気持ち悪い・・・・。

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2011年1月23日 (日)

送君千里 终须一别

     送君千里 终须一别

「君を千里送るとも、終には須く別すべし」。これは中国に古くからある諺らしい。先日、新聞の映画欄を読んでいて、この諺を知った。

「君との別れが辛いので、いつまでもどこまでも君を送って行こう。だけれども、どれだけ遠くまで君を送ろうとも、最後には、必ず別離がやってくる」という意味なんだそうである。

  この諺に触発されて、中国の若き映画作家・趙曄(チャオ・イエ)は、「ジャライノール」という映画を撮った。監督、脚本、編集、製作のすべてを一人でこなした独特の映画である。

  この映画が見たくなって、東中野のポレポレ坐という映画館に出かけた。客席が100程度の小さな映画館だが、なんだかとても懐かしい感じがする素敵な映画館である。

   ロシアとの国境が近いモンゴル自治区満州里にある炭鉱の町の名前が「ジャライノール」。吐く息がすぐにも凍てつくような極寒の地の炭鉱町で、定年になる老機関士は職場を去って故郷へ帰る。彼をしたう若者は「もう、帰れ」という老機関士の命に従おうともせず、いつまでもどこまでもついて行く。

  しかし、どれだけ慕おうとも、どこまで見送ろうとも、最後には老機関士と若者の別れはやってくる。老機関士は迎えに来た娘夫婦の車に乗り込む。若者は、にっこり笑い、わざとおどけて、くるりとターンしてみせる。

  閑散とした、名も知らぬ中国深奥部の駅頭での別れ。この後、ふたりは、おそらく二度と再会することはないだろう。  

  広大な真っ青な空は偏光フィルターのせいかほとんど真っ黒に見えるが、その黒い空の下、寒々として凍てついた大地がどこまでも広がる。日本ではもう見られなくなった蒸気機関車が白くて大きな煙を吐く。少ない会話。絵画的なハイ・コントラストの映像。これは映画というよりは「映像の散文詩」とでも呼ぶべきものなのかも知れない。

  「君を千里送るとも、終には須く別すべし」。

  切々とした詩情溢れる佳作である。

  これまたつい先日、内田樹氏のブログを読んでいたらはっと思うような一文に出会った。

<もう何度も書いていることだけれど、哲学者の書きものを読むというのは、徹底的に個人的な仕事である。
    読む者が、そこに傷つきやすく、壊れやすい、しかし熱く息づいている生身を介在させない限り、智者はその叡智を開示してくれない。
    レヴィナスは「語られざること」(non-dit)が読み手に開示されるのはどのような場合かについて、次のような印象深いフレーズを書き残している。
「解釈は本質的にこの懇請を含んでいる。この懇請なしでは言明のテクスチュアのうちに内在する『語られざること』(non-dit)はテクストの重みの下に息絶え、文字のうちに埋没してしまうだろう。懇請は個人から発する。目を見開き、耳をそばだて、解釈すべき章句を含むエクリチュールの全体に注意を向け、同時に実人生に-都市に、街路に、他の人々に-同じだけの注意を向けるような個人から。懇請は、そのかけがえのなさを通じて、そのつど代替不能の意味を記号から引き剥がすことのできる個人から発する。」(Emmanuel Lévinas, L’audelà du verset, p.136)」>(2011年1月12日のブログより)

  そして、この映画を観ながら、ことは「哲学者の書きもの」だけではないだろうと、思い至った。真摯に、命がけで表現されたものは、それを受け取る受け手もまた、「傷つきやすく、壊れやすい、しかし熱く息づいている生身を介在させない限り」、表現物は、何事も語りださないに違いない、と確信したのである。

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2011年1月 3日 (月)

サンデル教授の「ハーバード白熱教室」が楽しい

 
    NHKで「ハーバード白熱教室」というタイトルの番組を、元日の夜10時から1時まで観る(実際にはもっと続いていたが、疲れたのでギブアップ)。実に面白い。

    ハーバード大学史上、履修学生の数が最高記録を更新した授業が、「政治哲学」を専門とするマイケル・サンデル教授の授業「Justice(正義)」。毎回1000人を超える学生が大教室をぎっしり埋める。あまりの人気ぶりにハーバード大学では、授業非公開という原則を覆し、この授業の公開に踏み切ったのだという。この人気授業をソファに寝転んで、TVで聴講できるのは、得もいえぬ快楽である。

    面白さのその1は、聴講する学生の様子。世界中から集まったと思しき、トップレベルの若き知性が目をキラキラと輝かせてサンデル教授の一挙手一投足を見つめ、耳をそばだて、脳味噌をフル回転させている様子が手に取るように分ること。間違いなく、ここに集っている若者達が次の世界を牽引していくことになるのだろうと思うと、面白さもひとしおである。

    面白さ、その2はサンデル教授の授業の進め方。通常、大学の授業は、教師から学生への一方的な講義によってなされるのが通例だが、サンデル教授が採用したのは、学生たちに次々と問いを投げかけ、その回答を吟味しながらインタラクティブに思考を深めていく方法なのである。サンデル教授は、日常生活で直面する難問を学生達に提示し、「君ならどうするのか? 何が正しい行いなのか? なぜ、そう考えるのか?」を問い詰めていく。

    それは言ってみれば、ある「哲学」が生成したその現場に居合わせて、ともに考えを深めていくという実にスリリングな設定でもある。

    すぐに思い起こすのは、東京大学の加藤恭子教授が栄光学園の中高生を相手に、日清戦争から1945年の敗戦までの日本の歴史の中のターニングポイントに生徒達を誘いこみ、「君なら、このとき、どうしたのか?」と問いかけながら行なった授業である(この模様は「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」(朝日出版)にまとめられている)。http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post.html

    昨夜見た、サンデル教授の授業の中でとても印象的だったのは、「<私>を所有するのは誰なのか?」という、全き哲学的な問いかけだった。私たちは「<私>を所有するのは<私>である」という考え方を自明のこととしてとらえている。<私>が建てた家は<私>の物だし、<私>が働いて得た報酬は<私>のものである、と誰しもが考えている。

    そこで、教授は問う。「本当に、<私>は<私>の所有物なのか?」と。<私>の労働で得た報酬が<私>だけのものであったなら、「課税」は<私>の所有物を「窃盗」されることにならないのか、と。そう問いかける背景には「公共性(public)」という喫緊の社会的要請が横たわっていることが想像される。

    ここでまた脱線してしまうが、すぐに思い起こしたのは、「週刊文春」で「ホリイのずんずん調査」を連載している堀井憲一郎の著書、「江戸の気分」(講談社現代新書)の中の一節。手元に本がないのでうろ覚えで書くのだが、「私らしさ」とか「私に適した仕事」とか「私がやりがいを感じる仕事」などというのはすべて「近代の病い」であると著者は指摘しているのである。

    同書は、落語を通して、そこに登場する江戸に生きた人々の生活を垣間見てみる、という趣向の本だが、そこで堀江氏は、江戸市民は誰も「私に適した仕事」などという世迷言を垂れたりはしていない、と喝破する。なるほど。

    考えてみれば、私たちが、「<私>を所有するのは<私>である」ことを当然のこととしてとらえ、<私>はかけがいがのないものであり、<私>は誰よりも<私らしさ>を大事にしなくてはならないと信じているのは、大いに戦後教育の「成果」であるのかもしれない。

    巨大な<全体>に<私>を埋没させることを是としてきた戦前の「滅私奉公」イデオロギーへのアンチテーゼとして戦後教育が推進されてきたことを考えれば、私たちの感懐はそれによってもたらされたもの、と考えるのが自然である。当然ながら、そんなものが江戸の町民にあったわけがなく、江戸の人情や文化を愛する堀井氏にしてみれば、<私>へのこだわりは、なんとも不自由なものとして見えてくるわけである。

    そして、もうひとり思い起こしたのが「ひとりでは生きられないのも芸のうち」(文藝春秋)という宙返りをしたような題の本を著した内田樹氏のこと。同書のタイトルがいみじくも語っている通り、内田氏は常々、「ひとりでも生きられる」のは結構な話だが、「ひとりでしか生きられない」というのは現代病であり、21世紀の市民的課題はいかにして「誰とでも共生できる」ような人間を育てるか、ということにある、と主張し続けている。

    <私>的なものを越えて、いかに<公共性>を確保すればいいのか、が両氏に共通する関心事であるように思える。

    話が大いに脱線してしまった。サンデル教授の「白熱教室」の話だった。サンデル教授は「<私>を所有するのは誰なのか?」と大教室に並ぶ学生たちに問いかけた。<私>は<私>のものである、という考え方がごく当たり前のこととしてとらえられている現在、そう問いかけること自体の中に、すでに<私>は<私>だけの所有物ではない、という教授の主張を聞き取ることができる。

    アメリカ合衆国国民の国民的病は「極端病」である。70年代、ビタミンなどのサプリメントが体にいいとなると、国民こぞってサプリメントの服用に走り、冷蔵庫の中には各種サプリメントがぎっしり詰まっている、という信じがたいブームが起きたことがあった。

    イスラム過激派は排撃すべし、と国民的決断を下すと、はるかイラクにまで出かけて「悪の中枢」をぶっつぶすまでやめようとはしない。

    同様に、「私の権利」「私の欲望」「私の自由」は何にもまして尊重されるべきであるとなると、<私>は<公>を振り切り、恐るべき勢いで増長していく、というのが米国国民の病気である。

    ことは経済・金融の世界においてよりドラスティックに顕現した。<私の欲望>や<私の自由>が、ほとんど放埓に思えるほどに尊重された結果、常軌を逸した「市場原理主義」が跋扈し、世界の金融システムを壊滅的に破壊したのはつい数年前のことである。

    常軌を逸した「市場原理主義」は別名を「強欲資本主義」とも呼ばれた。そこでどのように愚劣なことが行なわれたかは、マイケル・ルイスの「世紀の空売り」(文藝春秋)に詳しい。米国に端を発する<私>の肥大がいかに世界に甚大な被害をもたらしたかを考えると、<私>の手放しの伸張は再考されるべきである、という考えが生まれてくるのはごく当然のことだろう。

    サンデル教授の、「<私>を所有するのは誰なのか?」という問いかけは、そのような喫緊の社会的要請の中から、発せられたように私には思えるのである。

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