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2011年3月21日 (月)

もうこの世は終わりだと思った9歳の頃

   放射能を含んだ雨がしとしとと降り続いている。

   雨を眺めながらふと思い出した。

   小学生のころ、ソ連が核実験を行なった。地下でもなんでもない。シベリアの大地でドッカーンと爆発させたのである。記憶では50メガトンだったと思う。

   小学校の低学年だったが、SANYOのモノクロのブラウン管で、「気をつけろ、死の灰が降ってくる」と必死の形相でアナウンスするニュースを見たことがある。

   Googleで調べてみると(こういうときにネットは本当に便利だ)、その核実験は1961年10月30日にノヴァヤゼムリャという北極海の島で(シベリアの大地ではなかった)行なわれている。

   その時、もうこの世は終わりだと思った。僕は9歳と6ヶ月。野菜に死の灰が降りかかっているからよく洗わなくちゃだめ、とキャベツを洗う母親に「僕が代わりに洗う」といって、キャベツに中性洗剤をたっぷりかけてコキコキ洗ったことを昨日のことのように思い出す。

   考えてみれば、水道水にもたっぷり混じっていただろうから、あまり意味のないことだったように思う。

   今のようにガイガーカウンターもあちらこちらに設置されてるわけでもないから、いったいどのくらいの放射能が僕の頭に降りかかってきたのか分らない。

   そのうちに、誰もそのことを言わなくなってしまったし。

   あのとき、いったい、今どきの単位で言えば、どのくらいのシーベルトを浴びたんだろうか?

   大阪の阿倍野区の晴明ケ丘小学校に入学したのは昭和34年。あの、安倍晴明ゆかりの土地である。時は高度成長に向かう真っ最中で、西成の方では信じられないような煤煙が毎日大量に煙突から吐き出されていた。

   朝礼のとき、最後尾に立っていると、台の上の校長先生の姿が見えなかった。スモッグのせいである。時間の経過とともに生徒がバタバタと倒れた。

   すさまじい時代だったと思う。

      :::::::

   降りしきれ 原発の上に 瀟瀟と 涙のごとく 3月の雨

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