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2011年11月

2011年11月27日 (日)

だめだろ、こんなタイトルじゃ

    スティーヴン・ソダーバーグの新作「コンテイジョン」を観た。

    いやあ、よくできた映画である。面白い!怖い! 観終わったら、かならず手を洗ってうがいをしたくなること請け合いである。

    しかし、今回は映画の話ではなくて邦題の話。

    なんなの、この「コンテイジョン」というタイトルは。原題は「CONTAGION」だから、そのままカタカナにしただけ。無茶苦茶である。せっかくのすごい映画なのに、この題名では、「観に来なくていいから」と言っているに等しいではないか。

    配給会社の方々は、根底から、もういちど、映画の邦題を考え直したほうがいいのではないか。WBから原題を尊重せよという指示があったのかどうか知らないが、「コンテイジョン」という題名からは、どういう映画なのかまったく想像することもできない。

    ここはきちんと邦題をつけて欲しかった。たとえば「感染」。あるいは「接触感染」。これだけで十分に怖い。「致死的接触」でもいいし、なんならストレートに「ウイルス」でもいい。

   「コンテイジョン」では韓国料理の映画かと思っちゃうのではないか。

   もう一点、指摘しておきたい。日本で、2007年に翻訳が出たノンフィクション「史上最悪のウイルス」(文藝春秋)の中身に、この映画はとてもよく似ている。このノンフィクションはSARSの蔓延について、カール・タロウ・グリーンフェルドという香港在住のジャーナリストが書いたもの。

    しかし、映画のエンドロールを目をさらにして見つめても、この本のことは一行もでてこない。いったいどうなってるんだろうか?

    帰りに「紙うさぎロペ」のDVD、第二弾を購入。家に帰って寝る前に見たが、だめだ。第一弾のような抜けた馬鹿ばかしさがない。シナリオが弱い。もう一度初心に返って、やけっぱちで破天荒な脚本を書くべきである。

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2011年11月23日 (水)

チェンマイ素描

 
    半蔵門の駅のそばに、行きつけの床屋があった。

    あった、と過去形で書くのは、毎月、髪を切ってくれていたオヤジが肺がんに冒されて入院してしまい、以来、その床屋に行かなくなってしまったからである。
   
    有明の癌センターに入院したオヤジを見舞いに行ったのは2009年の3月のことだから、もう3年近く前のことになる。その時の、索漠たる気持ちをブログに書いた記憶がある。
 
   
http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-d1a5.html
   
    その後、オヤジがどうなったか気がかりではあったけれど、なかなか辛くて尋ねる気にはならなかった。床屋には、オヤジに代わって店を切り盛りするオヤジの息子と、もうひとり、年配の男性がいたので、思い切ってドアを開けて店内に入りさえすれば、オヤジの様子を訊くことはできたはずだった。
   
    しかし、そうすることはばかられた。見つかった癌がピンポンボールの大きさで、脳にも転移していると聞かされていたので、とてもその後の様子を尋ねる勇気などわいてくるはずもなかったのだ。

    ときどき、他の店で髪を切ってもらっている最中などに、オヤジと交わしたたわいもない会話の断片などを想い出すことがあった。そして、時間が過ぎていった。

    つい先日、半蔵門のその店の前を通りかかると、床屋の目印のクルクル回る棒がなくなっていて、店内に内装業者が入って工事をしている最中だった。床屋は全く別の店に生まれ変わろうとしていた。

    その光景を目にした瞬間に、ああ、あのオヤジさんは亡くなってしまったんだなと、はっきりと実感した。

    そして、痛切に思い至ったことは、生き続けていくということは、次々と失い続けていくことなんだなということだった。

    あまり仲良くはなれなかった父を失い、博識の恩師を失い、磊落な職場の先輩を失い、親切な駐車場のおじさんを失い、おいしい焼き魚を焼く大将を失い、そして今、ハサミできれいな坊主頭を作ってくれたオヤジを失くした。

    この先も、人生が続いていく限り、まるで暖かく懐かしい思い出が一片一片剥離していくように、大切な人たちを失い続けていくのかと思うと、肩が縮むような感覚にとらわれる。

「いや、失うだけではなくて、次々と新しい出会いがあるではないか」と自分に言い聞かせようとするけれど、「見知らぬ人が、ただ増え続けていくだけだ」という荒涼とした思いは拭い去ることができないのだ。
  
    その床屋が店じまいする1年ほど前、半蔵門の駅近くにあるカフェの窓際に座ってひとりコーヒーを飲んでいると、歩道を、床屋の年老いた男性が歩いているのを見つけた。
  
    目で追っていると、その男性は、小さなお稲荷さんの前で立ち止まり、両手を合わせて拝み始めた。夕暮れ時。帰宅する人で込み合う歩道の隅に立ち止まって瞑目し、じっと手を合わせているのである。

    東京のど真ん中には全く似つかわしくない小さな赤い鳥居に向かって、老いた男性が、暮れなずむ雑踏の中で静かに手を合わせて何を祈っていたのかは、もちろん知る由もない。

    チェンマイ。タイ北部にある、標高300メートルの都市。

    10月の末にこの町に出かけた。洪水に悩むバンコクで国内線に乗り換えて1時間。タイ第二の都市は、都市というよりも町と呼ぶほうが似つかわしい、なんだか優しく、懐かしいたたずまいの場所である。

    洪水に襲われることもないこの町で、1週間、毎日ゴルフをし、マッサージを受け、うまいものを喰うという、恐るべき計画を実行すべく、60歳前後のオヤジ3人組はキャディバッグを肩に勇躍、乗り込んだ。

    ゴルフ、マッサージ、メシ、ゴルフ、マッサージ、メシ・・・を6回繰り返すのである。ひとによっては苦行に聞こえるかも知れないが、どうしてどうして、オヤジ3人組はほとんど欣喜雀躍といった体であっという間の1週間を過したのである。

    まだ薄暗い早朝。3人を乗せたバスは、田園風景の中を、ゴルフ場に向かって疾駆していた。

    窓の外を見ていると、一人の老人が、黒い自転車に乗って、田んぼの中のあぜ道をゆっくりと進んでいた。前方からは、山吹色の僧衣を着た青年僧が歩いてきていた。すると、老人は自転車を降りて、重いスタンドを立て、青年僧の前に歩み寄り、その場にひざまずいたのである。

    ぎょっとして見ていると、老人はひざまずいたまま、両手を合わせて青年僧に向かって両手を合わせて拝み始めたのである。

    バスはあっという間に通り過ぎていったので、その後、どうなったのかは知らない。

    しかし、人が人を拝むシーンなど、これまでの実生活で目撃したことなど皆無なので、強く印象に残った。そして、これがタイなのだ、と悟らされた。

    たまたまバスで通りかかったからこの光景を目撃することになったが、もし通りかからなかったとしても、やはり老人は青年僧に向かって拝んだであろうし、このような光景はタイのいたるところで見られるのだろうと思う。

    仏教僧は仏に帰依する。仏は、自分達の先祖であり、友人であり、生きとし生けるものであり、未来の自分達でもある。僧侶はそのようなものとのメッセンジャーとして存在する。

    老人が孫のような僧にむかって手を合わせるさまは、西欧人が、人とは全く超絶した西欧的神に額ずくさまとはまったく違うもののように見える。うまく言えないが、とても近しい人々に、日々のあたたかい挨拶を送っているように見えるのである。

    自分の目の前から去っていった人々に、今日も手を合わせてメッセージを送る。生きていくことは、いろんな物を失い続けることだけれども、失ってしまったものたちのひとつひとつに、毎日毎日、挨拶を送り届けるのだ。

    存在しなくなってしまったものは、存在しないことによって、存在し続ける。

    この町に漂う、何ともいえない優しい肌触りの空気は、こんな心のありようからやってくるのではないかと思う。いずれ存在しなくなるものは、心からいとおしめ、というような。

    タイの犬は、まるで人間のような顔をしている。周りの人々から大事にされ、いとしまれて、多分、自分のことを人間だと思って生きているのだと思う。

    ゴルフ場に急ぐバスの前の路上に、突然、数羽の小さくて黒い小鳥が現れる。運転手は、クラクションを鳴らし、徐行し、小鳥を踏み潰さぬように細心の注意を払う。

    輪廻転生。

    その教えにのっとれば、小鳥は、自分達の祖父母であるかもしれず、また未来の自分であるかもしれないのだ。

    小鳥が現れるたびに運転手はクラクションを鳴らしてバスのスピードを緩める。

    輪廻転生が本当ならば、床屋のオヤジは今頃、どこで何に生まれ変わっているのだろうか?

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