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2020年8月27日 (木)

大竹昭子著「東京凸凹散歩」を読む

 永井荷風は嘉永版の江戸切絵図を携えて大正の東京を散策、消えゆく江戸の風情を哀惜し、その変貌を呪いながら随筆『日和下駄』を書いた。

 昭和二十五年東京生まれ東京育ちの著者、大竹さんも荷風にならい、国土地理院の一万分の一地形図を手に、東京を縦横にめぐる散歩に出かけた。

 本書は、手書きの地図や写真も多くて、まるで大竹さんと一緒に散歩しているような気持ちにさせてくれる楽しい随筆である。

 ところで、書名にある凸凹とは、東京都心が丘と谷でデコボコしている点を指す。普段の生活ではなかなか気がつかないが、東京は指を広げた大きな手を北西からどんと突き出したように丘と谷が海に向かって交互に延びているんだという。言われてみればその通りで、ビルや住宅をはぎ取ってみれば、都心では尾根道と谷道が交互に走っていることが分かる。東から本郷通り、白山通り、春日通り、音羽通り、目白通り、新目白通り、大久保通り、靖国通り、新宿通りというように。本書は随所にそんな発見がちりばめられていて興味深い。

 大竹さんの散歩は、『日和下駄』に準じて「淫祠」「樹」「寺」「崖」「夕陽」など十一の項目に従っているが、何よりも特徴的なのは強いこだわり。執拗な好奇心なのである。

 まず冒頭に紹介されるのは「坂」ななのだが、ぱっと見、坂と分からないような坂はダメで、大事なのは坂であることが目でしっかり感じられるものであること。しかも、いい具合にカーブしているところにこそ坂の妙味があるのだという。そこでお薦めなのが小日向鷺坂、四谷暗闇坂、中目黒別所坂、赤坂薬研坂。なまじの散歩本とはすこぶる違うぞ、という気配をいきなり漂わせるのである。

 また、ある日の散歩は、今はもう消えてしまった渋谷川の痕跡を探そうと、「新宿御苑から水になった気持ちで低いほうへと歩き」出す。あちらこちらに〇〇橋という地名がまだ残っているので、これで川を辿ることができる。外苑西通りを下り、外苑橋下、観音橋を通り、途中から住宅街に入り、神宮二丁目を抜け原宿橋を通って、キャットストリートに入る。明治通りに出たところで宮下橋を抜け、渋谷駅地下へ。ここから地上に顔を出し、明治通りの裏手を流れ、恵比寿で進路を東にとり天現寺橋のところで名前を古川と改めて北上、古川橋、三の橋、一の橋と過ぎて東へ曲がる……。読んでいると、こんなところに大きな川が流れていたのかと驚かされる。ちなみに、かつて東急百貨店東横店の東館に地下の売り場がなかったのは、渋谷川のなごりが邪魔をしていたからだそうである。

 またある日には、四谷荒木町の探索へ。「荒木町のほぼ全域が松平摂津の守の屋敷で、大小ふたつの池があり、天然の滝が流れ落ちていた」らしいが、さて、その滝は今どうなっているのか? 探っているうちに、弁財天がまつられた策(むち)の池なる小さな池にたどり着いたり……。

 圧巻は路地巡り。「坂、崖、川、曲がりくねった道、空地、街路樹、塀越しにのぞく庭木など散歩の愉しみを深めてくれるものはさまざまあるが、これがなくては散歩にならない、と思うのは路地である」と大竹さんは宣い、四谷若葉町や芝高輪や三田の生活臭漂う路地裏にどんどこ入り込んでいく。「路地は表通りとは切り離された、入ってみないとわからないことだらけの別世界であり、そこを歩くのは自ら進んで誘拐されるようなものである」と読者を路地へと強く誘う。

 大竹さん曰く、散歩の妙味は「日常から一歩離れて別の時空をさまよう」こと。さて、憂きこと多い自粛の季節、マスクして、この本片手に散歩に出かけるのも一興かと。

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2020年5月 月刊「hanada」に寄稿したものです

 

 

 

 

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