映画・テレビ

2009年8月24日 (月)

「サブウェイ123 激突」と「強欲資本主義」

 
    先日、映画「サブウェイ123 激突」(トニー・スコット監督)を観た。映画そのものは特筆すべきものは特になし。地下鉄を乗っ取る犯人役をジョン・トラボルタが、運行司令室の職員をデンゼル・ワシントンが演じていて、そのふたりの熱演ぶりは、まあ、特記しておいていいかもしれない。が、まあその程度なのである。

  話は実に単純で、あるグループが地下鉄を乗っ取り、警察がその一味を追い詰める、というだけのもの。単純といえばこれほど単純な展開はない。その中で唯一面白かったのが以下のシーン。

  地下鉄を乗っ取った一味の企みは、「地下鉄乗っ取り事件」で株価を急落させ、金(ゴールド)を暴騰させることによって、瞬時に大金を手にすること。実に今時の知能犯なのだが、事件の冒頭ではまだ、捜査陣はその一味の素性をつかむことができない。

    捜査が進展して、やっと犯人たちのプロフィールがおぼろに見えてきたときに、捜査陣にひらめきが走る。「犯人はウォールストリート・ガイズだ!」と叫ぶのである。これを聞いて、私はほほう、と思った。

「ウォールストリート・ガイズだ!」は、訳してみれば「証券業界の野郎たちだ!」くらいになるだろうか。つまり、このろくでもない事件の犯人は証券業界の野郎どもだ、とスクリーンの上で捜査陣は大見得を切るのである。

  私がほほうと思ったのは、現在のアメリカ合衆国では、「証券業界の野郎ども」はすっかり「悪者」のカテゴリーに分別されてしまっており、そのことに違和感を抱く人々は決して多くないのだなと実感したからである。それはまるで、9.11事件以降のイスラム原理主義者(イスラム教徒)のようでもある。

  思えば、1987年に公開された「ウォール街」(オリバー・ストーン監督)では、監督の意図はともかく、証券マンが実に魅了的に描かれていた。この映画をNYで観た私はチャーリー・シーン演じる証券マンのファッションがかっこいいと思い、すぐにズボン吊りを買いに走り、しばらくそれをして出社していたおっちょこちょいでもあったが、ウォールストリート・ガイズがそれほど、かっこよく描かれていたのである。

  それから二十数年。ウォールストリート・ガイズは地に落ちた。このたびの金融危機の元凶となったのだから、無理もないが、まるで「悪の象徴」のようでもある。

    が、それもむべなるかなと思ったのは、文春新書の「強欲資本主義 ウォール街の自爆」(神谷秀樹著)に記された彼らの所業を知ったからである。こういうときのために自業自得という言葉はあるのではないかと思わざるをえない。何度も書いたことだが、今回の金融危機のすべての源は、アメリカ合衆国の金融業界に端を発する、「楽をして大金を儲けることは良いことである」という信憑がグローバルに瀰漫したからであると思っている。

    同書には、米国金融関係者のこんな言葉が引用されている。

<「・・・・・ウォール街がぶち壊している産業はホテルだけではないよ。今すべての産業で同じことが起こっている。投資といっても、所詮は安く買い、出来るだけ早く高値で売るために使っている金だ。彼らには将来を築くための投資を十分にする気持ちなどないよ。買い叩いて、コストを削って見かけのキャッシュフローを増やして売り払うことしか頭にない。しかもほとんど他人の金でそれをやる」>(P120)

  ウォールストリートで日本人として20年以上金融ビジネスに携わった人物の見聞だけに、書かれていることに説得力がある。最近のウォールストリートのモラル・ハザードぶりには目を覆うものがあるとも書く。グローバル・スタンダードの美名のもとに、その価値観が日本にも流通しようとするだろうが、日本人は絶対にこのモラル・ハザードに侵されてはならぬ、と神谷氏は力説する。

  そのモラル・ハザードぶりを、こんな風に、一口キャッチフレーズ風にして紹介している。

<曰く「借りた金で今日を愉しむ」、「借りた金で投機する」、「貸せる金は融資基準をいくら下げても貸し込め。そのローンを束にして売ってしまえば、不良化しても自分の損にはならないから」、「ノンリコースで借りた金は、返せなくなったら担保物件の鍵を渡せば終わり。値上がり益は僕のもの、値下がり損は君のもの」、「連帯保証など怖くない。眠り口銭(手数料)が入ってくる」といったものである。>(P155)

  ウォールストリート・ガイズの悪辣振りをもっと知りたい方はどうぞ、同書をご覧いただきたい。

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2009年6月28日 (日)

映画「剱岳 点の記」と「キャデラック・レコード」

   
    6月17日、有楽町の朝日ホールで映画の試写会があった。映画のタイトルは「剱岳 点の記」。監督はかの有名な映画撮影カメラマン、木村大作氏である。長年、著名な監督と組んでフィルムを回してきた木村氏が、満を持して取り組む大作である。原作は新田次郎。

  試写会にはなんと、浩宮皇太子殿下もご臨席。開幕直前に数人のSPに伴われて来場。ど真ん中にお座りなったと思ったら、すぐに映画が始まった。

  さて、その出来具合は? 申し訳ないが、前人未到の退屈さ、であった。あるいは、壮大なる駄作というべきか。こんな物を、わざわざ皇太子殿下をお呼びして、お見せしてよろしいものなのであろうか。殿下は確かに山好きだそうだが、だからといって・・・・。

  このブログを始めるに当たって、悪口は書くまい。何がダメ、これがダメ、こいつが馬鹿、などということは決して書くまいと心に誓っていた。そんな否定的なことを書くぐらいならば、もっと肯定的なこと書くべきだと思っていたからである

  その割には悪口が多いのではないか、と思われる方は、私の日常的悪口の嵐を知らないからそんなことが言えるのであって、じつはこれでも随分抑えているのである。

  まあ、そんなことはどうでもいいか。今回は例外。書かずにいられないのだ。どこがどう駄作なのか。簡単に言えばドラマがないのである。ドラマが効果的に描かれていないのである。これはひとえに監督の責に帰すべき問題だと思う。剱岳をはじめとする山々は、四季の風景の中で、美しく捉えられている。貴重な映像、印象的なシーンはいくつもある。が、肝心のドラマがないためにちっとも心にひっかかってこないのである。

  そんな中でも、香川照之の演技は光っているが、役者が一人輝いているだけではどうしようもない。それにしても、木村大作は長年にわたって有名監督のもとで映画製作に関わってきたはずなのに、いったい、そこから何を学んで来たのか、と思わざるを得ない。

  数日後、アメリカ映画「キャデラック・レコード」を観た。傑作である。登場人物の一人ひとりが際立っている。そうなのだ、映画は人間が描かれていないとダメなのだ。喜び、苦しみ、怒り悲しむ人間の姿がくっきりと描かれていないと、映画は映画として成立しないのだと、つくづく思い知らされた。

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2009年3月15日 (日)

「チェンジリング」と左足の靴

   
    お台場のメディアージュに映画を観に行った。

    入場料が1000円均一のスペシャルデーだとかでえらい混みようである。チケットを買おうと窓口に行ったが、良い席はすでに埋まっているとのことで、前から2列目の中央のシートを手に入れる。

    劇場はこじんまりしていて、前から2列目というのはかなり前なのである(当たり前ですな)。しかし、1列目が2列目よりも50センチほど階段状に低くなっているので目の前を遮るものもなく、快適と言えば快適なのである。

    予告編が終って、さあ映画が始まるぞ、というときに私は靴を脱ぎ、足を組んでリラックスした体勢を整え、ストーリーに集中しようと画面を注視した。と、そのとき、コロリンと靴が一足、前席のほうに転がり落ちていってしまったのである。

「あっ」と思ったがもう遅い。前席には客が座り、しかも映画は始まったばかり。ガサゴソ動き回るわけにもいかぬ。じっとしたまま、脱いだ1足の靴を横向きに設置して、そこに両足先を乗せて映画鑑賞とあいなったわけであった。

  やってみればどなたもすぐに分るであろうが、この姿勢は辛い。身から出た錆(とい喩えはあまりふさわしくないけれど)としては、ガリガリに錆びた錆びである。あー、早く映画終らないかなあ、靴を拾い上げに行きたいなあ、と痺れた脚をさすりつつ、子どもみたいなことを考えながらスクリーンに見入る。

  やっと映画が終わり、エンディングのクレジットがだらだらといつまでも続く。大概の観客はそれがすべて終る前にがやがや帰っていくものだが、どうしたわけか、私の靴を落としたと思しき席の観客はなかなか席を立とうとしない。こんにゃろー、意地悪してやがんのかな、靴落としちゃったから・・・・。

  やっとその客が立ち上がりコートを着て出て行ったので、私は右足にだけ靴をはき、急いで1列目に降り、落とした靴を探し始める。え、えーー。ないよ。おいらの左足の靴がないよ。上からのぞいても、這いつくばって下から探しても、ない!

  あんにゃろー、意地悪しておいらの左足の靴、持ってっちゃったのかなあ・・・。困ったなあ。右足だけ靴を履いた私は呆然として場内に立ち尽くしていた。

    3階に靴屋があるからあそこで買うしかないか。しかし、あそこまでどうやって行けばいいのか。右足だけ履いていくべきか、それともそれはみっともないから、両足とも裸足で胸をはって堂々と通路を歩いていくべきか。

    そんな思案に暮れていると、一緒に行った友人が「ほらよっ」と探し当てた靴を投げてくれた。椅子の陰に隠れて見えなかったのだ。よかったー。嬉しい。靴が片一方だけ見つかることがこんなに嬉しいこととは知らなかった。友人に心から感謝する。

    ところで観た映画は「チェンジリング」。細かいことはもう書く時間がないので簡単に言うと、これほどまでに「役者の力技」を見せ付けられる映画はそうそうあるものではない。

    もちろんその功績の大部分は監督であるイーストウッドが担うものであろう。役者からこれほどのパフォーマンスを引き出すのだから底知れぬ力量である。とともに、監督に応えて、これほどの演技をしてみせる役者の力量もすさまじいものだと思わざるをえない。

    しかも、彼らに勝るとも劣らぬ役者がわんさかいるであろうアメリカ芸能界の厚みに思いを致さないわけにはいかない、というのがこの映画を観てのまず最初の感想である。

    とりわけ震撼させらたのは、へらへらした異様な連続誘拐殺人犯役を演じた役者(ジェイソン・バトラー・ハナー)と、その共犯の男の子を演じた子役のすさまじい演技力である。

    もし自分が役者で、この役が振られたら、と想像してみれば、彼らの演技力がいかに凄いかが分るはずである。われわれが台本を渡されて、この役はこう演じようと思案する、その遥か上を彼らは楽々と演じていくのである。

    とにかく、靴が見つかってよかった。

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2009年2月24日 (火)

「おくりびと」のアカデミー賞受賞を祝う

「おくりびと」がアカデミー賞外国語映画賞を受賞した。大変な偉業だと思う。

昨年の秋に、松竹の試写室でこの映画を見た後、感動するところがあって、このブログでこんなことを書いた。

<悲しむ遺族の前で、床に横たわる遺体をきれいに整え、死後の世界へ送り出す葬儀社の青年の話である。本木雅弘がその青年の役を演じている。
   
    映画の性質上、次々と遺体がスクリーンに現れる。多分、布団の上に横たわる遺体がこんなに数多く登場する映画はこれまで洋の東西を問わず、存在しなかったと思う。だいたい、「おくりびと」を主人公にした映画を作ろうと思い立ち(まあ、思い立つことはあるだろうけれど)、それを完成させた製作者たちの腕力には、脱帽するしかない。
   
    その次々に登場する遺体の一人が峰岸徹さんだった。ただ、せんべい布団の上に無精髭を生やして「死んでいる」役である。回想シーンで数秒間ほど生きているシーンがなくはないが、登場シーンはほぼ「死んでいる」役なのである。しかも、本木が愛憎を抱く実父の役であり、実の父親の死に装束を調えるもっくんが静かに涙を流すシーンは圧巻である。
   
    峰岸さんが肺ガンで亡くなったという報に接したときすぐに思い出したのはこの映画のことだった。撮影は昨年の春ごろだというから、まだ病はそれほど重篤ではなかっただろう。が、ご本人も周囲の人たちも、峰岸さんが肺ガンに冒されていることは知っていたに違いない。
   
    そんな、「死にとても近づいている」俳優に、「死んでいる」役を依頼しに行った人もすごいけれど、その要請をしっかと受けとめて、自身にひたひたと近づきつつある「死んでいる人」の役をみごとに演じきった峰岸という役者もすごい人だとしみじみ思う。
 
    役者の持つ、すさまじいまでの業というものを感ぜざるをえない。>
  
    今回の受賞を峰岸さんもどこかで喜んでいることだろうと思う。
  
    この映画の凄さにはいくつかのレベルがあると思う。まず、①納棺師に着目しその映画を作りたいと思いたち、その実現化に努めた映画人がいた、ということ。自分が映画人だったら、と想像してみればいい。まず、思いつかないし、思いついたとしてもすぐに自分で否定してしまっているはずである。

    その次に、②どうみても興行的には大成功をおさめるとは思いがたいテーマの映画を作ることにGOサインを出した松竹の雅量の大きさ。制作陣は最初に東宝に話を持って行ったらしいが、合意に至らなかったらしい。東宝が失ったものは大きい。

    ③は、公開時には小規模でスタートしたにもかかわらず、じわじわとクチコミでその評判が広がり、最終的には多くの観客を感動させたと言う事実である。誰がどう考えたって、爽快な話ではない。見終わって自身の人生が前向きな明るいものに思えるようになる、というものでもない。

    にもかかわらず、観客が押し寄せたという事実に、なんだか「凄い」ものを感じる。

    納棺師は、人間が死んだ際に、その人を厳かに、傷つけることなく、誠意を持って死者のサイドへ送り出す役目を負っている。生者が死者へ移行し、この世ではないどこかへ旅立つ儀式を、死者の尊厳をそこなうことなく、執り行なう者のことである。

    内田樹氏はその著書「街場の教育論」(ミシマ社)の中で、孔子の六芸、礼、楽、射、御、書、数の筆頭である「礼」というのは「祖霊を祀る儀礼のこと」であると書いている。

<どうやって正しく死者を弔うか。これが人間が第一に学ぶべきことである。(・・・・)葬礼というのは「正しく祀れば死者は災いをなさない。祀り方を誤ると死者は災いをなす」という信憑の上に基礎づけられています。生きているもののふるまい次第で死者のふるまいが変わるというのは、要するに死者とのコミュニケーションが成立しているということです。「存在しないもの」とも人間はコミュニケーションできる。これを人間が学ぶべきことの筆頭に置いたというのは、人間の洞察として深いと私は思います。>(P84)
   
    つまり、もっくんは「死者とのコミュニケータ」なのである。
  
    この映画の「凄さ」の④は、先に書いた映画人の発意や、映画会社の雅量や、この映画が持つテーマの真摯さもさることながら、「そんな映画を観ようと足を運ぶ日本人がまだ数多くいる」という日本の社会事況そのものが、おそらくはアカデミー賞選考委員の心を揺さぶったに違いない、という点にある。
  
    多くの欧米人にしてみれば、日本にいる、この「死者とのコミュニケータ」は見たことも聞いたこともない、驚くべき存在だったに違いない。日本には、自分たちとは全く違う死生観を持ち、全く違う方法で死者と接する人がおり、その人をテーマにした映画を観るためにわざわざ足を運ぶ多くの日本人がいるという事実に、「なんだか分からないもの」を感じてしみじみ畏怖したのではなかろうか。
  
     彼らがこの映画をどう観たのか、早く知りたいと思う。

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2009年1月30日 (金)

「アンダーワールド ビギンズ」の不可解

  雨がざんざか降る中、虎ノ門まで出かけて、映画「アンダーワールド ビギンズ」を観る。化け物同士の戦いの話である。最初から最後まで、狼男族と吸血鬼族の血で血を洗う争いの映像が続く。しかしどうしてこういう話が欧米の方々はお好きなんだろうか。そこのところがもうひとつよく分からない。

  日本で言えば一つ目小僧とロクロ首の戦い、みたいなもんだがそんなもの誰も観たくないもんね。

  特筆すべきは、吸血鬼族の頭を演じた、ビル・ナイの鬼気迫る演技。青い目をぎらつかせながら、英国アクセントで芝居がかったセリフを吐き出すように喋るのだが、異様な存在感があった。パンフレットを見ると、英国の舞台で活躍し大きな賞を受賞している模様。「スティル・クレイジー」と「ラブ・アクチュアリー」ではともにピーター・セラーズ賞を受賞。「パイレーツ・オブ・カリビアン デッドマンズ・チェスト」では半分イカ、半分人間の役を演じてMTVムービー・アワードを受賞したというから、半端な人じゃないよ、この人は。

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2009年1月14日 (水)

「チェ 28歳の革命」を観る

  昨日、お台場のメディアージュでスティーブン・ソダーバーグ監督の新作、「チェ 28歳の革命」を観る。ラーメン国技館で徳島のこってりしたラーメンをかきこみ、生ビールをあおってからシートについたので、自分がにんにくくさいことが分かる。周りの人にはさぞ迷惑だったと思う。

  半分酔っ払っていたのでぼーっとして観ていたのだが、相変わらずデルトロの演技は渋い。ゲバラになりきりぶりが、凄いと思う。デルトロは最近ぶくぶくに太って、たんなるデブのおやじだったのに、ゲバラを演じるために25キロ(!)ダイエットしたというからさすがである。見上げた役者根性である。

  この映画で一番驚かされたのがカメラワーク。巻頭のモノクロ映像は、粗い画像処理をほどこして、当時のニュース・フィルムを想起させる。しかも手持ちに長い玉をつけて、ドアップで被写体に迫る。自然光で撮影しているため(多分)、絞りは開放に近く、被写界深度が浅いため、ピントは甘い。それが手持ちでぶれるために、かなり見にくいのだが、それがある種の臨場感をかもし出してなかなかのできばえである。

  プロダクション・ノートによると、この効果をもたらしたのは、REDという革新的なカメラのおかげだと言う。「35ミリフィルムの質とデジタルカメラの使い勝手を備えている」というのだが、いったい何を言いたいのか分からない。ノーツを書いている本人もよく分かっていないのではなかろうか。ただ、重量が9キロというから従来の映画撮影用機材の常識から考えるとかなり軽いものなんだろうと思われる。だからこそ、執拗な手持ち撮影が可能になったのだろう。
  
    戦闘シーンはほとんどが手持ちで、緊張感が高まる。この映画もなるほど「プライベート・ライアン」以降の映画で、戦闘シーンには「プライベート・ライアン」で確立された手法が駆使される。特に特徴的だったのは、銃弾が飛び交うときの金属的な音。肉を引きちぎるような、重い鉛の玉が飛び交っていると思わせ、恐怖感をあおる。

  キューバ革命の山場となったサンタ・クララでの、オリエント州軍への増援部隊と物資を載せた列車を脱線させて進行を阻止する戦いのシーンでも手持ちカメラはその威力を示す。列車脱線の直前に手持ちカメラはわずかに列車に迫る。列車の轟音で野良犬が尻尾を巻いて飛び逃げる様子を隅に映しこみながら、激しく脱線する列車の様子をリアルに捉えている。

  とまあ、そんな瑣末なことをいつまでも書いていないで、ゲバラについて書いておこう。こんなことを書くと叱られそうだが、彼は一種の「革命中毒者」だったのではなかろうか。アルゼンチンの中産階級に生まれ、大学では医学を学ぶインテリである。バイクに乗って中南米を旅するうちに各国の虐げられた民衆と、圧政的な独裁を目の当たりして、「どげんかせんといかん」という思いにかられる。彼をそのように突き動かしたのは、本人の言うようにある種の「愛」であったのかもしれないが、ひょんなことからキューバ革命に参画することになったというのは、言ってみれば、北朝鮮を旅行していた日本人旅行者が、ひょんなことから金日成とともに戦うことになったようなもので、極めてその心情を理解しにくいものではあるのだ。
  
    キューバ革命を成就した後、ゲバラは来日している。ウィキペディアによると、1959年7月15日にキューバの使節団を引き連れて来日。主要メディアはその動向を報じることがなかったというが、7月23日には午前中に愛知県のトヨタ自動車工場のトラックやジープの製造ラインを見学、午後には新三菱重工の飛行機製作現場を訪れた。24日には久保田鉄工堺工場で農業機械の製作を見学し実際に農業機械を動かして試した後、丸紅、鐘紡と回って夕方に大阪商工会議所主催のパーティーに出席。この他にもゲバラは通商のために帝国ホテルで池田勇人通産相に15分間の会談を行い、ソニーのトランジスタ研究所や映画撮影所、肥料工場などを回ったという。精力的な施設団長である。
  
    普通の人間ならば、その延長線上の職務に従事し、革命後のキューバの発展に尽くしただろうけれど、ゲバラはそうではなかった。彼が望んだのは「南米各国の革命」だったのである。結局、日本を去ってから8年後にボリビアでの革命運動の最中に射殺されて命を失う。尋常な話ではない。自分の故国のために命を投げ出したのではない。よその国の、その未来のために命を投げ出したのである。
  
    まともな神経ではできることではない。そうまでして「革命家」であり続けたかったのは、政治的な信条や思想の問題ではなくて、「革命運動」という渦中に身を投じることによって生まれる恐怖と陶酔の罠から逃れられなかったからではないのか、という思いを捨て切れないのである。ひょっとして、パチンコ中毒と同様の、革命中毒だったのではないかと。
  
    しかし、それは映画を観終わった後の単なる妄想である。
  
     夜遅く、豊洲の紀伊国屋書店(驚くべき広さである)に出かけてゲバラの本を何冊か買う。彼はどのような人生を送りたかったのだろうか、という思いが心を去らないので、とりあえずは彼が書き残したものを読んでみようと思ったのである。

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2008年10月14日 (火)

峰岸徹さんの訃報に接して

   俳優の峰岸徹さんが亡くなった。緒方拳さんに続き、個性的な俳優を我々は失ったことになる。

   1カ月以上前に、「おくりびと」という映画を試写会で観た。悲しむ遺族の前で、床に横たわる遺体をきれいに整え、死後の世界へ送り出す葬儀社の青年の話である。本木雅弘がその青年の役を演じている。

   映画の性質上、次々と遺体がスクリーンに現れる。多分、布団の上に横たわる遺体がこんなに数多く登場する映画はこれまで洋の東西を問わず、存在しなかったと思う。だいたい、「おくりびと」を主人公にした映画を作ろうと思い立ち(まあ、思い立つことはあるだろうけれど)、それを完成させた製作者たちの腕力には、脱帽するしかない。

   その次々に登場する遺体の一人が峰岸徹さんだった。ただ、せんべい布団の上に無精髭を生やして「死んでいる」役である。回想シーンで数秒間ほど生きているシーンがなくはないが、登場シーンはほぼ「死んでいる」役なのである。しかも、本木が愛憎を抱く実父の役であり、実の父親の死に装束を調えるもっくんが静かに涙を流すシーンは圧巻である。

   峰岸さんが肺ガンで亡くなったという報に接したときすぐに思い出したのはこの映画のことだった。撮影は昨年の春ごろだというから、まだ病はそれほど重篤ではなかっただろう。が、ご本人も周囲の人たちも、峰岸さんが肺ガンに冒されていることは知っていたに違いない。

   そんな、「死にとても近づいている」俳優に、「死んでいる」役を依頼しに行った人もすごいけれど、その要請をしっかと受けとめて、自身にひたひたと近づきつつある「死んでいる人」の役をみごとに演じきった峰岸という役者もすごい人だとしみじみ思う。

  役者の持つ、すさまじいまでの業というものを感ぜざるをえない。

   合掌。

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2008年8月 7日 (木)

内田樹と「その土曜日、7時58分」

  

   ただ今、夜の10時半。会社の机の上のパソコンに向かっている。外で酒を飲み会社に帰ってきたところ。結構酔っ払っちゃっている。このままでは、とてもクルマの運転はできない。なので、酔い覚ましついでにブログを更新することにしたが、いかんせん酔っ払っている。素面になってから読み返したら、あきれるようなことを書いてしまうかも知れないが、どうかご寛恕いただきたい。

  先日、シドニー・ルメット監督の最新作「その土曜日、7時58分」を試写会で観てきた。ルメット監督は84歳。本作が45本目の作品になるんだという。さすがに、今時のテンポの映画ではないが、老練らしい手さばきで、込み入った脚本をそつなくこなしている。

  何より、監督がルメットだということで、一癖も二癖もある役者が揃っているところがすごい。「マグノリア」「カポーティ」のフィリップ・シーモア・ホフマン。「ヒマラヤ杉に降る雪」のイーサン・ホーク。「さよなら。いつかわかること」のマリサ・トメイ。そして「ボーン・アルティメイタム」のアルバート・フィニー。

  どいつもこいつも、一筋縄ではいかない。軽量級の監督ならば吹き飛ばされそうなアクの強さである。「泣き」の演技をさせたら右に出るもののいないホフマン。「なさけない奴」を演じさせたら右に出るものいないホーク。「おつむの足りない女」を演じさせたら、この人、地がこういう人ではないのかと思わせるトメイ。映画の撮影に参加する前に病院に行くべきだろうと思わざるを得ないほどに「心臓の悪い人」の演技が堂に入っているフィニー。怪演、奇演、壮演のオンパレードである。

  で、そんなに個性的な役者がそろってどんな話を演じているのかというと、あまり詳しく書くと興ざめになっちゃうだろうから簡単に書くけれど、裸形の「家族の肖像」である。ある一つの事件を契機に、まるでたまねぎの皮がむけるように、次から次へと、醜い家族の裸の姿が露呈していくのである。結構きつい話なのである。それを個性的な面々が演じているので、なかなか飽きさせない。

   そんな醜悪な家族の話を観た後で、内田樹氏の最新刊「こんな日本でよかったね」(バジリコ)を寝転がって読んでいたら面白い一説に出くわした。

<親族が集まったとき、「ある人」がいないことに欠落感を覚える人と、その人がいないことを特に気にとめない人がいる。
「その人がいない」ことを「欠落」として感じる人間、それがその人の「家族」である。
  その欠落感の存否は法律上の親等や血縁の有無とは関係がない。・・・・・
  家族とは誰かの不在を悲しみのうちに回想する人々を結びつける制度である。>(P64)

  これを読んで、ああ、内田氏は幸せな家庭環境のうちに育ったのだなあ、と思った。「家族とは誰かの不在を悲しみのうちに回想する人々を結びつける制度である」というのは美しいフレーズである。だが、あまりに美しすぎて、それはあまりに一面的ではないかと思わざるを得ないのである。

  私は17年前に父を亡くした。今は懐かしい回想の中にしか父は生きてはいないが、本当に父が生きていた頃に、2度ほど痛切に殺したい、と思ったことがあった。もちろん思うだけで実行に及ぶことはなかったのだが・・・。

  何が言いたいのか。つまり、その人の「不在」を悲しみのうちに回想する人々だけがその人の家族であるわけではなくて、「その人が自分の眼前に立ちはだかるとき、この人さえいなければ、とその消失を切望し、実際に消失したときに、心から安堵する人もまた、まぎれもなく、その人の家族なのだ」ということを、ある種の悲しみを抱きながら、記しておきたかったのである。

  この映画のタイトルは「その土曜日、7時58分」となんだか思わせぶりだが、本来のタイトルは「BEFORE THE DEVIL KNOWS YOU’RE DEAD」。「あなたが死んだことが、悪魔に知れる前に」という意味だが、本当はアイルランドで交わされる古い乾杯の音頭、「死んだことを悪魔に気づかれる30分前に天国に行けますように」からとったものだという。

  妙に含蓄に富んだタイトルである。そうだね、私も、あなたも、死んだことが悪魔に気づかれる30分前に、できることなら天国に行きたいよね。地獄はいやだ。

    そろそろ、酔いも醒めてきたかな。クルマ、運転できるかな。

  誰も言わないから、最後に書き付けておきたい。

  家族というのは、地獄のファーストネイムに他ならない。

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2008年8月 4日 (月)

チャン・フォンイー=城島茂説

  

  ジョン・ウー監督の新作「レッドクリフ」の試写会に出かけた。会場は「C.C..Lemonホール」、かつての「渋公」である。

「男たちの挽歌」「フェイス/オフ」のウー監督が今回取り組んだのはなんと「三国志」。そうである、ウー監督は、今から約1800年ほど前の中国を舞台に展開される歴史的物語の映画化に取り組んだのである。

   が、この映画の謳い文句、<「M:I-2」「パイレーツ・オブ・カリビアン」のチームが贈る、アクション・アドベンチャー超大作。>からすぐに想像できるだろうけれど、いわゆるひとつのハリウッド的娯楽大作となっている。

  ウー監督がそのことを望んだのかどうかは知らないが、血しぶきが飛び散る戦闘場面は、監督の面目躍如といったところ。「ああ、ここにもプライベート・ライアンの影響は及んでいるのだ」と思わされたのは、戦闘シーンになると、画面がセピア色を帯び、コマ落としで動きがギクシャクし始め、画像が妙にざらざらして見えるようになること。

  この手法は、「プライベート・ライアン」でスピルバーグ監督が、戦闘の迫力を増すために当時のニュース映画のタッチで映像を作ったことによる。以降、いろんな映画の戦闘シーンでこの手法は採用されていて、明らかに、「プライベート・ライアン」以前、以降では戦闘シーンに変容が見られる。

  しかし、今回書き付けておきたいのはそんなことではなかった。

  三国志におなじみの登場人物を、有名俳優が演じている。諸葛孔明を金城武、周瑜をトニー・レオン、劉備をヨウ・ヨンが演じている。そして、曹操を、チャン・フォンイーという、「さらば、わが愛~覇王別姫」の主役を演じた有名な俳優が演じているのだが、この人の顔が、なんだかTOKIOの城島茂君にそっくりなのである。城島君、年取ったらこんな顔になるんだろうなあと、チャン・フォンイーの熱演を眺めながら考えている自分がいる。

  一度そう思ってしまうと、曹操が登場するたびに、あ、城島くんだ、と思うようになり、どんな荘重な演技も、城島君が演じているように思えてきてしまって、はなはだ感情移入しにくくなってしまうのである。

  そんなことってないですか? ある人の顔を見るたびに、似ている誰か別の人間を思い浮かべてしまう、ということが。たとえば政治家の加藤紘一を見ると、必ず、私は太った吉幾三を思い出す。加藤がもっともらしいことを言い始めると、何言ってんだよ、幾三、と思ってしまうのである。

  チャン・フォンイー=城島茂説、ぜひ映画館に足を運んで確かめてみてくださいな。

  

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2008年3月 4日 (火)

コーエン兄弟の「ノーカントリー」を観る。

  火傷をすると、その部分が、水ぶくれと呼ばれる症状を呈する。皮膚の薄皮が浮いて、その中に水状の体液がみっちりたまったようになり、「それ、つぶさないようにね。自然に治るのを待たなくちゃだめよ」と親に言われたものだったが、必ず、何かの拍子につぶしてしまうのだった。つぶすと体液が漏出し、薄皮がその下の本皮(なんと呼ぶんでしょうかね。真皮?)にいびつにくっついて、変な具合になってしまう。そうなると、治りも、あまりよくないし、治癒後もなんとなく痕が残ってしまう・・・・・。

  トミー・リー・ジョーンズの顔をみると、必ず、つぶれた水ぶくれを思い起こす。彼の両目の下には、そんな風に、妙なしわがたるんでいる。この世の「見なくともいいもの」をあまりに多く見てきてしまった、老いた男の疲れた人生を感じさせる、面構えである。

   コーエン兄弟の新作映画「ノーカントリー」は、テキサスの保安官を演じるトミー・リー・ジョーンズが、「このろくでもない国よ」と、全編、嘆息をついているような映画である(よく考えると、サントリーのBOSSコーヒーのCMにトミー・リー・ジョーンズを起用した人は、恐るべき慧眼であるといわねばならない。顔面から、厭世観がにじみ出る度合いは、全人類中NO1だと思う)。

  映画のオリジナル・タイトルは「NO COUTRY FOR OLD MEN」。
「じいちゃんが住めるような国じゃないな」である。「俺たちに明日はない」ではなくて、「じいちゃんに住む国はない」である。
   映画に充満する「ろくでもなさ」は、執拗に描写される、リアルな血と傷と死体の描写に代表される。
  乾いた土に染み込んでいく血液、車の衝突事故で腕から飛び出た骨、射殺体がむき出す白目や、死後硬直した死体の数々。そんなものを次々に見せつけられると、意味のない、むき出しの暴力こそが、この国の「ろくでもなさ」の代表なのだと、コーエン兄弟は宣言しているのだろうかと、解釈しそうになる。

   しかし、実はこの映画から、何らかのメッセージを汲み取ろうとしても、おそらくは失敗する。ベトナム戦争が終結してから5年。1980年のテキサスに横溢していた「ろくでもなさ」を、コーエン兄弟が精緻に告発しようとこころみているかといえば、全然そんなことはないのである。1980年、というのも、亡くなった老婆の墓石にそう彫られているから分かるまでで、画面から、「時代」が匂いたってくるわけではない。画面から伝わってくるのは、アメリカを覆っていた「ろくでもなさ」というよりは、とてつもない「狂気」の災厄の「恐ろしさ」とでもいうべきものなのである。

  あるいは、OLD MENとYOUNG MENとの絶望的な確執が描かれているかというと、そんな気配もない。たしかに、老人たちは、
「20年前に、テキサスの青年が緑の髪をして鼻にピアスをするようになると想像したか?」
「老人の年金を奪うために、その老人を拷問にかけるやつが現れるなんて思ってもみたか?」
「失ったものを取り返そうと努力すれば努力するほど、俺たちは、もっと失ってしまったんだ」
 と泣き言を並べるが、そんなものは、単なるスパイス。いつの時代にも、OLD MENが吐露する繰言に過ぎない。

 余談になるが、この映画に登場するOLD MENたちの存在感たるや、ただものではない。この映画を観て、一番驚愕したのが実はこの人のいい、田舎のじいちゃんたちの存在感である。
  酸素ボンベの凶器で眉間を打ち抜かれたじいちゃん、因縁つけられておたおたするガソリン・スタンドのじいちゃん、道端でバッテリーあがりの車があるとみて、親切にケーブルを持って降りてきて、殺されちゃうじいちゃん。道端に転がり出てきた逃亡者を、助手席に乗せてやったとたんにのど笛撃抜かれて血を吹き出して死んじゃうじいちゃん。
  どのじいちゃんも、テキサスで生活する本物のじいちゃんで、たまたま頼まれて演技しているだけではないのか、という気にさえさせられる。このリアリティには舌を巻くが、それはあくまで、余談である。

 結局のところ、この映画は「暴力についての寓話」なのだ。

 逡巡も、悔悟もない「純粋暴力」の間断なき遂行。映画の始まりから終わりまで、観客は「そこ」に釘付けにされる。人間的解釈が入り込む余地がほとんどない、精神病理的暴力を目の当たりにして、われわれの身内には終始、「緊迫感」がみなぎる。今にも断切してしまいそうなほど、きりきりと張り詰められたピアノ線のような緊張感で観客はくたくたにさせられるのだ。

 時に、「暴力」の叙情性、あるいは「恐怖の静謐」としか呼びようのないものが、画面にふっと現れることがある。それはひとえに映像の力による。暮れなずむ砂漠。赤茶けて乾燥した土に染み入る血液。トレーラーのソファに座って何も映っていないTV画面を見つめる殺人鬼(TV画面に反射する彼の姿をカメラはじっと無味乾燥にとらえるが、なぜか、本来そこに映っていいはずの撮影しているカメラ機材が映っていない!)。
 しかし、それも、実はスパイスでしかない。

 不条理な「純粋暴力」の遂行と、それにともなう「緊迫感」以外に、この映画には、何もない。もちろん、それがいけないといっているわけではない。それだけでも、驚愕すべき才能を兄弟は賦与されていると思う。しかし、それ以上の「何物か」を画面にまさぐってみても、我々は何もつかみ出すことはできないだろう。
 その意味で、クエンティン・タランティーノの「キル・ビル」に近い。よくよく見比べてみれば、どこか似ていませんか。風合いが。
 雑然としたトレーラーでの生活。赤茶けた砂漠。貧困。血。暴力・・・。

「純粋暴力」という火で焼けただれた水ぶくれの中に詰まっているのは「緊迫感」という体液である。間違っても押しつぶしたりすることなく、水ぶくれを、水ぶくれとしてそのまま静かに保持しつつ、最後まで楽しむというのが、この映画に接する一番正しい方法のような気がする。

 

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