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<title>路傍の意地</title>
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<description>ちょい悪どころか、ちょいボケだあ。　
     たそがれ時のオヤジの咆哮を聞け！</description>
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<item rdf:about="http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-e1f8.html">
<title>「トイレの作法」試論</title>
<link>http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-e1f8.html</link>
<description>　　 消臭スプレーの話を書いたからなのか、トイレのことをあれこれ考えるようになり...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　&lt;br /&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 消臭スプレーの話を書いたからなのか、トイレのことをあれこれ考えるようになり、いつの間にか、頭の形がＴＯＴＯのようになってきた。これから先はトイレ話を全面スプラッシュしたいと思う。尾籠な話も山盛りなので、その手のお話が苦手な方はそそくさとお引き取りいただきたい。誤って踏んづけると、滑ってころんで大変なことになっちゃいますよ・・・。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　女性の方々には想像もつかないことだが、長年にわたって、男性用小用便器を使用していると、たまに思いがけない出来事に出くわす。ご承知のように、百貨店や会社や映画館などでは、男性用小用便器は横にずらりと並んでいる。これは世界中（といっても知っているのは15カ国で、アマゾンの奥地やアフリカについては知らないが）どこでもそうなっている。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　その便器間の境目には小さな目隠しが設置されていることもあるが、たいがいは何もない。ジョジョーと排泄していると、見知らぬ誰かが隣にやって来て、やはりジョジョーとやっている。別に首を曲げて覗き込むわけではないのだが、なんとなく雰囲気で、その見知らぬ誰かの排泄行為は大体が自分と似たり寄ったりなのであるということは察知される。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; しかし。ときにぎょっとするような振る舞いをする御仁が隣に来ることがある。会社の同僚のＳ君は雑誌を持ってトイレにやってきて、雑誌を小脇に抱えた後、チャックを下ろし、下着の中から泌尿器をおもむろに取り出して、しかるのちに、再び両手で雑誌を持ちなおして読みふけりながら排尿するのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; うーむ、われわれ小物にはとても真似のできることではない。小物は小物ゆえ、両手できちんと目指す方向を良導してやらないと、あたり一面の惨劇を招きかねないのである。しかるに、Ｓ君は・・・・。いったいどうしているのであろうか。長いホースを便器の端にちょこんと乗せて、その豊かな自重でもって方向性を確保しているのであろうか。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; まことに興味深く、ちょっと覗き込んでみようかという誘惑にかられはしたが、さすがにそれも憚られ、「手離し排尿の奥義」はまだ見極められないでいる。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; かと思うと、ときどき、とんでもない奴が隣に来ることがある。女性の方々はこれまたご存知ないであろうが、男性諸氏は排尿後、淑女の皆様のように「紙で拭く」ということをしない。え、と驚かれるかもしれないが、残念ながらしない。では、どうするか。簡単なことである。尿道に残った出残りをしごき出し、かつ先っぽに残った「しずく」をぷるるんとはね飛ばし、「これできれいになった」ことにして、そそくさとホースを格納するのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　冷静に考えてみると、ちっとも「これできれいになった」わけではないと思うのだが、ここであんまり神経質になっても仕方ないので、とにかくそれでよしとするのである。この「しずく」のぷるるん行為は人によってまちまちで、下半身全体を上下にゆすり（オランウータンがウホッホと叫んでいる状態に似ている）、その動きにシンクロしてホースがたゆたい、結果しずくをはね飛ばす人がいるかと思えば、指先のみの動きで、厳密に言えば人差し指と中指の間にホースを挟んでぴゅっとしずくをとばす人もいてまちまちであるが、まあ、一般的に言ってそれらは常識的なぷるるん行為であると言っても差し支えないであろう。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　先日出くわした「戦慄のぷるるんオヤジ」はそんな常識的なものでは一向になかった。なんと、ホースの根っこを右手でしっかと押さえ、縄跳びの紐を360度振り回すようにブルルン、ブルルンとぶん回し始めたのである。王貞治の一本足打法も真っ青である。「テメー、このやろ。テメーのしずくが私のズボンやきれいに磨いた靴にかかるじゃねえか」とガツンといってやりたいのだが、なにしろこちらも最中であるから、はなはだ気合いが入らない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　何にも言えなくて、ただ、この「戦慄のぷるるんオヤジ」側ではない方向に身をよじって避け（といっても何しろ最中なので、慎重にツツツと逆サイドに両足を寄せ）、前代未聞の災禍から身を守ろうとするばかりなのであった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　さて、こんな珍妙な体験を積み重ねるうちに、私は「トイレにおける人の所作」について色々と考えるようになった。もっと正確に言うと「トイレでの作法を人はどうやって学ぶのか」に思いを至すようになったのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;「トイレでの作法を人はどうやって学ぶのか」。これについては男性も女性もないのだが、振り返って考えてみると、実はこのことについて、私はきちんと学んだという記憶がない。ナイフとフォークを使っての食事のマナーについては学校で確かに学んだが、大小便の排泄方法とその後の処理について、義務教育課程では誰も何も教えてくれなかったのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; もっと言うと、食べること、排泄すること、眠ることなどなど、人の一生において数限りなく繰り返される一連の行為について、義務教育は実に不思議なことに、なにほどのことも教えてはくれないのである。本来ならば、その意味や適切な方法や知恵について、人生の先達たちが教授してくれてもよさそうなものだが、そのことについては誰も配慮してくれない。因数分解やモル数や源氏物語や三権分立については教えてくれたけれど、「適切なぷるるん行為」については誰も教えてはくれなかったのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; そしてどうなったか。誰もその適切な方法を教えてはくれないにもかかわらず、どなたにも事態は切迫する。しかたなく我々は、まだ物心のつく前から、必死でそれまでの短い人生経験を参照しながら、まるで孤児のように、なんとか独力で事態を解決し、乗り越えてきたのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; ことは単に「ぷるるん行為」だけではない。まだ幼い我々を待ち受けているのは、「小」だけではなく、情け容赦なく「大」の試練も襲い掛かる。かちんかちんで切れちゃいそうなときはどうすればよろしいのか。しゃびしゃびでひっきりなしに間歇的に溢れ出そうなときはいかに対処すればよろしいのか。事後、どのように拭けばよろしいのか。前から？　後ろから？　紙はどのくらい重ねておけば指の安全は確保されるのか？　清拭後は、紙を視認し、まだ拭き足りないのか、もうこれでよろしいのかを判断する？　どのくらい拭けば「よし、これでよし！」となるのか。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; いたいけな子供たちは、このすべてを一人ぼっちで、対応してきたのである。考えてみれば涙ぐましい試練であると言わざるを得ない。するとここで、「いや、小さい頃に親に教わっただろう」という反論をする方がいるかもしれない。確かにオムツが取れた頃に、親はいくつかのアドバイスをしてくれたかもしれないが、そんなことあなた、覚えていますか？&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; あらゆる人は、人生のごく初期に両親から「排泄のマナー」について教えられたかもしれないが、そんなものは比喩的に言えば2,3歳のころに「あいうえお」を教わるだけで、あとは自力で哲学書を読めるようになるようなものではないのか。だいたい、男性の「ぷるるん行為」について、女親が適切な指導ができるとはとても思えないではないか。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; かくして、人は、おのがじし、トイレという密室の中で他者からの指導や影響を受けることなく、その一生を使って、独力で、自らの経験と発意と知恵のみで「トイレの作法」をあみ出し、進化させてきたのである。密室ゆえに相互の影響もない極めて独自な進化である。まるでガラパゴス諸島で、生物たちが他の地域とは全く違う進化を遂げたように、各自、個室でユニークな進化を遂げたのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 前述の「戦慄のぷるるんオヤジ」などは、そのいい例である。しかし、これはあくまで「小」の方の話であって、男性の「小」はＯＰＥＮな環境下で遂行されるため、まだしも相互の影響や学習の機会が保たれていて、腰を抜かすほどの進化とはなりえていないように思う。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 驚愕の進化は、個室でこそ遂げられる。男性の「大」、女性の「小」「大」「その他」は想像するに（想像するしか手立てはないのだが）、「想像を絶する」進化を遂げているに違いないと思う。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 常識的に考えて「そっちの方向に進化しちゃまずいだろう」という進化でさえ、それを阻止し、押し留める要因が皆無なため、カンブリア紀の生物のように多彩で爆発的なものになっている可能性は大きいのではなかろうか。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; しかし、その「進化の驚愕的多様性」について、我々はついに知る機会はない。なぜなら、よっぽどの物好きたちが、自らの進化について赤裸々にカムアウトしない限り、知りえない事柄だからである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; そんなこと、誰もしませんわね。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; しかるに、なぜ私が「トイレにおける作法は独自に進化する」という考えにとらわれたかというと、ごくまれに「自らの作法」と「他者の作法」が違うということを知る機会を持ったからなのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; もう何十年も前のことだが、会社の女性用トイレの前を通りかかったとき、その中から「カランカランコロンコロン」という音が高らかに聞こえてきたことがあった。今から思えばその音はトイレットペーパーホルダーの金属製のカバーが、ホルダーが取り付けられているタイル壁に勢いよく当たって奏でる音だったのであるが、そのときにはまだ、なぜカバーが勢いよく壁に当たるのかが分からなかったのだ。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;それからしばらくして、会社の作業台で残業夕食のラーメンを何人かで食べていたときのことである。その作業台の上には、口を拭いたり、台を拭いたりするためにトイレットペーパーがひとつコロンと置かれていたのだが、一人の女性が食べ終わるや、そのトイレットペーパーを手に取って両腿の上に置き、両手でペーパーの端をつかんで両手をクルクルと猛然たるスピードで回し始めたのである。うまく説明しにくいのだが「カイグリカイグリトットノメ」を行うときの手の動作と同様の動きである（もっとわかんないか）。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;その時、私は「わお、トイレットペーパーをそんな風に勢いよく大量に取り出す人がいるのか！」と驚いた。私のそれはもっと静かで慎ましやかなものだったからである。驚いて聞いてみた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;「あのー、トイレでもそうやって勢いよく紙を取り出してるの？」&lt;br /&gt;　　彼女はちょっと困惑し、顔を赤らめて「うん」と答えた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; なるほど、あの「カランカランコロンコロン」はそういう理由だったのか、と得心するとともに、紙の取り出し方ひとつとってもこれほどに自分と違う人がいるのかと驚くことにもなった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; もう一回の体験は、何かの拍子で（多分、銀座のクラブでだったと思う。話すことが何もなくなったので、やけっぱちでその話題を唐突に持ち出したような気がするが、何しろ酔っ払ってのことなので正確には思い出せない）、「お尻を拭くときは前からか後ろからか」という下らない問いかけを周囲の若い女性たち（ホステスなんですけどね）に投げかけたことがあった（それも複数回）。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;「前からか後ろからか」というのは、「前から後ろに向って拭くのか、後ろから前に向って拭くのか」という下らない問いかけではない。手を前からもっていくのか、後ろから持っていくのか、というもっと上質な質問だったのであるが、彼女たちは「はあ？」という顔をして、「そんなの、後ろからに決まってるじゃないの」と応答したのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　私は驚いた。「え？　後ろ？　あのね、手をどちら側から持っていくのかという話だよ。前ならば、両脚の間に、つまり股間に空隙があるからすんなりそこから差し込めるよね。でも後ろだったら、便座にピッタリくっついているお尻を少し持ち上げて隙間を作り、そこから手を持っていくんだよ。わかってんの？　そんな面倒なことをしてまで、後ろなの？」「そうよ」「・・・・・・・・」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　私はまたしても、驚愕した。私には「前」しか不可能なのである。腕が短いので、とても後ろから回しこむことなど不可能なのである。もう五十数年間、ずーーーと「前」からであって、それ以外に選択肢はない。私にとっては「前」が常識だったのであるが、しかし、目の前にいるこの人たちにとってはそんなことは全くの「非常識」だったのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　&amp;nbsp; そんな経験を通して、私は、少なくとも「トイレの個室での作法」は人によって全く違う。1000人いれば１０００通りの「その人にとっての常識」があるのだ、ということをしみじみと悟ったのだった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　人は、その生涯を費やして、たった一人で、誰からの手助けをも受けることなく、孤独に、自らの「トイレでの作法」を確立していく。その作法は、人生の晩年ともなると、それなりの完成度を見せているに違いない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　しかし、その人が一生を費やして辿り着いた「トイレでの境位」も、その人が死ねば同時に死に絶える。一生涯かかって完成させた「トイレの作法」は、誰にも伝承されることなく、無に帰するのである。そう、このブログをあなたが読んでいるたった今も、世界中で、様々な「トイレの作法」が消滅していっているのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　そうして、ここまで考えてきて分かることは、その人が死ぬことによって消え去ってしまうものは、何も「トイレの作法」に限らないだろう、ということなのである。思想も、哲学も、文学も、みなおなじように、泡のように消え去っていくもののように思われるのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>キーボウ</dc:creator>
<dc:date>2009-12-28T15:49:34+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-8d23.html">
<title>トイレの消臭スプレー随想</title>
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<description>会社のトイレに「消臭力」という名のスプレーが置いてある。 もちろん、ナニの直後に...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 会社のトイレに「消臭力」という名のスプレーが置いてある。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; もちろん、ナニの直後にシューっとして、ナニの臭いを和らげ、あとから来る人に不快な思いをさせないための物である。なかなか気の利いた商品であるが、これは私が近所のドラッグストアで買ってきて、会社のトイレに置いたものでもある。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; ナニの最中には何か読み物が必要である。新聞や雑誌などが最適であるが、ときとして持ち込むことを忘れたりする。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; そんなときには何でもいいから何か読むものはないかとあたりを見回す。どうしても見つからないときには、財布からお札を出してしみじみ眺めたり、クレジット・カードの裏側をじっくり読んだりする。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 先日もそうだった。たまたまスプレーがあったので手にとって細かく読んでみた。読んでいるうち、アレッと思うことがあった。商品名は「消臭力」なのだが、最後の「力」の下にカタカナで「リキ」と書いてあるのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;「ショウシュウリキ」？　「ショウシュウリョク」じゃないのか。何でだろう。ショウシュウリキ、ショウシュウリキ、ショウシュウリキと口ずさんでいるうちに、おお、と思った。「長州力」のもじりなのか。それは凄い話ではないか。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; トイレの臭い消しのスプレーに「長州力」をもじって「消臭力」というネーミングにするなどというのは只者ではない。きっと関西の会社であろう、とスプレーの底を見ると「エステー株式会社」とある。どうも、関西系ではなさそうである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　&amp;nbsp; &amp;nbsp;世の中には凄い人がいるものだと思いつつも、長州力の気持はいかばかりであろう、と思ってみたりした。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　&amp;nbsp; &amp;nbsp;その後に思ったことは、「消臭力」では一般名詞すぎて、商標が取れなかったのかもしれない、ということだった。そこで一計を案じて「力」を「リキ」と読ませる。そうすることで商標を確保する。実際は、そういうことなのかも知れない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　というところまで考えたとき、扉をコンコン叩く音がして、「いいかげんにさっさと出たらどうなんだ！」とどやされた。こんなやつのためにスプレーを使用することはよそうと思った。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>キーボウ</dc:creator>
<dc:date>2009-12-21T10:40:14+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-403a.html">
<title>内田樹「日本辺境論」を読んで分かったこと</title>
<link>http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-403a.html</link>
<description>　　内田樹氏の「日本辺境論」（新潮新書）を読了。といっても、発売と同時に買って読...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　内田樹氏の「日本辺境論」（新潮新書）を読了。といっても、発売と同時に買って読み終えたので、読了したのは随分前のことなのだが、なかなか感想を書く気がおきなくて今日になってしまった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　書く気がおきなかったのは、もちろん、あまり刺激的ではなかったからである。なぜ刺激的ではなかったかというと、その理由ははっきりしている。氏のブログをこまめにチェックしている「タツラー」(内田ファン)の身には、書かれていることの大半がすでに、氏のブログで読んでしまっていることだったからである。つまり、「この話、もう読んだことがあるよ！」という、はなはだ新鮮味に欠けた内容に思えたからである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　やっぱり、書下ろしの新刊を上梓する場合には、その中身をちょろちょろ小出しにするべきではないのではないかと思わざるをえない。それは、言ってみれば、ある映画をロードショーで公開する前に、パート、パートをTVで小出しに見せるような、あるいは、絶世の美女が、結婚前にパートナーにその裸身をチラチラ晒して見せるような、そんな種類の愚挙に類するのではないか（ちょっと違うか？）。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　そんな退屈さの中で、おや、と強く興味を引かれたのは、内田氏が人称代名詞に関して言及している個所だった。内田氏は、この本を書き始めるにあたって、自身のことを「ぼく」と記述することにしたのだという（なんだか村上春樹みたいだが）。ところが、あれこれ難しい話を書いているうちに、どうしても「ぼく」では乗り切れなくなったというのである。内田氏はこう書いている。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜（・・・・）とにかく勢いで突破せねばならない行論上の難所にぶつかったとき、「私」に切り替えたのです。「ぼく」では腰が弱すぎて、この難所を越えられないと思ったからです。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;「ぼく」という書き手は読者と非常に近い位置にいる（ことになっている）。だから、想定読者がたぶん知らないような人名や概念には言及しない（言及する場合もかならずていねいに説明して、「周知のように」というような意地悪なことはしない）。いつも読者と「同じ目線」をキープして、「この人は、読者を置き去りにすることはないよな」と読者を安心させておいて、ゆっくり進んでゆく。ところが、ときには読者との親密な距離を保っていると飛び越えることができない行論上の段差に出くわすことがあります。読者と手を繋いで歩いている限り、それは飛び越えられない。一時的にではあれ、読者を置き去りにして、書き手だけが必死の思いで「向こう側」に飛び移り、それから縄梯子を作って垂らすというような二段構えでゆかないと越えられない難所がある。＞（Ｐ２１３－２１４）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　内田氏は、これに続けて、とりわけ、「宗教」のことを論じ始めたときに、「ぼく」で書き続けることに困難を覚えた、と告白している。それを読んで、どれどれと、その部分を再読してみると、「私を絶対的に超越した外部」（Ｐ１５９）という文言に出くわした。なるほど、確かにこれが、｢ぼくを絶対的に超越した外部｣であったならば、どうにも緊張感が足りないよな、と実感した。へなへなでなかなか前に進みにくいというのはよく理解できる。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; それだけではなく、「日本辺境論」は全編「です・ます」で書かれているが、注意深く読むと、ところどころでそれが破綻している。「だ、である」に切り替わっている場所が数箇所あるのである。これも、「行論上の難所」を乗り越えていくためには必要な処置だったのだろうな、となんとなく納得できないわけではない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　しかし、さて、とその次に思ったのである。「私」が「ぼく」でも、「だ、である」が「です、ます」であっても、本1冊を通じて筆者が読者に伝えたいと思ったことは、ちゃんと伝わるのではないか。筆者が懸念するほどに、語句の微妙な差異は、読者の理解の妨げにはならないのではないか、と感じたのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; なぜというに、たとえば、外国語で書かれた文章を読んでいるときのことを思い起こしてみればいい。英語ならば、Iという「私」があり、BEという「です、ます」　があるばかりなのに、私たちは、それを適切に日本語に置き換えて筆者の言わんとするところを理解しているのである。同様の脳内作業を行えば、内田氏が読者に伝えたかったことは、「私」が「ぼく」でも、「だ、である」が「です、ます」であっても、理解はできるはずなのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; つまり、内田氏がこの本一冊を使って読者に伝えようとした「知的な標高」は、語彙の瑣末な差異（しかもその差異は、日本語のネイティブでないと、感覚的には理解しがたいだろう）などとは関係なく、読者の知的作業を経由して十全に伝達されるのではないか。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; そう考えていたときに、内田氏のブログで、こんな文章に出くわして、なーるほど、とまたしても思ってしまったのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜書物を読むというのは理想的にはその書き手の思考や感情に同調することであるけれど、よほどの幸運に恵まれないかぎり、そんなことは起きない。&lt;br /&gt;私たちにできるのは、文字を読むことと音声を聴くことだけである。&lt;br /&gt;書き手の脳内に何が起きたのかを知ることはきわめて困難であるけれど、書き手がその文字を書き記していたリアルタイムにおいて書き手が「その文字」を視認し、「その音声」を聴取していたことはまちがいない。&lt;br /&gt;その文字を見つめ、音を聴く限り、読み手と書き手は「同じ経験」を共有している。&lt;br /&gt;「作者は何が言いたいのか？」というようなメタレベルに移行した瞬間に、「同じ経験」の場から私たちは離脱してしまう。&lt;br /&gt;あらゆる感情移入はまず身体的体験の同調から始まるべきだと私は思う。&lt;br /&gt;そのためには「理解する」や「解釈する」や「批判する」より先に「見る」と「聴く」にリソースを集中すべきだと私は思っている。&lt;br /&gt;たいせつなのは外部からの入力を自分の脳内に回収して、分類し、整序してしまうより前に、手つかずの外部入力「そのもの」に、「生」の入力情報に、身体的に同調してみることだと思う。＞(2009年11月28日）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　つまり、内田氏は、内田樹が、キーボードでその文字を打ち込み、脳内ではその文字を音声化して反芻している、まさにそのリアルタイムの成行きにこそ、読者は同調すべきなのだと言っているのである。外国語を日本語に置き換えて、読み進む行為に一瞬遅れて理解するような、調理的理解ではなく、今目の前で生成する「生モノ」に接する行為こそが読書の醍醐味なのであると、繰り返し主張しているように思える。だからこそ、内田氏にとって、一人称は「ぼく」ではなく｢私｣であらねばならず、「です、ます」が時には「だ、である」に変換される必要があったのだな、と理解できる話ではある。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　そして、この文章を読んでいるうちに、私にとって、「内田氏の書き物を読む快感」というものがどういうものであるのかが、分かったような気になった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　端的に言うと、「内田氏の書き物を読む快感」とは、その書き物が到達した「知的な標高」の高さそのものではなく、内田氏がその「標高」に到達するまでのプロセスの「特異さ」を味わう喜びなのである。「知的な頂上」（それがエベレスト並みなのか愛宕山並みなのかは読者ひとりひとりによって異なるだろうが）に辿り着くまでの、内田氏の、その登りっぷりを見ていること&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;楽しくて仕方ないのだ。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　内田氏は、ときに片手で、時に墜落しそうになりつつも、誰も登ったことのないルートを（わざわざ選びながら）、素手で、果敢に攻めるのである。氏が「理路」といい「行論」というのは、まさにこの「登攀ルート」に他ならない。その奇抜でアイデアに富み、かつアクロバッティックな「登り方」が、下から見上げているものにはたまらなく面白いのだが、登攀者にしてみれば命がけである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　手が滑れば、真っ逆さまの即死だからこそ、「ぼく」ではなく、「私」という人称のロージンバッグを手のひらに丹念になでつけながら、内田氏は今日も、一歩一歩這い上がっていくのである。まことに申し訳ないけれど、それを下から見物させていただく恍惚は、読書が持つ、無上の喜びを私に思い知らせてくれるのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

<dc:creator>キーボウ</dc:creator>
<dc:date>2009-12-17T18:28:07+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-a1f8.html">
<title>ネズミが来た！</title>
<link>http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-a1f8.html</link>
<description>　 築１０年の木造住宅に住んでいる。自室は１階の北側にあり、毎夜そこで眠っている...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　&lt;br /&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;築１０年の木造住宅に住んでいる。自室は１階の北側にあり、毎夜そこで眠っている。真上には台所と風呂場がある。バスタブには一晩中お湯がたまっているので、その真下は気持、暖かいような気がする。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt; 　そのせいなのかも知れない。毎夜、３時か４時頃、ネズミくんがやって来る。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;初めてその足音を聞いたのは４年ほど前のことである。シーンと静まり返った真夜中、天井に、パタパタパタという、ネズミくんのかわいい足音が聞こえた。四肢の動作が手に取るように分かる、細かな足音である。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;最初は、幻聴ではないかと、思った。ついに自分は精神が錯乱してしまったのだと思ったのだ。アメリカ風輸入住宅の１階の天井裏をネズミくんが走り回るなんてことを、誰が思いつくだろうか。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;しかし、それは幻聴などではなかった。ネズミくんは毎夜、決まった時間になると、頭上を走り回り始めたのだ。家を建ててくれた工務店の担当者を呼んで、夜中にネズミくんが走り回って困る、と訴えたのだが、しばらく家の周りを調査した後、「ネズミが入り込むすきまなどありません」と断言して帰っていった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;仕方がないので、大好きなホームセンター「Ｊマート」に行って、ネズミ撃退機（コンセントに差し込むとキーンという超音波を発する）を数個買ってきて部屋のあちこちに取り付けてみた。そのおかげか、ネズミくんは、しばらくはおとなしくしてくれていたようである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;しかし、ここ最近、撃退機などなんのその、ネズミくんは毎夜３,４時にパタパタパタという足音をさせてやってくる。普通は歩いているのだが、時々は走り回ったりしている。時には複数の仲間もやってきているのか、チューなんていう奇声をあげたりして騒いでいる。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;最初のうちはスリッパを天井に投げつけたり、ゴルフ・クラブで天井をガンガン叩いたりしていたが、全然効果がないのでやめた。そのうちに年老いて、死んでしまうだろうと思ったのだ。もっとも、その子供たちがやってくるかも知れないけれど・・・。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;子供の頃、大阪市阿倍野区阿倍野筋の長屋のような住宅に住んでいた。平屋で３軒ぐらいが連なっていて、境目は単なる土壁が一枚あるきりだったから、落語に出てくる長屋のようなありさまである。昭和３０年代の話である。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;この家でもネズミくんは跋扈していた。夜中に家族４人が並んで寝ていると、天井裏をドタバタドタバタと走り回っていた。そのこと自体には、別段に問題はなかったが、困ったのは、天井からネズミくんのダニが落ちてくることだった。朝起きると、お腹のあたりが咬まれてプチプチと赤くなっていた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;やつらをやっつけなければならない。親たちはそう思ったに違いない。猫いらずが家の各所に置かれ、ネズミ捕りのボックス（針金の網でできたやつ）もしかけられた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;ある夜、押入れから布団を出そうと、襖を開けると、布団の隅に、ネズミくんがいた。元気がなく、じーっと暗い目でこちらを見つめていた。猫いらずを食っちゃったのだ。この毒を食らったネズミくんは、明るいところに出てきて昇天する。今わの際のネズミくんの目はなんともいえず恨めしそうだった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;明るいところに出てきてくれるネズミくんはまだ立派なほうで、中には天井裏でご臨終になるネズミくんもいた。するとどうなるか？　天井裏で腐るのである。２週間ほど、家の中に腐臭が漂う。その臭いは今でも思い出すことができる。独特の甘い臭いである。そして、天井の板に半径５０センチほどの奇妙な形のシミができた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;当然、ネズミ捕りの網にかかるネズミくんもいた。網の中でチューチューいっている。哀れである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;長屋の前には下水が流れていた。幅２５センチ、深さ１５センチほどのくぼみが走っていてそこを生活排水が流れている。蓋はない。ときどきキャッチボールのボールがその汚い下水に飛び込むことがあったが、当時の少年はそんなことは一向に平気で手で拾ってキャッチボールを続けていた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;その下水の壁はぬるぬるしていて、よーく目を凝らしてみると、角ばった場所に赤い色をした糸のような虫がへばりついてうようよしていた。金魚の餌にするような虫である。近所の少女たちはこの下水に跨っておしっこをしていたから、大らかな時代である。当然われわれもそこでおしっこをした。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;そんな下水があちらこちらから集まるコーナーのような場所があり、そこの水位は５０センチほどの深さがあった。網に入ったネズミくんはザブザブとそこに漬けられた。何とか呼吸をしようと鼻を上に向けチューチュー泣いている。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;たまたまそのとき、そばに祖母がいて、手に金槌を持っていた。それで、網から必死で突き出しているネズミくんの鼻先をガツンと叩いていた。いいようもなく哀れである。死んだネズミくんをどうやって処分していたのかは皆目記憶にない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;そんな具合で、ネズミくんとの付き合いは長い。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;高校時代のことである。実家が山奥なので、一般の民家に下宿していた。朝晩、食事を用意してもらい、風呂にも入らせてもらっていた。ある夜、喉が渇いたので、台所に入っていき、パチンと電気をつけた。その瞬間、ガサゴソガサゴソという音がした。何事だ、と驚いてそのほうを見ると、トースターのパンを入れるところ（長細い入り口）からネズミくんが、よっこらしょと出てきたのだ。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;驚いた。あんな狭いところからもぐり込んでパンくずを食っていたのである。トースターから飛び出したネズミくんはたちどころにいなくなってしまった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;困惑したのは翌朝である。朝起きて、食卓につくと、お皿の上にはトーストが乗っていた。うーむ、とためらった。食うべきか食わざるべきか。しばし悩んだが、トースターの中にネズミくんが入り込んでいますよ、とは言えなかったのだ。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;悩んだ末に高校生の私は、えーい、ままよとそのトーストを食べてしまったのである。熱で消毒されているから大丈夫だ大丈夫だと自分に言い聞かせながら・・・・。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>キーボウ</dc:creator>
<dc:date>2009-12-08T18:46:49+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-8a2b.html">
<title>ラブイズオーバーについて</title>
<link>http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-8a2b.html</link>
<description>偶然というのはあるものだと思う。以前、玉置浩二について、このブログに思うところを...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 偶然というのはあるものだと思う。以前、玉置浩二について、このブログに思うところをあれこれ書き連ねたことがあった（09/2/26）。すると、その翌日のスポーツ紙の1面に石原真理子との「復縁」が大きく取り上げられていて、ぎょっとしたことがあった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; またしても、似たようなことが起きた。特にそのことについて書こうと思っていたわけではないのに、話の流れでつい映画監督の斎藤耕一氏の映画「約束」のことを書いた。私にとっては、出目昌信監督の「俺たちの荒野」とともに、今でも忘れられない我が青春の日本映画の1本なのである(09/11/23)。その5日後、斎藤氏が80歳で亡くなったという新聞記事を目にしてやはり驚いた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; ああ、こうして我が青春にご縁があった映画人がひとり、またひとりと消えていくのだなと思うと、すこし淋しい気がした。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; 　カーラジオで、欧陽菲菲がが「ラブイズオーバー」と歌っているのを聞いて、思うところがあった。彼女は「ラブが終わった」と歌っているけれど、話の順番が違うのではないか、と思った。「ラブイズオーバー」なのではなく、私たちは「オーバーしてしまったものをラブと名づけた」のではないか、と思ったのだ。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; &lt;br /&gt;　　師弟愛でも、神の愛でも、祖国愛でも、家族愛でもなんでもいい。どの愛も、破綻するまでは私たちの意識の中で前景化することはない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 師弟愛は、師を失ったり、弟子が離反したときに、師弟の関係が充実していたときのことを思い出しながら、「それが失われてしまった」という形で哀切に回想されるときに生じる概念なのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　神の愛が、この地上に遍く降り注がれていたことは、昔も今も一度もない。少なくとも誰もその存在を実感したことはない。しかし、私たちの知らない大昔に、神の大きな愛で包まれていた時代があったという前提のもとで、私たちはいつのことだか分からないけれど、それを喪失してしまったという大きな悲しみとともに「神の愛」の蘇生を強く願うのである。その時に「神の愛」という言葉が誕生したのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　祖国から追われたり、他国に侵略されて不自由な環境に置かれたとき、人は、そうではなかった時のことを追憶しながら、祖国愛をひしひしと実感するのではないか。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　男女の愛も同様である。ふたりの仲が順調で、笑顔に満ち、会話がはずみ、心を許して抱きしめあっているその最中に、私たちは「男女の愛」を感じることはない。それまでの笑顔が消え、会話が途絶え、信頼がうせ、ふたりの豊かな関係を成り立たせていた一切合財を失ったときに初めて、私たちは痛切に「その人への愛」を感じるのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　あの暖かい笑顔にもう二度と接することはないのだ、あの愉快な会話を交わすことは、もう二度と再び訪れることはないのだ、という強い失意と欠落感の中で、私たちは初めて「ＬＯＶＥ」に遭遇するのではないかと思う。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>キーボウ</dc:creator>
<dc:date>2009-11-29T17:36:47+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-89c7.html">
<title>岸恵子とへちまタワシと本間雅晴中将</title>
<link>http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-89c7.html</link>
<description>●前項のタイトル「机上の脅威」というのは中学生のときに観たフランス映画「頭上の脅...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;●前項のタイトル「机上の脅威」というのは中学生のときに観たフランス映画「頭上の脅威」（Le Ciel sur la tête） (1964)　のもじりだったのだけど、そのことに気付いた人は多分誰もいなかったに違いない。フランス海軍の誇る新鋭空母クレマンソーと、未知の飛行物体との遭遇を描いたＳＦ作品。当時軍事おたくだった中坊は、撮影に本物のクレマンソーが使用されていることにいたく感激したものだった。監督は、岸恵子の亭主（当時。1975年に離婚）だったイヴ・シャンピ。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;1975年に岸恵子が結婚のために渡仏する際には、「一羽の美しい鶴が海を渡っていってしまった」とみんなが大いに嘆いたという。確かにその嘆息も理解できるほどに、1960年に公開された市川崑の映画「おとうと」（Tendre et Folle Adolescence）に登場する岸恵子はたとえようもなく美しい。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;原作は幸田文。フランス語のタイトルがついているのは海外で公開された際のものに違いない。岸恵子の美しさはその後も衰えることなく、1972年の「約束」（斉藤耕一監督）では40歳の大人の女の色香と哀しみを、思う存分表出していた。すっかりやられてしまった私はこの映画を5回ほど観た。最後には新宿の映画館内にオープンリールの大きなテープレコーダーをこっそりと持ち込み、全部を録音。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;まるでフランシス・レイのように流麗な宮川泰の音楽だけではなく、セリフまで暗記してしまうほどに繰り返し繰り返し聴いたものだった。音楽だけではない。まるでクロード・ルルーシュのような映像も、当時の日本映画にはありえないもので、長いレンズを逆光の中で平然と使用するそのテクニックに惚れ惚れとしてしまったものである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;1975年の3月の夕暮れ。パリ17区の公園の脇を歩いていた私は、偶然、岸恵子さんにばったり逢ってしまった。思わず目をむいて駆け寄り、「き、岸さん、ファンです・・・・・」。にじりよる私を岸さんは不安な目で見つめるのだった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;●会社の部下が先日のシルバー・ウィークに中東にヴァカンスに出かけた。女性の一人旅である。出かけた先が、レバノン、アラブ首長国連邦・・・・。そんなところにヴァカンスに出かける気持ちが分らないが、本人は「日本人が全くいないのでずいぶん珍しがられて、親切にしてもらいました」と意気軒昂である。部署の仲間に土産として石鹸を買ってきた。レバノン製の石鹸である。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　アラビア文字なので、それが洗濯石鹸なのか浴用石鹸なのかよく分らないのだが、匂いを嗅ぐといい香りがするので、多分これで体を洗っても大丈夫なのだろうと思い一個もらった。半径10センチほどの円形で、厚みが1センチほど。透明な石鹸をじーっと見つめていると、内部になんだか白い繊維状のものがつまっている。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;なんじゃ、これは、とよく観察すると、どうも「へちまタワシ」のようなのである。つまり丸い石鹸の中にヘチマが入っていて、石鹸をそのまま体にこすりつけると、石鹸がすこしづつ後退してタワシが露出し、体をごしごし洗ってくれるという寸法なのだ。ヘチマたわしにいちいち石鹸を付けるのが面倒なので、ええいっ、一緒にしてしまえ、というアイデアなんだと思う。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;これを観て、「うーん、ヒズボラの国だけあって、やることがズボラだね」とダジャレを飛ばしたが、誰にも受けなかった・・・。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;次に考えたことは、「ヘチマたわし」は極めて日本的な産物だと思っていたけれど、レバノンの石鹸がこういうことになっているということは、ひょっとして「ヘチマたわし」のルーツは中近東なのかもしれない、ということだった。ヘチマは胡瓜に似ている。胡瓜の「胡」の字は中国から見て西域、中近東あたりを指す文字である。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;胡麻も胡坐も胡椒もすべて原産地は中近東である。そこで「へちま」を調べると、「糸瓜」の別名とあり、原産地はインド。日本に入ってきたのは江戸時代とある。まあ、推測はほぼ的中したことになる。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;驚くべきことはこの次に記すことである。「ヘチマ」は「糸瓜」と書き、「いとうり」と呼ばれたが、そのうちに「とうり」と呼ばれるようになった。「と」の「うり」ということである。ところで、「と」は「いろは」の順番で言うと「へ」と「ち」の間に位置する。「へ」「ち」「間」。かくして、「とうり」は「へちま」となったんですと。知ってました？&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;●前項で、いろんな本を買い込んで収拾がつかなくなっているという話を書いたけれど、亀の歩みのごとくコツコツと楽しみながら一冊一冊読み進めている。立花隆氏や佐藤優氏のように「映像で読む」という芸当ができないどころか、一字一字声を出して読みそうな按配なので遅々として進まぬが、まあ、それも仕方ない。しかも浮気性なのであれを読み、これを読み、それにも手を付けるというだらしなさなのではなはだ効率はよろしくない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;そんな中で、目下、夢中になっているのがジョン・トーランドの「大日本帝国の興亡」で、すでに第三巻目まで来た。古本（３８年前に刊行）なので、文字のインクが色あせて灰色になっていて読みにくいことや、えらい黴臭いのが玉に瑕だが、面白いからまだ我慢できる。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;何が面白いといって、太平洋戦争の全貌を日米で発表された主な書物や文献を渉猟し、かつあきれるほど多数の関係者（今ではそのほとんどが鬼籍に入っている）にインタビューした後に執筆しているという、その内容の濃さである。この手法はその後、ニュー・ジャーナリズムに受け継がれ、デイヴィッド・ハルバースタムの諸作品に結実しているが、うむを言わせぬその猪突猛進的書きっぷりを見ていると、わが国のもの書きとは「スタミナが違う」と思わざるを得ない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;そんな「大日本帝国の興亡」を読んでいて心に残ったことをここに書き残しておきたい。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;フィリピン攻略時、司令官として第14軍を指揮した陸軍中将・本間雅晴という軍人がいる。当初の攻略は順調で、第14軍はマニラ市を占領に成功するが。バターンでは米比軍の頑強な攻撃を受け、多数の死者を出し作戦に失敗する。&lt;br /&gt;　　&lt;br /&gt;　その後、コレヒドール要塞から日本軍に投降した捕虜を別の地域に移動させるために、過酷な行軍を行い、7千人から1万人の捕虜が死亡したといわれている。いわゆる「バターン死の行進」と呼ばれるものである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; その時、自らが捕虜になりかねない状況にまで追い込まれていたマッカーサーにとって、本間は許せぬ存在だったに違いない。戦後、マニラ戦犯裁判に、「バターン死の行進」の責任者として本間中将を召喚し、死刑を宣告する。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 本間は、若い時期に英国留学の経験もあり、陸軍きっての親米英派を自認しており開戦にも反対し、比島では陸軍中央から叱責を買うほどに善政を敷いた積りでいたが、復讐心溢れるマッカーサーの前ではどうしようもなかった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 処刑は、1946年（昭和21年）4月3日午前0時53分、ちょうど4年前に陸軍第14軍司令官であった本間の口より総攻撃の命令が下された同じ月日、同じ時刻にあわせて執行された。当時、ほとんどの将校の死刑が囚人服で絞首刑であったのに対し、本間の場合は、略式軍服の着用が認められ、しかもその名誉を重んじて銃殺刑だった。（同じくマニラの軍事裁判で死刑判決が下された山下奉文の場合は囚人服を着せられたままの絞首刑）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 刑の執行を前に、本間は、次のように語ったという。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;「私はバターン半島事件で殺される。私が知りたいのは、広島や長崎の無辜の市民の死はいったい誰の責任なのか、という事だ。それはマッカーサーなのか、トルーマンなのか」。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 本間雅晴中将は黒い頭巾をかぶせられ、柱に縛り付けられた。その時、刑場に本間の、「さあ、来い！」という、気迫のこもった声が響いたという。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 長い前置きになったが、その本間が死刑執行の寸前に、子供に宛てて書いた手紙が、この本には引用されている。この手紙に私は感銘を受けた。長くなるが以下に引用する。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜之は父が御身達に残す此の世の最後の絶筆である。父は米国の法廷に於て父の言ひ分を十分述べて無罪を主張した。然しこんな不公正な裁判でこちらの意見が通る訳はない。遂に死刑の宣告を受けた。死刑の宣告は私に罪があると云うことを意味するものに非ずして、米国が痛快な復讐をしたと云う満足を意味するものである。私の良心は之が為に亳末も曇らない。日本国民は全員私を信じてくれると思ふ。戦友らの為に死ぬ、之より大いなる愛はないと信じて安んじて死ぬ。（中略）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　　これから世の中に立っていくに就いて&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　　常に利害を考ふる前に正邪を判断すること。&lt;br /&gt;　　　素行上に注意し、汚点を残さぬやうにすること。&lt;br /&gt;　　　一時の感情から一生の後悔を残さぬやう。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　　之を更に繰り返して訓戒して置く。御身等の顔を見ずに死んで行く事は何としても一番大きな心残りである。然しこれも運命で致し方はない。（中略）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　　いくら書いても名残はつきぬ。父は御身達が立派な人間として修養を積み人格を完成し世人の敬意を受けるやうな人となることを信じて且つ祈っている。（攻略）＞&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　　昔の人は偉かったとしみじみ思う。彼らは死を贖って、この国の未来を次世代に手渡したわけだが、果たして、我々は彼らの負託に十分応えているだろうか。忸怩たるものがある。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜常に利害を考ふる前に正邪を判断すること。＞&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　　身につまされないか？&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

<dc:creator>キーボウ</dc:creator>
<dc:date>2009-11-23T20:33:35+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-f52d.html">
<title>机上の脅威</title>
<link>http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-f52d.html</link>
<description>　　 机の上も、頭の中もちょっと収拾がつかなくなってきているので、いきおい、ブロ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　&lt;br /&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 机の上も、頭の中もちょっと収拾がつかなくなってきているので、いきおい、ブログの更新もかなわない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　一番の原因は、先日ここにでも紹介した「ぼくらの頭脳の鍛え方」（立花隆　佐藤優　文春新書）をじっくり読んでしまったからである。よせばいいのにその気になって、同書で紹介された本を何冊も購入してしまったのだ。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　悪いことに、アマゾンではどんな古い本でもクリック１発ですいすい買えてしまうのである。一昔前ならば古本屋巡りをするしかなく、神田や早稲田を歩いているうちに足が棒のようになってしまって、もういいやあ、と諦めもついたものなのに、今時はそうもいかない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　アマゾンで書名を入れて検索すればすぐに該当書物が現われてきてしまうのだ。しかも、中古で探すと売価が１円という本も少なくないので、ついついバカスカ買い込んでしまうのである。送料のことなんかすっかり忘れて・・・。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　で、買ったのが「インディアスの破壊についての簡潔な報告」（ラス・カサス）と「＜戦前＞の思考」（柄谷行人）、「論理哲学論考」（ウィトゲンシュタイン）、そしてジョン・トーランドの「大日本帝国の興亡」全５巻。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;「論理哲学論考」をちらっと開いて、視界の端でそーっと様子を伺ってみる。「あ、おれ読んでませんから、まだ、見てるだけですから」とウィトゲンシュタインに断りをいれながら、「あのー、すんません、また来ます」といってすばやく退散。さっさと「大日本帝国の興亡」に逃げ込む。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　これが面白い。それも道理で、太平洋戦争に関する日米の書物や資料を縦横無尽に援用しながら纏め上げるのだから面白くないわけがない。ここ最近はずっと、ベッドの中でもバスタブの中でも太平洋戦争一色である。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　しかし浮気性なもので、その合間にクロード・レヴィ＝ストロースの「悲しき熱帯」を読み、一方でブライアン・グリーンの「宇宙を織りなすもの&amp;nbsp; 時間と空間の正体」を読む。そして今日は昼休みに、近所の本屋で内田樹氏の「日本辺境論」（新潮新書）を購入。今夜はこれだな、と思うとほっぺが緩む。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　まだ、このブログで紹介していないけれど、「日本語の正体」（金容雲）と「単純な脳、複雑な『私』」（池谷裕二）の２冊は抜群に面白かったので是非ここに書かなくてはいけないなと思いつつ机に積んだままなので、いつも気になっている。そのほか、ブルペンにはディヴィッド・ハルバースタムの「朝鮮戦争」上下やらが控えていて、どうにも落ち着かない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

<dc:creator>キーボウ</dc:creator>
<dc:date>2009-11-13T18:34:27+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-f9e6.html">
<title>夏目漱石夫人と猫</title>
<link>http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-f9e6.html</link>
<description>　　 本を読む楽しみのひとつに、その人となりをよく知らない歴史上の人物についても...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　&lt;br /&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 本を読む楽しみのひとつに、その人となりをよく知らない歴史上の人物についても、書中でその人の思いがけないエピソードに出くわすことによって、その人の輪郭が鮮やか浮かび上がったりする点がある。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　かの夏目漱石の奥方、鏡子夫人はなかなかに性格の厳しい女性としてこれまで多くの人々が描いてきたこともあって、我々は、鏡子夫人を、こういっては何だが、まあ、「悪妻」の部類に分類してきたように思う。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　さて、そんな折に、鏡子夫人のお孫さんにあたる半藤末利子さん（あの歴史探偵・半藤一利氏の夫人である）が書いた「漱石の長襦袢」（文藝春秋刊）を読んでいたら、面白いエピソードに出くわした。同書で末利子さんは、「祖母は決して、世間が言うような悪妻ではなかった」と繰り返し書き、そうではなかったエピソードを次々にご披露なさっているのだが、そのさ中に、「漱石夫人と猫」と題された短文が現われる。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　末利子さんが、ここでご披露なさる「鏡子夫人像」がとても興味深いので、皆さんにもご紹介しておきたい。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜朝寝坊のために鏡子は遅い朝食を摂るのだが、火鉢の脇に座ってパンとサラダと紅茶が運ばれてくるのを待つのが常であった（夏はどうだったかは覚えていない）。すると決まってノコノコとどこからか這い出してきて鏡子の膝の上にちゃっかりと陣取って待機する奴がいる。火鉢の五徳の上に置かれた餅あみの上で裏表こんがりと狐色に焼かれたパンに鏡子がバターを塗り始めると、そやつは身を起こし前脚を伸ばしてパンを取ろうとする。と、本当はバターの香りに誘われてパンを欲しいとせがむ猫の気持も察せずに、「今やるよ」と一喝して頭をパチンとぶっ叩いてから、鏡子はおもむろにバターのついていないパンの耳をちぎってそやつに与えるのである。＞（Ｐ３６）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　ぐははははは。こういったさりげないエピソードが、当の人物の人柄を一番表すのではないかと私は思う。果たして鏡子夫人が悪妻であったか否かはみなさんのご判断に委ねるが、ひょっとして、「我輩は猫である」というのは、漱石が、家庭での自身のありようを自嘲的に表現したものかもしれない、と思うのはうがち過ぎであろうか？&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

<dc:creator>キーボウ</dc:creator>
<dc:date>2009-11-05T16:25:27+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-d47a.html">
<title>湯船で谷崎潤一郎を読む悦楽</title>
<link>http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-d47a.html</link>
<description>　 朝風呂に入るようになってかれこれもう３０年以上が経つ。夏場はバスタブに入らず...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　&lt;br /&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;朝風呂に入るようになってかれこれもう３０年以上が経つ。夏場はバスタブに入らずにシャワーだけですませるのだが、今みたいに寒くなってくると湯船につかり、蓋にタオルを敷いてその上に両手を乗せて読書にふけることとなる。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;これが本当に楽しい。夜、ベッドの中に入って本を読むことも楽しいが、生温い朝風呂につかりながらの読書もまた格別の愉楽である。ベッドも湯船もどちらもこじんまりしていて温かい、という共通点があるが、こういう環境で本を読むことが好きなのかもしれない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;さて、今日は何を読もうかなと、本棚を眺めていたら「谷崎潤一郎随筆集　　篠田一士編」（岩波文庫）が目に付いたのでさっそくこれを手にしてバスルームへ。読み始めたら、あまりに面白くてやめられなくなってしまった。汗だらだら。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;何が楽しいといって、一番は「グルーブ感」。昔の正しい日本語で綴られているのに、作者の興が乗ってくると、なんともいえない「うねり」が文章に現われ、そのリズムに身を委ねていると（文字通り素っ裸で委ねているわけだけど）、はなはだいい気分になってくる。例えばこんな具合。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜（・・・・）閑寂な壁と、清楚な木目に囲まれて、眼に青空や青葉の色を見ることの出来る日本の厠ほど、恰好な場所はあるまい。そうしてそれには、繰り返していうが、或る程度の薄暗さと、徹底的に清潔であることと、蚊の呻りさえ耳につくような静かさとが、必須の条件なのである。私はそういう厠にあって、しとしとと降る雨の音を聴くのを好む。殊に関東の厠には、床に長細い掃き出し窓がついているので、軒端や木の葉からしたたり落ちる点滴が、石灯籠の根を洗い飛び石の苔を湿おしつつ土に泌み入るしめやかな音を、ひとしお身に近く聴くことが出来る。＞（「陰翳礼賛」Ｐ１７６－１７７）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;「グルーブ感＝文章の躍動感」は、また感性の躍動感でもある。よくもまあ、そういう風に感じるね、そういう風に飛躍できるね、とちょっぴり病的な感性の躍動に感心していると、＜私は神経衰弱の激しかった時分＞（Ｐ１８６）という一文が出てきたので、なるほど「ちょっぴり病的な」感じというのは、そんなところから来ているのかもしれない、と妙に納得してしまう。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　谷崎潤一郎のもうひとつの魅力は、江戸っ子らしい「歯に衣を着せぬ」物言い。晩年は関西を偏愛した作家だが、根っこはちゃきちゃきの江戸っ子である。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜実際、瀬戸内海地方の夕なぎなどに来合わせたら、ほんの少しビールを飲んでさえ直ぐ体じゅうがねとねとして、浴衣の襟や袂は脂じみ、臥ころんでいながら節々がほごれるようで、そういう時には全く慾も得もなく、房事のことなど考えてもウンザリする。＞（「恋愛及び色情」Ｐ６２）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜京橋の大根河岸あたりだったと思う、鏡花のひいきにしている鳥屋があって、鏡花、里見、芥川、それに私と四人で鳥鍋を突ッついたことがあった。＞&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　鏡花は衛生家で、用心深く、よく煮えた鶏肉しか食べないのだが、谷崎はよく煮え切らないうち食べてしまう。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜（・・・・）鏡花は、だから予め警戒して、「君、これは僕が喰べるんだからそのつもりで」と、鍋の中に仕切りを置くことにしているのだが、私は話に身が入ると、ついうっかりと仕切りを越えて平らげてしまう。「あッ、君それは」と鏡花が気がついた時分にはもう遅い。その時の鏡花は何ともいえない困った情けない顔をする。（・・・）その顔つきがまたおかしくて溜らないので、時にはわざと意地悪をして喰べてしまうこともあった。＞（「文壇昔ばなし」Ｐ２７２）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　こういうお茶目なところも魅力のひとつである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

<dc:creator>キーボウ</dc:creator>
<dc:date>2009-11-04T19:46:09+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-80f1.html">
<title>立花隆氏と佐藤優氏の博覧強記について</title>
<link>http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-80f1.html</link>
<description>　　 文春新書から「ぼくらの頭脳の鍛え方」という、派手なタイトルの新刊が出た。サ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　&lt;br /&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 文春新書から「ぼくらの頭脳の鍛え方」という、派手なタイトルの新刊が出た。サブタイトルが「必読の教養書４００冊」。筆者が立花隆氏と佐藤優氏。帯には＜「知の巨人」と「知の怪物」が空前絶後のブックガイドを作り上げた＞と、ずいぶんと大きく出た惹句が踊っている。その横に立花、佐藤両氏の写真が載っている。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 立花氏は髪も薄く白くなり、おなかがぽっこり出ていて、金正日のお兄さんみたいな風貌である。一方の佐藤氏は手足の短い５頭身の「起き上がりこぼし」のような按配である。どっちが「巨人」でどっちが「怪物」かは明示されていないが、なんとなく想像はつく。「怪物」呼ばわりされるのはあまり嬉しくないのではなかろうか。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; それはともかく、この両名は恐るべき読書家であり、かつ蔵書家でもある。立花氏は仕事場に３５０００冊、佐藤氏は１５０００冊。尋常な量ではない。普通の人間なら一生かかっても読み終えないほどの量である。このふたりが、まず、自分の本棚から「知的欲望に満ちた社会人へ」向けてそれぞれ１００冊ずつセレクト。次に、「すぐに役に立つ、すぐ買える」文庫と新書をそれぞれ１００冊セレクト。計４００冊のブックガイドとなっている。おまけに、それぞれの書物についてふたりできめ細かく対談しているあたりが凄い。このふたり、いったいどれだけの本を渉猟し、かつ頭に叩き込んできたのかと、凡人は気が遠くなりそうになる。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; こんな荒業ができるのも、このご両人が、超人的な「本読み」だからなのだが、私は以前、このふたりは「特殊な映像記憶の持ち主」なのではないかと書いた（０９年４月１５日付け）。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/index.html&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/index.html&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; &lt;br /&gt;　　引用してみる。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜その一人が内田樹氏で、氏は、たぶん養老孟司氏との対談本でだったと思うが（読み終わった本は捨てるか古本屋に売るので、今手元になくて確認できなくて申し訳ないのだが）、「自分は中学くらいまでは、教科書は見開きごと、映像で頭の中に入っていた」と語っている。「だから、試験のときも、その映像を呼び戻せば、たちどころに回答が分かった。しかし、その能力も高校に入ると消えてしまった」と喋っている。氏の博覧強記の秘密はその辺にあるのかもしれない。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; もうひとり、そうではないかと思われるのが、佐藤優氏。氏の、学生時代のことを書いた本を読むと（これまた売り飛ばしてしまって書名を挙げられないが）、京都の中華料理屋に仲間と入って食事をする場面が出てくるのだが、その時に回想的に列挙されるメニューが実にリアルなのである。&lt;br /&gt;　　&lt;br /&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; おそらく、佐藤氏はそのシーンを書いているときには、その場面が頭の中にはっきりと映像として甦っているに違いない。しかもディテールまで克明に・・・・。なにも、食事のメニューだけではない。氏の回想的部分の文章の詳細さは、全く尋常なものではないのである。&lt;br /&gt;　　&lt;br /&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; もうひとり、これは自分で目撃したのではっきりと尋常なことではないと断言できるのが立花隆氏の読書法。私は学生時代にアルバイトで、立花氏の「日本共産党研究」の資料整理を手伝ったことがある。その時、締め切りの夜になると、氏は執筆前に7，8冊の資料本を読まなくてはならなくなる。すべて神田で入手してきた共産党関連の古本だが、これを黙々と読む。&lt;br /&gt;　　&lt;br /&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; いや、それは読む、というようなものではない。むしろ「ページをめくり続ける」と形容したほうが適切かもしれない。見開きを数秒間にらみつけて、またページを繰る。そんなふうにして、ぱらりぱらりと本を読んでいく。高さ30センチほどの本も当然ながら、一晩で読了することになる。&lt;br /&gt;　　&lt;br /&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 初めてその行為を目撃したとき、「そんな馬鹿な、眺めているだけで中身が頭に入るのものだろうか？」とはなはだしくいぶかしんだものだった。しかし、本の内容はしっかりと、氏の頭の中に入っているのだった。それもヴィジュアルとして記憶されているのだった。驚いたのは、原稿を書いている最中に、立花氏が、これこれの本の大体この辺の右ページの最初の方にこういうことが書いてあるからそのページを開いてくれ、と我々に注文してきたことだった。ページを繰るとその通りのページが確かに現れた。＞&lt;br /&gt;　　&lt;br /&gt;　　こんな「サヴァン症候群」的能力の持ち主だからこそ、このようなブックガイドを編むことができるのではなかろうか。このおふたり、自分たちに可能なことは他人にもできると思っておられるのか、同書の中で、こんなアドバイスがなされたりしている。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜読みさしでやめることを決意した本についても、一応終わりまで１ページ、１ページ繰ってみよ。意外な発見をすることがある。＞（P245　立花隆による「実戦」に役立つ１４カ条）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　こんなことも、映像記憶的に書物を読むことができるから言えるわけで、凡人にはこれができない。「１ページ、１ページ繰る」だけでは何にも頭に入って来ないのである。しかし、佐藤氏はこの指摘が外務省での後輩の教育に際して大いに役立ったと述懐している。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜「この本、ダメだな」と思っても、一応最後までページをめくれ、という指摘もありました。驚いたのですが、モサド（イスラエル諜報特務庁）とか、KGBとか、対外諜報庁の連中の本の読み方、本の買い方と立花さんは一緒なんです。＞（P12）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　さて、この本の中には面白い話があちらこちらにちりばめられているので、ランダムに抜書きしておきたい。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜立花　ネット空間にも、本になっているものより水準の高い論文などが山のようにあります。ただ、そういう水準のものに出会う確率は相当低い。グーグルでキーワードを入れて検索するにもやはり基本的な教養が必要です。&lt;br /&gt;佐藤　　（・・・・）私は情報屋ですから資料も何も持たないで、どれだけインプットできるかが勝負なんです。（・・・・）情報の世界で最後に勝負するときには、紙も何も持っていないですから。私の場合、インターネットだったら紙から吸収する情報量の二十分の一くらいしか入ってきませんね。やはり紙をペラッ、ペラッとめくらないと入ってこない。＞（P５５）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　&lt;br /&gt;　　立花氏は哲学については以下の本を推挙。&lt;br /&gt;「形而上学」　アリストテレス　岩波文庫&lt;br /&gt;「パンセ」　パスカル　中公文庫&lt;br /&gt;「方法序説」　デカルト　岩波文庫&lt;br /&gt;「ツァラトゥストラ」　ニーチェ　中公文庫&lt;br /&gt;「永遠の平和のために」　カント　岩波文庫ほか&lt;br /&gt;「論理哲学論考」　ウィトゲンシュタイン　岩波文庫ほか&lt;br /&gt;「プラグマティズム」　W.ジェイムズ　岩波文庫&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　こんな具合にずらりと並べて＜誰でもこれくらいは手に取るべき。＞とさらりと書く。いかにも立花氏らしい。「手に取ること」ぐらいは簡単にできるだろうけれど、読破するのは容易ではない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　佐藤氏は、「フランス革命についての省察」（パーク　岩波文庫）、「なぜ私は生きているか」（J.L.フロマートカ　新教出版社）と「現代のヒューマニズム」（務台理作　岩波新書）の間に、どういうわけか、酒井順子の「負け犬の遠吠え」（講談社文庫）を挙げている。不思議である。しかも、その文章を大絶賛で、＜同一律・矛盾律・排中律を見事に駆使して完璧な論理を打ち立てる。論理とは何かをしるためにも重要な本。＞（P81-82）と手放しである。タイプなんだろうか？&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　その佐藤氏、外務省に勤務していた頃、権力の中枢に位置する人物たちの様々な生態を目撃したという。例えば、こんな具合に。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜昔、赤坂の料亭で、鈴木宗男さんの前で「おしめ換えてくれ」とやる東大卒のキャリア官僚がいた（笑）。お腹を出すことによって、政治家に無限の忠誠を誓うんです。若い国会議員でも、「先生の前で隠すものはありません」と言って、素っ裸になって、オチオンチンを股にはさんで、山本リンダの「こまっちゃうナ」を歌っている場面も見ました。こういう官僚、政治家たちの姿を見たので、中江兆民のキンタマ酒がやはり政治の本質だと思うんです。＞（P162）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　読んでるこっちが、こまっちゃうナだが、もうひとつ、にわかには信じがたい話を。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜佐藤　（・・・・）外務省のロシア語通訳はかなりひどい。ロシア政府の公式ホームページを観るとよくわかるんです。（・・・・）日本の要人とロシアの政府要人が会談をすると、そのときの冒頭取材の発言記録がホームページに掲載されるんです。日本側発言を観てみると、「通訳されたまま」というロシア語が出ている。どういうことかというと、メチャクチャなロシア語で、原発言がどうだったか、よくわからなかったという意味なんです。&lt;br /&gt;立花　　内容が理解できなかったから、そのまま載せたという断りなんですね。&lt;br /&gt;佐藤　　そうです。その日本側発言というのは、仮に日本語に訳してみると、こんな感じです。「あんたさん、ロシアの大統領さんだった。あたい、日本の首相だった。そのとき、二人話して、うまくいった。うまくいったのは何？　それ、戦略的行動の計画ね」　これがロシア政府のホームページに出ている。国の恥です。＞（P１６４）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　もしその通りならば、なるほど国の恥である。なぜ、こんなことが起きるかというと、外務官僚に、＜通訳をできるようになりたいという動機がないんです。＞というから、まさに病膏肓に入る、という気配である。大学生の知性が劣化しているだけではなく、官僚たちも充分退廃しているのかもしれない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　この本を読んでいると、ああ、この本も読んでみたい、この本も手にとってみたいという気にさせられるから不思議である。最後に、「教養」について立花氏が興味深いことを喋っているので、引用しておきたい。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜教養というのは別の言葉で言えば、人類の知的遺産です。その場合、教養教育とは、知的遺産の財産目録を教えることになります。しかし、いかにしてその全体像を教えるか。私は、知の世界の果てがどうなっているか、それが想像できるような地点へ学生を連れていくことだと思っています。＞（P２４０）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;「知の世界の果て」か。刺激的な言葉である。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

<dc:creator>キーボウ</dc:creator>
<dc:date>2009-10-26T17:43:08+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-1b9a.html">
<title>ミルフィーユじゃなくてミルフイユ！</title>
<link>http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-1b9a.html</link>
<description>　 久しぶりに、京都在住の関谷江里さんことエリチンのサイト（ブログと言うと怒られ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　&lt;br /&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 久しぶりに、京都在住の関谷江里さんことエリチンのサイト（ブログと言うと怒られる）を見ていたら、いかにもエリチンらしいことが書いてあったので、思わず笑った。ぜひ、もっと多くの人々にこの主張をお届けしたいので、ここに引用させていただきます。エリチンのサイトの冒頭に、＜わたしの言葉の好みはこちらです。よろしければご覧ください。＞という、みょうちきりんな案内があって、そこをクリックすると、以下のような文章が登場する。一部割愛しつつ、ご紹介します。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜（・・・・・・）この話をはっきりするのは初めてですが、やっぱり聞いてくださいませ。&amp;lt;(_ _)&amp;gt;　&lt;br /&gt;自分の言語感覚はヘンという認識もあった上で語るから許して～。&lt;br /&gt;実はわたしは、ブログという言葉を使わないのです。&lt;br /&gt;このサイトオープン当初には、何度か使いましたが、&lt;br /&gt;ある時から音として耐えられなくなってしまったのです。&lt;br /&gt;「ぶ」で始まる言葉：&lt;br /&gt;ぶさいく　不細工&lt;br /&gt;ぶざま　不様&lt;br /&gt;ぶしょう　不精&lt;br /&gt;ぶきよう　不器用&lt;br /&gt;ぶようじん　無用心&lt;br /&gt;ぶれい　無礼&lt;br /&gt;ぶこつ　無骨 ・・・&lt;br /&gt;で、&lt;br /&gt;ブログ。　(-_-;)&lt;br /&gt;「ブログ」とは、 weblog ウエブログの略であります。&lt;br /&gt;けれど、　ログに、「ぶ」がつくなんて、&lt;br /&gt;理不尽なことだ、かわいそうだ～。＼(゜o゜)／&lt;br /&gt;(・・・・)頑張って「ブログ」という言葉に対して無感覚でいようとするのだけど、&lt;br /&gt;それでも「ブログ」という言葉には濁音が２音もあって美しくない。&lt;br /&gt;音として、かなり耐え難いものがあると思います。&lt;br /&gt;「ブロガー」なんて、さらに耐え難い～～～（叫）＞&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　　と、まずは、エリチンの「言葉の音」に対する繊細な美意識をご披露する次第。お次は、用語についての一家言を。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜(・・・・・)どんな言葉をわたしは決して使わないかというと、以下のようなものです。&lt;br /&gt;●お昼を軽く「済ます」というような言葉。食事はありがたく「いただく」ものです。用事じゃないんだから、毎回の食事はうれしいものなんだから、「済ます」という言葉は出てきません。もちろんわたしも毎回きちんとした食事をしているわけではないけれど、それでもたとえば朝食を「済ます」ってやっぱり言わない。（「とる」ならいいと思う。）&lt;br /&gt;●お弁当や鍋を「つつく」とは、わたしは言わない。「つつく」って言うと、なんだかキツツキが木をつんつんしているイメージが思い浮かんで、お弁当やお鍋が痛くてかわいそうやん、と思っちゃう。やっぱりお弁当もお鍋も大切に「いただく」ものだと思うのです。&lt;br /&gt;●それから「こだわりの」って言葉も絶対に使わない。美食にまつわる表現で、これほど安っぽくなってしまった言葉もないでしょう。世の中に、自分の料理（あるいはお菓子などの商品）を提供してやっていこうというくらいの人なら、こだわっていて当然だし、いやもう理屈を超えて、とにかくあまりに安易に使われるようになっていることがやだ～。&lt;br /&gt;●さらに「癒し」とか「癒される｣と言う言葉をわたしはほぼ100％使わない。（「傷が癒えたら」というように、本来の意味で使うことがあるから「ほぼ」です。）ものを表現するとき「癒しの○○」とか「癒される空間」といった使い方が、褒め言葉としてものすごく使われるけれど、わたしは全然いいと思わない(-_-;)何でかわからないけれど、これも安易に使われるのがいやだということと、もうひとつ、癒しというからには「疲れ」とか「ストレス」とか、前提としてマイナス要素を含んでいるからだと思う。「癒される」ということは、現在ストレッセな状態であることを認めたことになるんじゃないかと思うのです。例えば｢癒しの空間」というのは褒め言葉なんだろうけれど、「心が洗われる空間」あるいは「気持ちが和む空間」っていう方がよりポジティヴなんじゃないかしらん？＞&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　　今度はご自身が好まない言い回しについての説明がなされている。とてもよく分かる話である。「キツツキみたい」というのがいかにもエリチンらしくて笑ってしまう。さて、お次はフランス語について。これに関しては、エリチン、厳しいよ。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜(・・・・)そしてもうひとつ、表記について、日ごろ常々述べたいと思っていたので述べます。日本語におけるフランス語の表現とカタカナ表記についてです。これはかなり多くの料理人やパティシエの皆さんとも意見を同じくしているのです。作る側、それからライターとか編集者が今後一致して変えていかねばならないことです。&lt;br /&gt;●長年の慣例とはいえ、いい加減、「ミルフィーユ」という発音と表記をやめましょう。「ミルフイユ」です。ミルのフィーユっていったら、女の子が1000人いるってことなのよ(-_-;) ＞&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;「女の子が1000人」ですか。なんだか、みみず千匹みたいだけど、ちょっと違いますか。え、全然違う？　失礼しました。「女の子1000人」はミルフィーユでmille filles。お菓子のミルフイユはmille-feuilleで、「1000枚の葉」。確かに薄片が何枚も重なったようなお菓子ですもんね。ｍilleは「千の」という意味です。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　　ちなみに、長さの単位のメートルはフランス語です。メートル原器がフランスで作られて、それが世界中の長さの基になっているからなんでしょうが、われわれが日常よく使う「ミリメートル」はmillimètreで、頭についているmilliは「千分の１の」というフランス語。つまり「1メートルの千分の１の長さ」が「1ミリメートル」なわけですね。ついでに言うと、「センチメートル」はcentimètreで頭のcentiは「百分の１の」という意味ですね。１メートルの百分の１が1センチである、と。ただし、centは「百、百の」という意味。英語のcenturyは、だから100年という意味で1世紀なんですね。話が脱線しました。エリチンの話を続けます。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜（・・・・）いい加減「ブーランジェリ」という発音と表記をやめましょう。「ブーランジュリ」です。「ジョルジュ・サンク」という発音や表記は定着しているのだから（「ジョルジェ・サンク」と言ったらヘンでしょう？）｢ブーランジュリ」と言えない（書けない）はずはないと思う。＞&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　　はい、ごもっとも。パン屋さん（お店）はboulangerie(ブーランジュリ)、パン屋さん（人）はboulanger（ブーランジェ）。多分、両方がごっちゃになって「ブーランジェリ」になったのではないでしょうか。ちなみに女性下着のブラジャーはフランス語ではsoutien-gorgeで、英語でbrassiere。この英語が日本に入ってきてブラジャーとなった、と物の本（どんな本やねん！）には書いてあるが、この英語の綴りはどう見てもフランス語綴りである。そこでフランス語の辞書をよーく見てみるとありました！　Brassièreで「女性の胸着」と。しかし、こんな立派なフランス語があるのになぜ、フランス人はブラジャーをスーティエン・ゴルジュなどという不思議な単語（直訳すれば「喉支え」）にしたのか、私にはその心がよく分からない。おっと、また脱線だ。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜それから、「グランメゾン」という言い方はおかしいのです。いったいいつ、誰が言い出したのでしょう。言うなら「グランドメゾン」だし（メゾンmaison＝女性形）、さらにこれは、たとえば「タイユヴァン」とか「グラン・ヴェフール」とか、いわゆる「老舗」といえるお店に使う言葉です。＞&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　これはすべての名詞に男女の別があるというフランス語ならではの話なので、なかなか難しいです。後ろの名詞がmaisonみたいに女性名詞ならその前につける形容詞は女性形になります。だから、grande maison（グランドメゾン）となる。しかし、男性名詞の前ではgrand（グラン）となる。gran-croix（グランクロワ=レジオンドヌール一等勲章）というように。どうすれば名詞の男女の別が分かるのか？　これはフランス人なら誰でも分かる。八百屋で、ジャガイモはマスキュランかフェミナンかと尋ねると、即座に返事が返ってくる。他の野菜すべてについても同様。これには感動する。フランスやイタリアで、公園のホームレスが拾ってきた新聞を読んでいるのを見ると、ああ、イタリア語（フランス語）が読めるんだとちょっと嫉妬する。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　&amp;nbsp; 私が気持ち悪いのは「既視感」を意味するフランス語のdéjà vu。déjà が「既に」、vuが「見た。あるいは見られた」。日本語表記でデジャ・ヴュなのだが、ときどき「デジャブー」という表記を見ることがある。これが気持ち悪い。「すでに高木ブーになっちゃった」ということなのかと思ってしまう。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;&amp;nbsp; &amp;nbsp;ついでに書いておくと、よく「プチ・バカンス」という和製フランス語が使われるけれど、vacanceは女性名詞。しかも「休暇」という意味で使うなら複数となってvacancesとなるので正確には「プティット・ヴァカンス」petites vacancesとなります。どうでもいいけど。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　アー、疲れた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>キーボウ</dc:creator>
<dc:date>2009-10-13T20:30:23+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-fe40.html">
<title>石川遼とチューイング・ガム</title>
<link>http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-fe40.html</link>
<description>　　18歳の石川遼が、49歳のケニー・ペリーを打ち負かした。 　　10月８日より...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;18歳の石川遼が、49歳のケニー・ペリーを打ち負かした。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　10月８日より4日間、アメリカはカリフォルニア州のハーディングパークＧＣで行なわれたザ・プレジデンツカップ。石川遼は２５名の世界のトップ・プレイヤーに立ち混じってプレーし、通算3勝2敗という好成績を残した。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　なにしろ、18歳である。1991年生まれである。1991年といったら、ついこの前ですよ。そんな頃に生まれた青年がすでに世界のトップ・プロに育ったのだから、驚異的な話である。私など、1997年から必死に練習しているけれど、１００を切るのがやっとなのだから。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; まだ、成長途上で、体つきも華奢な石川遼が、自分の父親よりも年上の（たぶん）ケリー・ペリー相手に敢然と立ち向かい、力でねじ伏せるさまは、観ていて爽快なものがあった。勝利後のインタビューでも、拙いながらも一生懸命英語で答えている様子はとても好感が持てた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; しかし、解せないことがひとつあった。この爽やかな青年が4日間、プレー中にずっとチューｊング・ガムを噛み続けていたことである。なぜ、自分より遥かに格上の選手であるタイガーやペリー相手に、サングラスをし、ガムを噛み続けながらプレーするのだろうかと。すくなくとも、私が中継を観ていた限りでは、石川以外にガムを噛みながらプレーをしていた選手を皆無であった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; アメリカの野球選手がよく噛みタバコやらガムをくちゃくちゃやっているのは知られたことだが、ゴルフは野球とは違う。ゴルフは、勝敗もさることながら、いかに「紳士的」であるか、いかに「人間として成熟しているか」が先行的に重要視されるゲームなのである。だから、impoliteな振る舞いをしたプレーヤーは出場停止になるのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; プレー中にガムを噛むのはimpoliteな行いである。葬式の挨拶をするときに、結婚式で神父の前で、演説をするときに、病院で診察を受ける際に、社長が訓示を垂れる際に、ガムを噛みますか？&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 石川遼の周りの大人がどうしてそう指摘しなかったのか私には不思議で仕方がない。「タイガー・ウッズ相手にガムを噛みながらプレーするのは、相手に対して失礼にあたりますよ」と。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 本当のことを言うと、私はもっと絶望的な推測をしている。ゴルフ・ネットワークで放送されたザ・プレジデントツカップの中継中、頻繁に石川遼を起用したロッテのグリーン・ガムのＣＭが流されていたのである。爽やかな遼君が、試合中にガムを噛む、というＣＭである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; なんの裏づけもないし、証拠があるわけでもない。しかし、こう思うのだ。それが、スポンサーなのか広告代理店なのかそれは分らない。だが「ザ・プレジデンツカップの試合でガムを噛んでプレーしてもらえないだろうか。噛んでもらえれば、1試合につき○○万円、ＣＭ契約料とは別にお支払いします」と頼み込んだ人物がいるのではないかと。あるいは、石川サイドから逆にそのような提案がなされたのかもしれない。その辺は部外者の私には全く分らない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　だけれども、曇天の下でのプレーでもはずさなかったサングラスにも同様の疑念を私は感じている。ガムもサングラスも、いつもの石川遼らしくなく、とても不自然に見えたからだ。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　この不世出の、爽やかなゴルフ・プレーヤーが、「大人の思惑」に振り回されることなく、世界有数のトップ・プレーヤーに育つことを、また人間としても成熟した存在となることを心の底から祈る。ペリーを破った直後、グレッグ・ノーマンに「よく頑張ったね」と肩を抱かれてねぎらわれ、嬉しそうに満面の笑みを浮かべている１８歳の石川遼の姿を見ていると、強く、そう願わずにはいられない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>キーボウ</dc:creator>
<dc:date>2009-10-12T23:47:03+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/se-e397.html">
<title>SEと教育者と「学び」と</title>
<link>http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/se-e397.html</link>
<description>元SE（システムエンジニア）で現在は物書きである、きたみりゅうじ氏が書いた「会社...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; &lt;br /&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 元SE（システムエンジニア）で現在は物書きである、きたみりゅうじ氏が書いた「会社じゃ言えないSEのホンネ話」（幻冬舎）を読んで、「SEとは寝ない人のことなり」と分かった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; もうひとつ分かったことは、SEは情報システムを構築するために、PCに向かい「チクチクと、素人では全く解読できないプログラムというものを延々書き続ける人なり」ということも分かった。（その業界の知人に聞くと、そういう人はプログラマであって、SEはもうすこし上位に位置する職種だということだが、でもきたみ氏は眠らないSEであったということなんでしょうね）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; で、その「延々」というのが、どうも常軌を逸した「延々」で、2,3日徹夜ということは日常茶飯事的にあるようなのである。風呂にも入らず、一睡もすることなく、半睡半醒、朦朧とした状況でキーボードをタカタカタカタカ叩き続ける。タカタカ叩き続けている最中に睡魔が襲ってきて、椅子から崩れ落ちるように床に倒れこみ、そのまま眠ってしまうこともあるらしい。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; そんなとき、ヒートした頭は夢を見ている。その夢というのが、ちいさなコビトが何人も出てきて、キーボードのキーの上に乗っかって足踏みしながら、代わりにプログラムを書いてくれている夢である。すごい話ではないですか。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; そんなことだから、＜自分を信用しない、それがこの業界の第一歩＞というタイトルのエッセイが書かれることになる。こんな話である。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜プログラマ界隈でよく言われる格言というものがある。たとえば「プログラムは思った通りじゃなくて書いた通りに動くんだ」とか、「他人の書いたコードを信用しちゃいけない。自分の書いたコードはもっと信用しちゃいけない」みたいなものだ。（・・・・・）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　　思えばこの業界に入った当初は、先輩が「自分がプログラミングした飛行機にだけは乗りたくない」とか言っているのを聞いておったまげたもんである。それでいいのか？　と当時は思ったものだけど、そこまで自分を疑うようでないと、徹底したバグ出しなんかできやしないのだろう。＞（P２７８）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　　怖い話ですね。そんなきたみ氏のエッセイの中に＜楽したバカモノは十年経って悔い改める＞と題された一文があった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜実は自分という人間は、「卒業のために最低限必要な勉強だけをする」というのを延々やってきてしまったバカモノである。&lt;br /&gt;「こんな勉強が将来何の役に立つんだよ」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　　そんな小賢しげなことを言っては、なまける方向へと逃げをうってきたものだ。&lt;br /&gt;　　　しかし、将来というのがその人の思い込み次第でなんとでも姿を変えるように、その勉強が役に立つかどうかなんてのも、その人次第でどうとでも変わるものである。（・・・・）&lt;br /&gt;　　　知識というのは、知っていれば視点を増やしてくれるものである。知らなければ手詰まりに見える局面も、知識の数が多いほど色んな視点からのとっかかりを得ることができるようになるものなのだ。&lt;br /&gt;　　　学校で学んだことは、社会に出て即座に役立つものではない。むしろそれにこだわり過ぎると、素直さの消失という弊害を生みかねないものですらある。&lt;br /&gt;　　　けれども時が経てば、そしてその時が長ければ長いほど、きっと役に立つ局面がやってくる。＞（P146）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　　これを読んでいて、すぐに内田樹氏の「学び論」を思い出した。内田先生は、この「学び」の話を手を換え品を換え、もう30回ぐらいブログや本や講演会でご披露なさっている。多分、ご本人はそんなに何回も書いたり喋ったりしていない！　とお怒りになるかもしれないが、それはお忘れなのである。私は30回くらい読んでいる！　今回は先生のブログからコピペ。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜「学び」というのは、「学ぶことの有用性や意味があらかじめわかったので、学び始める」というようなかたちでは始まらない。&lt;br /&gt;　　それは商品購入のスキームである。&lt;br /&gt;「学び」というのは、「その有用性や意味がわからないもの」（私たちの世界はそのようなもので埋め尽くされている）の中から、「私にとっていずれ死活的に有用で有意なものになることが予感せらるるもの」を過たず選択する能力なしには起動しない。&lt;br /&gt;「学び」を可能にするのは、この「意味のわからないものの意味が予見できる力、有用性がいまだ知れないものの潜在的な有用性がかすかに感知できる力」である。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp;&amp;nbsp; &amp;nbsp;この力がなければ、子どもたちは「子どもでもその有用性や意味のわかる知識や技能」だけを選択することになる。&lt;br /&gt;　　　そして、「子どもでもその有用性や意味のわかる知識や技能だけ」では私たちは困難を生き延びてゆくことができない（それが「子ども」という言葉の定義である）。&lt;br /&gt;　　　私たちの社会が組織的に破壊してきたのは、子どもたちの中に芽生えようとしているこの「意味のわからないものの意味が予見できる力、有用性がいまだ知れないものの潜在的な有用性がかすかに感知できる力」である。＞（ブログ、内田樹研究室&lt;br /&gt;2009年1月28日）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　　片やSE、片や学者にして教育者。そんなふたりが期せずして同じような結論に辿り着いたところがとても、面白い。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>キーボウ</dc:creator>
<dc:date>2009-10-08T20:16:32+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post.html">
<title>「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」の「しなやかさ」</title>
<link>http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post.html</link>
<description>先日、新聞を見ていたら朝日出版社の単行本の広告が出ていた。そこに、東京大学文学部...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&lt;br /&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 先日、新聞を見ていたら朝日出版社の単行本の広告が出ていた。そこに、東京大学文学部教授の加藤陽子氏の近著「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」の書名があり、なんと１０万部が売れた、と特記してあるのを見て、ほほーと思った。このような本が１０万部も売れるなんて、素晴らしいなと思ったのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; この本は、日本近現代史の専門家である加藤教授が、栄光学園の歴史好きな中学生・高校生１７名相手に、クリスマスから正月までの短い休みを利用して、「日本人の戦争」について行った講義をまとめたものである。日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、満州事変から日中戦争、太平洋戦争について噛み砕いた語り口で書かれている。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; その中には、生徒への適切な「問いかけ」と生徒からの卓抜な「応答」が含まれていて、とても楽しい。「戦争」に関して書かれた本は、そのほとんどが、ある史観、価値観をもって、現在時点から過去を振り返る形で記述されたものである。その論調の大概は、「非道な戦争」か「正義の戦争」かのどちらかであることは、戦争について書かれた本を読んだことがある人なら、つとに周知の話である。しかし、本書は全く違う。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; その昔、といっても４０年以上前の話だが、NHKで「タイムトンネル」という米国の番組が放送されていた。時空を行き来できる渦巻状のトンネルがあり、現在を生きる主人公が、いきなり過去の「白熱した歴史的現場」に放り出されて、右往左往するというのが毎回の話だったように記憶している。例えば、ある回では、少年が南北戦争の真っ只中に放り出されてしまう。そこでは、歴史として整理された「南北戦争」が描かれているわけではない。頭上を鉄砲の弾が行き交う、「切迫した現在」としての「南北戦争」展開されているのである.&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; この本はちょうどそのような形で、生徒たちを、あるときは日露戦争の直前に、またあるときは満州事変の渦中へと誘うのである。そこで加藤教授が生徒たちに披露するのは日本の近現代史の最新の研究から得られた知見である。満州事変の渦中に置かれた栄光学園の生徒たちは、とりあえずその後、歴史はどのように展開していったかは知らぬものとし、その時、その場所で、時の政治家や軍の幹部が持っていた現状認識と、これから解決せねばならない問題を与えられるのである。そして、「さあ、あなただったら、この時どういう決断をしたでしょうか？」と問われるのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; そこで求められるのは、教条主義的な、あるいはイデオロギッシュな判断ではない。あらゆる条件を勘案した後に導き出される理性的で合理的な解決策なのである。そんなやり取りを読み進んでいるうちに分かってくることは、どの戦争にせよ、一部の狂信的な軍国主義者によって、日本が誤った方向へ引きずり込まれていったというわけでは決してなかった、ということなのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; むしろ、当時の日本の政治家や官僚や軍の幹部は、ほとんどベスト＆ブライテストと呼んでもいいような怜悧な頭脳をもった人々であった。にもかかわらず、あるいはだからこそ、日本は戦争に突入せざるを得なかったのだ、という具合に思えてくるのである。書名の「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」はそこから来ているのだと思う。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 現在時点から過去を断罪するのではなく、予断を排し、その歴史的事象が起こった時点にわが身を置き、その時のわが身を取り巻いたであろう状況と条件を深く考察し、しかるべき後に判断を下すこと。歴史から学ぶということは、まさにそういうことなのだと本書は教えてくれる。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; そういう意味で新鮮な１冊だったし、そのようなものの見方が１０万人の読者をひきつけたという事実は感慨深いものがある。最後に加藤氏の「おわりに」の文章から、控えめだけれど強靭な言葉を引いておきたい。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜歴史とは、内気で控えめでちょうどよいのではないでしょうか。本屋さんに行きますと、「大嘘」「二度と謝らないための」云々といった刺激的な言葉を書名に冠した近現代史の読み物が積まれているのを目にします。地理的にも歴史的にも日本と関係の深い中国や韓国と日本の関係を論じたものにこのような刺激的な惹句のものが少なくありません。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　&amp;nbsp; しかし、このような本を読み一時的に溜飲を下げても、結局のところ「あの戦争はなんだったのか」式の本に手を伸ばし続けることになりそうです。なぜそうなるかといえば、一つには、そのような本では戦争の実態を抉る「問い」が適切に設定されていないからであり、二つには、そのような本では史料とその史料が含む潜在的な情報すべてに対する公平な解釈がなされていないからです。これでは、過去の戦争を理解しえたという本当の充足感やカタルシスが結局のところ得られないので、同じような本を何度も読むことになるのです。このような時間とお金の無駄遣いは若い人々にはふさわしくありません。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　私たちは日々の時間を生きながら、自分の身のまわりで起きていることについて、その時々の評価や判断を無意識ながら下しているものです。また、現在の社会状況に対する評価や判断を下す際、これまた無意識に過去事例との対比を行っています。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　そのようなときに、類推され想起され対比される歴史的な事例が、若い人々の頭や心にどれだけ豊かに蓄積されファイリングされているかどうかが決定的に大事なことなのだと私は思います。多くの事例を想起しながら、過去・現在・未来を縦横無尽に対比し類推しているときの人の顔は、きっと内気で控えめで穏やかなものであるはずです。＞（P407-408）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

<dc:creator>キーボウ</dc:creator>
<dc:date>2009-10-08T10:23:55+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-91fe.html">
<title>坂の下のドブ</title>
<link>http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-91fe.html</link>
<description>　　 前回、われわれは「坂の下のドブ」に向かって、厳しい現実を歩んでいると書いた...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　&lt;br /&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 前回、われわれは「坂の下のドブ」に向かって、厳しい現実を歩んでいると書いた。前代未聞の不況と政治的混迷、民間の活力喪失などなど、いったい、この「暗夜行路」は何に起因しているのだろうかと、時に深く考え込んでしまうことがある。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　歴史に「IF」はないというが、もしこれ&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;が存在しなかったならば、われわれはこれほどの混迷を経験せずとも済んだのではないか、と思うものがふたつある。ともに２０世紀末のアメリカ合衆国が生み出したモノだが、ずいぶんと罪作りなものを考案してしまったものだとしみじみ思う。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　ひとつは「インターネット」。嘘か誠かは知らないが、核戦争下、一つの都市が全滅したとしても指揮系統を混乱させることなく、その他の都市間の軍事的コミュニケーションをとり続けるためにアメリカの科学者たちが考案したといわれているしろものである。発明の動機がどのようなものであったにせよ、上記のような目的には最適のシステムであることに変わりはない。中枢がなく、各節々が独立して神経細胞のように有機的に繋結している。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　このシステムがぶち壊した既存のシステムを数え上げればきりがない。まずは既存メディアである、テレビ、ラジオ、新聞、出版・雑誌が壊滅的打撃を蒙った。新聞社は新聞紙を印刷して販売するだけでは経営が成り立たず、テレビもラジオも番組を電波に乗せて配信するだけでは会社が成り立たないところにまで追い込まれている。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; もはやこれまでのビジネス・モデルが成り立たなくなったのはこの業界に留まらない。レコード会社、映画会社、百貨店などの小売業など、間接的影響で衰退した業種を挙げていけばもっと膨大なものになるだろう。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; ぶち壊したのは、単にいくつかの業界だけではない。出会い系サイトやエロサイト、人殺し請負サイトや自殺幇助サイト、その他もろもろの出現で、それまでも無きに等しかった最低限のモラルもきれいさっぱり吹き飛んだ。流言飛語は日常茶飯事となり、名誉もプライバシーも白昼堂々毀損されている。もちろん、著作権も肖像権も知的所有権もへちまも実質的にはない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; もちろんインターネットの「功」が皆無とは言わないが、それをチャラにしても余りある「罪」を膨大にかつ急激に世界にばら撒いたと私は考えている。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; アメリカが生み出したもうひとつの発明物は、これまでにも何回か書いたけれど、いわゆる「金融派生商品」である。最新の数学と金融工学を駆使した、金儲けの商品である。この商品群誕生の背後には「額に汗せずに大金を儲けることは善である」という非道な信念がうずくまっている。「労せずして誰かの大金を我が物とする」ということは、身も蓋もなく言えば、「誰かが汗水たらして稼いだ金をかっさらう」という行為に他ならない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; そのような信念がアメリカに発生し、グローバルゼーションの掛け声とともに地球上に遍く行き渡ったとき、われらが世紀は失墜を始めたというわけである。「インターネット」と「金融商品」がタグマッチを組んだときには、この世で見たこともない、史上最悪の「商品」ができあがったのである。その傷からわれわれはまだ回復することができないばかりか、そもそも回復できるのかどうかさえ分からない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; けだし、天罰である。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>キーボウ</dc:creator>
<dc:date>2009-10-06T16:58:20+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-c9ea.html">
<title>「坂の上の雲」と「奇胎の四十年」</title>
<link>http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-c9ea.html</link>
<description>　　暇がそんなにあるわけじゃないのに、そんなときに限って読書にはまる。朝早起きし...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　暇がそんなにあるわけじゃないのに、そんなときに限って読書にはまる。朝早起きして、バスタブにつかりながら蓋の上に腕をおいて本を読む、というのはなかなかの快楽である。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 関川夏央氏の「『坂の上の雲』と日本人」（文春文庫）を読むと、関川氏が無類の「鉄ちゃん」、つまり鉄道好きだということがよく分かる。日露戦争当時の日本の鉄道網について薀蓄を披露し、「坂の上の雲」の中の記述に不可解な点があると指摘している。一般読者にしてみれば、あまり本筋とは関係のない、どうでもいいことなのだが、鉄道オタクにしてみると、看過できないことなのだろうな、とほほえましく思う。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　と同時に、関川氏はかなりの軍事オタクでもある。日露戦争のディテールになると、「坂の上の雲」を超えて、やたらと詳しい記述が登場する。それはさておき、同書で一番啓発されたのは次のような一文だった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜司馬遼太郎は日露戦争までの日本を、若い健康な日本と考えました。若くて健康な日本の受難とその克服を、「坂の上の雲」にえがききったわけです。しかし、その健康であったはずの明治の四十年がその後、昭和二十年に至る不健康な四十年をなぜ生んだのかと考え続けたのでもありました。彼はそれを（・・・・・）「奇胎の四十年」としるしています。＞（P301）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　それに続けて、関川氏は、「では、太平洋戦争後の４０年間はどうだったか」と問う。明治維新後の40年が上り坂であり、その後、今次大戦に突入するまでの４０年が下り坂であったとするならば、戦後の４０年間はどうなのかと。そして、そのことを説明するために、船曳建夫氏の「『日本人論』再考」からこう引用する。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜・・・・個々の人間が自由にその人生を過ごし、個性のあふれた生活をすること。民主主義の下、社会から階層的な較差を廃し、平等を社会の中に、また男女の間に実現すること。そして、平和を専一として、それを至上の価値とすること。&lt;br /&gt;　　これらが戦後を担った、戦前から戦後にかけて活動し、戦前の反省を胸に刻んだ第一世代と、戦後の回復と高揚の実働部隊となった第二世代が、実現しようとしたことがらであった。これからの数十年を担う日本人は、そうした戦後の四十年に生まれ、その理念で育てられ、教えられた人々のことである。＞（P304）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　戦後の四十年間がそのような「坂の上の雲」であったなら、その後の４０年間（そこには現在も含まれるが）は「坂の下のドブ」、あるいは「奇胎の四十年」と変わり果てる蓋然性は、これまでの国民的性向を鑑みればかなり確度の高いものだと思わざるを得ない。そして関川氏は、嘆息でもつくようにこう書き記すのである。長くなる。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜昭和戦後の第三世代は明治の第三世代よりも、はるかに経済的に恵まれていました。親は彼らを徹底して守りながら、個性をのばせといいつづけました。その結果、音楽やスポーツなども得意で、「人が人の上に立つことを嫌い、男女が平等であることを」自然に受け入れ、「平和ということがいかによいことか、争いと摩擦は極力避けなければならない」と信じる日本人が多数出現しました。先行世代の「戦後の夢」はかなえられました。&lt;br /&gt;　　そんな彼らが、自由が制約との緊張関係のあいだに成立することを理解せず、また、ただ好きなことだけをして生きて行くことが「個性的生活」であると短絡し、人の上に立つことを「平等」のエクスキューズのもとに異常に恐れ、また「平和」を個人的レベルで実現するために他者との関係を、摩擦も融和もひっくるめて拒絶した「引きこもり」となったとしても、育てられ教えられたようにふるまっているだけなのだと考えることができる、と船曳さんはいいます。戦後の四十年には明治の四十年ほどの緊張感はありませんでしたし、その「平和」の理念にはあなたまかせのところが少なくありませんでしたが、おしなべてよい時代だったでしょう。しかしよい時代がよいものを次代に引き継ぐとは限らないのです。＞（P３０６）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　痛ましい指摘だが、われわれはその痛ましい時代の渦中を喘ぎながら生きているのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

<dc:creator>キーボウ</dc:creator>
<dc:date>2009-10-05T21:00:47+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-ecf9.html">
<title>哀しみのソレアード</title>
<link>http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-ecf9.html</link>
<description>　　実にめまぐるしい土曜日だった。朝、4時半に起床。朝風呂に入った後に、迎えに来...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　実にめまぐるしい土曜日だった。朝、4時半に起床。朝風呂に入った後に、迎えに来てくれたゲンちゃんのスマートに乗って、一路、中央区新川にあるショップ・チャンネルのスタジオへ。午前6時55分に集合、打合せを済ませた後、8時からON　AIR。ゲンちゃんと組んで作ったトラベル・バッグをテレビ通販で売りまくったのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; バッグ製作会社の社長がメイン・ゲストで、私がおまけのゲストで出演。けたたましい勢いで、いかにこのバッグが素晴らしいかを力説し、今すぐ買うべきであると勧奨するMCの女性に合いの手を入れたり、質問に即応したりしながら1時間。なんとバッグは完売！　&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 現場の緊張感はただごとではない。ON　AIR中、時々刻々と、あと何個残っているかや、何色の売り上げが弱いかや、視聴者がバッグの中の収納を見たがっているなどという情報がカメラの前に立つわれわれに届けられる。それに即応しなくちゃならないから、緊張もいやがうえにも高まるわけである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 放送終了後、ゲンちゃんと朝飯を食いに築地に出かけてみたものの、観光客と思しき人々で溢れかえっているので、諦めて「コンラッド東京」のゴードン・ラムゼイでコンチネンタル・ブレックファーストを食べる。食後、いつものようにぐずぐずとよしなしことを喋り続ける。「とにかく、ふたりとも、65歳までは健康でいて、一生懸命働こう」と誓い合う。でもまだ午前11時である。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; ゲンちゃんに会社まで送ってもらい、職場のソファに横になる。眠ろうと思ったがなぜか眠れないので、机の上にあった本を読む。きたみりゅうじ氏という人が書いた「SEのホンネ話」で、帯には「最先端技術を駆使した肉体労働者（＝SE）の過激で笑える胸の内」とある。システム・エンジニア（SE）という人種と話をしたこともないので、その生態の一端が分かって興味深い。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 気がつくと夕方になっていたので、半蔵門から地下鉄に乗って三軒茶屋へ。本日のメイン・イベントである。世田谷パブリックシアターで行われる、浜田真理子さんのコンサート「マイ・ラスト・ソング　vol.２」を聴く。タイトルから分かるとおり、久世光彦氏のエッセイ集「マイ・ラスト・ソング」の中から何曲かを選び出して、浜田さんが歌うという趣向のもの。昨年もこの会場で行われたが、仙台に出張していたので聴くことができなかった（その辺の話は2008年12月9日付けで&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;すでに書いた。&lt;a href=&quot;http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/index.html&quot;&gt;http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/index.html&lt;/a&gt;）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　今回で浜田さんのコンサートを聴くのは3回目だが、過去2回はみっともない話だが、泣いてしまっている。浜田さんの歌声に接するとなぜか涙腺が緩むのだ。しかし、今回は会社の同僚が複数いる。隣には女性の同僚。すこし先には、あろうことか弊社社長までいるから、うかつに泣くわけにはいかないのである。なんとか涙腺をきゅっと締めて最後の曲まで辿り着く。あとはアンコールが残るのみ。「あー、まさか＜哀しみのソレアード＞なんか歌ったりしないだろうなあ・・・・」と身構えていたら、案の定、その通りだった。この曲には弱いのだ。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　久世氏の本にこの曲が載っているわけではない。「久世さんにこの曲を捧げる」という趣旨で浜田さんは歌うのである。原曲は、作詞：F.Specchia／M..Seimandi／A.Salemo 作曲：Zacar／D.Baldanでタイトルが「SOLEADO」。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; スペイン語で「日当たりの良い場所、陽だまり」のことだそうである。最初はイタリアのグループがインストで演奏。それがアメリカに渡って、クリスマスソングになったらしい。「哀しみ」など、最初はどこにもなかったのに、どこかの誰かが「哀しみのソレアード」と名づけた。「哀しみの陽だまり」。いいタイトルである。浜田さんが静かに、哀切に歌い始めると、会場のあちらこちらで嗚咽が聞こえ始める。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;もうすぐ終わるのね&lt;br /&gt;ふたりの砂時計&lt;br /&gt;さよならの足音が&lt;br /&gt;背中に聞こえるわ&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;あなたの温もりを下さい&lt;br /&gt;もう一度　この心　この肌で&lt;br /&gt;覚えておきたいの&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;ひとりで生きてゆく&lt;br /&gt;明日はつらいけど&lt;br /&gt;倒れずに行けるでしょう&lt;br /&gt;想い出があるかぎり&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;淋しい人生に&lt;br /&gt;光をくれた人&lt;br /&gt;今はただ言いましょう&lt;br /&gt;この愛をありがとう&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;今はただ言いましょう&lt;br /&gt;この愛をありがとう&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　ベソをかきそうになるのをかろうじて堪えて、もちろん、社長に挨拶もせずに、会場を後にする。三軒茶屋から地下鉄に乗り、渋谷で山の手線に乗り換え、新宿で総武線に乗り換えて、静かに電車の振動に身を預ける。窓の外は暗い。窓に映った自分の姿を見つめる。蛍光灯の明かりで青白く見える。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　三鷹で下りて、なじみのカフェ「ハイ・ファミリア」に行き、スパゲッティ・ミートソースを食べ、ベルギーの生ビール「ヒューガルデン　ホワイト」を2杯一気に飲む。夜道をふらふらしながら家に帰る。公園の前で千鳥足になっている自分が分かる。随分安上がりな体質だな、と思う。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　家に帰って、シャワーを浴びる。新型インフルエンザのウイルスはしっかり洗い流しておかなくちゃな。文庫本をもってベッドにもぐりこむが、読み出すパワーがすでにない。電池は切れかかっている。頭の中では「哀しみのソレアード」のメロディがずっと続いている。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　ゲンちゃんももう眠っているだろうか、と思いつつ眠りに落ちる。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>音楽</dc:subject>

<dc:creator>キーボウ</dc:creator>
<dc:date>2009-10-05T16:08:19+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-0efb.html">
<title>銀座のユニクロでジル・サンダーの新作を検分</title>
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<description>　　 昨日の夕方、銀座のユニクロに出かけた。あの、ジル・サンダーが手がけた秋冬物...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　&lt;br /&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 昨日の夕方、銀座のユニクロに出かけた。あの、ジル・サンダーが手がけた秋冬物のお披露目会があったからである。もとの銀座ユニクロのビルは全館が女性用に。そのすぐ隣のビルが男性専用にと様変わりしている。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　両館を回遊して、ジルの手になるユニクロ製品「＋J」をくまなく見てみたのだが、感想は「うーーむ」である。今回の商品を見て、あらためてジル・サンダーの魅力とはなんだったのかがよくわかってしまった、というのが屈折した結論なのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　ユニクロの特設フロアに並んだジル・サンダーの低価格の洋服を眺めながら、彼女の洋服の魅力の大半は、その形や色といったデザイン的部分もさることながら、一番は「素材」だったのだなあと思い知らされたのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; どこでどうやって手に入れてきたんだろうというような上質なカシミヤやウール、ため息のでるようなニット素材などがジルの真骨頂だったのである。それを身につけることでオーラのように発光し始める「上質感」は、当然のことながら、ユニクロ製品にはない。どんなに素晴らしいカッティングをしても、繊細なシルエットを描いても、凡庸な素材では話にならないのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; ユニクロ価格では、使用できる素材に限りがある。それどころか、ユニクロ製品内で見比べても、同価格帯を比較すれば、ジル製品には彼女へのギャラ（多分、かなりなものだと思うけど）が上乗せされている分、劣っているような気がしないでもない。&lt;br /&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 逆に言えば、名もないデザイナーを起用したユニクロ製品の方が、かえって素材がいいのではなかろうか。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　そんなわけで、結局ジル製品はなんにも買わなかった。多分、同様の感想を持つ人は少なくないだろうから、こんなことを予想して申し訳ないけれど、「＋J」はそんなに売れないのではなかろうか。そうなると、ただちにユニクロ内部でも今後どうするかについて議論が重ねられることになるだろう。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　あの完璧主義者のジル・サンダーが今回のユニクロ製品に、素材面を考えただけでも、素直にOKを出したとは思いがたい。おそらくはうんざりするほどタフな激論が交わされただろうと想像する。きっと、従来の製品作りに慣れ親しんだユニクロ・スタッフは心から面食らったに違いない。その末に生み出された製品がさして売れないとなると、今後についてはスタッフは懐疑的にならざるを得ないだろう。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　ジル・サンダーの盛名は、我々の世代（柳内さんもその中に含む）には響くけれど、ユニクロのヘビーユーザーには大して「霊験」はないのではなかろうか。むしろ、ジルの名前に惹かれて初めてユニクロの敷居を跨ぐ人が増加する、という点にこそそのメリットはあるのではないか。となると、今後の方策としては次の2つしかない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　ひとつは、ジルの名に恥じない、もっと高品質の製品を作ること。価格は現在の3倍にする。その代わり、素材をもっと上質なものにする。さもなければ、すっぱり止める。ふたつにひとつだろうと、外野席で眺めながらそう思う。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>ファッション・アクセサリ</dc:subject>

<dc:creator>キーボウ</dc:creator>
<dc:date>2009-10-02T20:39:54+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-092a.html">
<title>庄野潤三氏の訃報に接して</title>
<link>http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-092a.html</link>
<description>　　庄野潤三氏が亡くなった。若い頃、氏の小説が好きでよく読んでいた。身辺の日常を...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　庄野潤三氏が亡くなった。若い頃、氏の小説が好きでよく読んでいた。身辺の日常を精緻に淡々と描きながらも、その小説世界には、いつしか時間や空間を超越して、人生の真理とでも呼ぶべきものを瞥見させてくれる瞬間が訪れる。その時に味わう酩酊感が何よりも好きだったのだ。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; 　庄野氏と同世代の小説家の作品もずいぶんと愛読した。小島信夫や安岡章太郎、三浦哲郎・・・・。そういえば、明治以来綿々と続く、いわゆる私小説というものも嫌いではなかった、というよりもかなり愛好していた。「私」という曲がりくねった細いトンネルを潜り抜けていくと、突然広くて明るい（時には真っ暗な）光景が目前に広がる。その転変がたまらなかったのだと思う。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; 　そんなわけだから、村上春樹氏の小説もデビュー当時のものを偏愛していて、最近の「物語モノガタリ」したものは全く受け付けられない。「風の歌を聴け」「1972年のピンボール」以降の長編は私にとっては何物でもない。特に好きなのは「中国行きのスロウ・ボート」などの初期の短編で、どうしてこういうものをもっと書かないのかととてもいぶかしく思う。（余談だが、最新作「１Ｑ８４」を私は「ＩＱ８４」と勘違いし、ＩＱの低い少年の話だと思い込んで、ずいぶんとチャレンジングな小説に挑まれたものだ、と驚いた）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; 　というようなことを、もう何年も前に直接ご本人に面と向かって申し上げたことがあった。極めて不満そうな表情をされていたが、今となっては、世界的な作家に対して本当に失礼なことを申し上げたとは思うが、その気持ちは全く変わってはいない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; 　だからなのか、このブログも時どき、とても「私小説」的な筆致になってしまうことがある。そのようなメンタリティが好きなのだから、仕方のないことなのだが、昨日、関川夏央氏の＜「坂の上の雲」と日本人＞を読んでいて、自分のそんな性向をちょっぴり反省した。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;＜日本の「純文学」は「私」というものが完全に主人公になったときに成立したと考えられます。だから自意識を主張しつつ作品化する、あるいは自意識の傷を鑑賞に値するものとして提出する、そのような過程をどうしてもどうしてもくぐり抜けなくてはならなかった・・・・・＞（Ｐ９３）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　もちろん、「鑑賞に値するものとして」の部分に感応したのである。「自意識の傷」を、それを読む人の「鑑賞に値するもの」として提出するにはそれなりの「芸」が必要になる。しかし、「芸」を演ずるには「自意識の傷」に溺れていてはかなわない。「自意識の傷」を客観的に俯瞰し、計量し、忖度する節度がなくては、「芸」など演ずることはできないからである。だが、「傷」を強く効果的に表出するには、「傷」の痛みの渦中にうずくまることが捷径なの&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;である。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　このジレンマを乗り越えないと、「自意識の傷を鑑賞に値するものとして提出する」ことはあたわない。泥酔しながら覚醒していること。呻吟しながら平静でいること。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;（分りにくいかなあ）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　その確たる答えを得ることもなく、今宵もまた徒然なるままに、よしなきことを書き綴ってしまった。合掌。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

<dc:creator>キーボウ</dc:creator>
<dc:date>2009-09-27T20:57:38+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://kingkingko.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-2b83.html">
<title>私の心は石ではないので</title>
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<description>　　世間はシルバーウィークに突入。その初日の土曜日に、ゲンちゃんとふたりでラウン...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　世間はシルバーウィークに突入。その初日の土曜日に、ゲンちゃんとふたりでラウンドする約束をしていた。場所はいつもの五日市ＣＣ。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　5連休の初日だから、きっと高速道路は混むに違いないと、7時前に家を出た。一般道で五日市に向う。東八道路の野崎八幡前を左折し、下石原交番前を右折して甲州街道に入る。昨夜よく眠れなかったので、なんとなく体が重い。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　カーラジオはかけなかった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 心が弱りきっていた。かろうじて平静を装っていられるだけで、何かの拍子に瓦解してしまいそうな予感があったので、できるだけ刺激を与えないほうがいいと思ったのだ。ラジオから流れてくる音楽で泣き崩れてしまいそうな気がしていた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; ただひたすら前方の道路を見つめる。エンジンの音に心を集中する。余計なことは何も考えない。今日のラウンドのことを考える。日野橋から新奥多摩街道に入る。ただ、道路を見つめる。南コースの攻略法を考える。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 昨晩、辛いメールを書いた。涙がポタポタと漫画みたいに落ちて、キーボードが濡れた。あわててティッシュでぬぐった。書き終えてから、1時間ほど、声を押し殺して泣いた。泣きながら、こんなに泣くのはどれくらいぶりだろうと、頭の別の場所が考えていた。いったい、いつになったらもっと強くなれるのだろうかと。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 新奥多摩街道を内出交番前で左折し、睦橋通りに入ったところで、我慢ができなくなった。またしても大量の涙が溢れ始めた。目にワイパーがないと道路がうまく見えないほどだった。手の甲でぬぐってもぬぐってもひっきりなしに涙はこぼれてきた。まるで、母親に捨てられた子供のように泣きじゃくった。どうして人生はこんなにも悲しみに縁取られているのかと。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; ゴルフ場に到着したが、人が待つ正面玄関には寄らずに直接、駐車場に入る。車を止め、サイドブレーキをかけ、メガネをはずして両手で顔を覆った。なんとか落ち着こうと思った。車の座席に座ったまま、コンビニで買った牛乳を飲み、ヨーグルトを食べた。サンシェードの鏡を開けて自分の顔を見てみた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 醜い男の顔がそこにあった。生気のない灰色の肌は乾いてしわだらけだった。鬢には白髪がまじり、無精ひげが伸びていた。頭の髪の毛は信じられないほどに少なくなっていた。57歳と5ヶ月のくたびれた男の顔がそこにあった。目は泣き腫らして真っ赤になっていた。ああ、こんなになっちゃったんだなあ、と人ごとのように思った。別に、こんな風になりたいわけではなかったのだ。いったい、どうすればもっと強い大人になれるのだろうか、と思った。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; フロントで手続きを終え、着替えてスパイクを履いてパターの練習場に行くと、ゲンちゃんがいた。よう、という風に手を上げて近づいてきた。近づくなり、「どうしたの？　目が真っ赤だよ」といった。「アレルギーが出て・・・」と答えたが、ゲンちゃんがそれを信じたかどうかは分からなかった。それ以上は何もいわず、「パターの練習をしようよ」と僕をいざなった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 暑くもなく、寒くもない、気持ちのいい秋の一日だった。連休中だからだろう、他の仲間が集まらずに、ゲンちゃんとふたりだけのラウンドになった。「いいね、空気が乾いていて」と、ゲンちゃんは言った。「本当に、汗がすぐに乾くね」と僕が答える。夕方になると、赤とんぼが舞っていた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; ラウンドを終えて、ふたりは風呂にも入らずに帰ることにした。キャディバッグをクルマにしまいこみ、エンジンをかけて出ようとしていると、ゲンちゃんのスマートが近づいてきた。ゲンちゃんは、ウインドーを下ろして話しかけてきた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;「この連休中に練習に行くなら、電話をかけて。一緒に行こう」&lt;br /&gt;　　&lt;br /&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; 僕はうなづいて、自分の車をスタートさせた。一足先にゲンちゃんの草色のスマートが発進し、すぐに視界から見えなくなった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　&amp;nbsp; 帰りに三鷹のサミットで卵と缶詰と牛乳とヨーグルトを買った。心を病んで自室にこもったままの息子のための食料として。同じ屋根の下に暮らしているが、もう3年も顔を見たこともない。息子は虫のように静かに悲しく生きている。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　帰宅して風呂に入り、缶ビールを一気に飲んで8時頃に眠りに着く。このまま、眠りから醒めなくても一向にかまわない、と思った。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　2009年9月19日。南５１、東４０　トータル９１&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　爽やかな秋の一日に、また、少しだけ、僕が死んだ。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://www.youtube.com/apartRECORDS&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;http://www.youtube.com/apartRECORDS&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://www.youtube.com/watch?v=tdI0OTRYwIo&amp;amp;feature=related&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;http://www.youtube.com/watch?v=tdI0OTRYwIo&amp;amp;feature=related&lt;/span&gt;&lt;/a&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;　　&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>キーボウ</dc:creator>
<dc:date>2009-09-21T17:56:01+09:00</dc:date>
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